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…束の間のようにも思えた家での日々が、圭の脳裏をよぎる。 数え切れぬ程の出来事の中で、それらは色褪せてゆくとしても、記憶から消え去ることは決してないように思える。 それは今、家を離れてアパートでの生活を送ろうとする彼の傍らに、その少女の姿があるかもしれなかった。
あの時………
日記には圭も舞も知らない事実が記されていた。 父が中学生の時、両親が再婚した。 その時の連れ子として母は父と出会う。 やがて、二人は愛し合うようになる。 しかし、二人の関係に気が付いた両親が離婚し、父と母は離ればなれになった。 そして、何年か後二人は再び出会い、その後結婚することになる。 こうして、圭と舞は生まれた。
「父さん、僕は家を離れて暮らそうと思う」 「何故そんな、突然……」 「ねえ、父さんって母さんと結婚して幸せ?」 「なんだ、それは……」 「和田さんが僕たちの様子を見て『兄妹で仲がいいな。こんな事も遺伝するのか?』 って言ったんだ」 「………そうか。それで…か……」 「そう、僕たちと同じ…」 「!…おまえ、舞を……そうか、やっぱり血か」 「いや、これは僕の意志だよ」 「そうか…そうだな、それで舞を連れていくのか?」 「舞が望むなら…舞とのこと認めてくれるの?」 「認めることはできない……しかし、否定することもできない。 そんな資格はないしな…」 「そう…」 「おまえが自立するまでは生活費を出してやる。 これはせめてもの償いだ」 「…父さん……ありがとう」
……季節が盛りをすぎ、彼が家を出ることを決めたとき、少女ははっきりと、いつまでも彼の側にいることを望んだ。 うつむき加減に、僅かに潤ませたその瞳が、圭に自分のなすべき事を教えた。 そして、短い夏が終わりを告げるころ、小さな住処に暮らす二人の姿があった。
「ちょっと…お兄ちゃん……だめ……私まだ…することがあるの……」 「だって、ほら…もうこんなに濡れてるよ…」 「それは、お兄ちゃんが……あぁ…だめ…ほら、近所に聞こえちゃう…」 「入れるよ」 「だめぇ……ちょ、やあぁ…あぁ……」
舞と二人で暮らすようになって、一ヶ月がたった。 二人で暮らすようになってからは、僕らにとって初めてのことばかりだった。 この生活に不安がないわけじゃない。 僕らはまだ親に養ってもらっているのだから。 でも、不安は二人で取り除いてゆけばいいと思う。
この生活は僕の幸せの形、数多の幸せの一つの形にすぎないけれど、この生活が舞にとっても、幸せの形であってくれればいいと思う。 僕は舞を必要としているし、舞も僕を必要としてくれている。 今この時、舞に必要とされている僕が、側についていることが、どれほどの意味を持つのか、それを自分自身に問うつもりはない。 僕にとって、愛おしい存在……たとえいつか、それが自分のもとを離れるときが来ようとも悔いることはない…… それまでに重ねた時間に、偽りはないはずなのだから……
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