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     白の記憶 -第1話-
作者:鏡裏さん

 医者が言うには、由美は全生活史健忘…いわゆる記憶喪失らしい。
 ただ脳が損傷を受けているわけではないので、記憶が戻る可能性はあるそうだ。
 そして、自分の名前以外、家族・友人などその他のことはほぼすべての記憶がないらしい。
 これはもう少し詳しく検査するそうだ。
 できるだけ話しかけてくれとのことだ。

 できるだけ話しかけるか…
 この前までも由美ならともかく、今の由美にとって俺は親しげに話しかけてくる男に過ぎない。
 由美が俺を受け入れてくれるかどうか…

 兄妹という関係がなくなったとき俺達の関係はどうなるのだろう…
 由美が妹であることは当然だったし、これからもそうだと思っていた。
 もちろん血のつながりから言えば妹であることに変わりはないのだが、由美がそうは見てくれないだろう。

 これ以上いろいろ考えていてもしょうがないので、俺は由美に会いに行くことにした。

 コンコン

「入ってもいいかい?」
「どうぞ…」

 以前の由美に比べて少し暗くなったような気がする。
 やっぱり記憶がないから不安なのかな?

「気分はどう?」
「特には…
 弘さんはどうですか?」

「弘さん…」
「名前間違ってましたか?」
「いや、間違えてないけど…」

 まさか由美に弘さんなんて呼ばれるとは…
 俺はベッドの隣にある椅子に腰掛ける。

「一応由美の兄なわけだからそういう他人行儀なのは…」
「そうですよね。
 でも私…」

 俺を兄とは思えないか…

「いや、いいよ。
 由美が好きなように呼んでくれれば」
「はい」

 いきなり兄として受け入れてくれるはずがないか…

 ちょっとした沈黙。
 記憶のことはあんまりしつこく聞くなって言ってたな…

「傷はもう大丈夫なの?」
「ええ、もうほとんど直りました。
 あの〜、さっきも聞きませんでした?」
「え、ああ、そうだったね…」

 再び沈黙。
 き、気まずい…

「…私ってどんな人間だったんですか?」

 由美がつぶやくように言う。

「え?」
「変ですよね…
 こんなこと聞くのって…」
「イヤ、そんなことはないよ。
 判らないことは何でも聞いてよ」

 由美はほっとしたような表情を見せた。

「う〜ん…どんな人間だったか…か…
 難しいなあ…」
「………」
「でも…」
「でも?」
「少なくとも俺は由美のこと優しい人間だと思ってるよ」
「………」

「くさい台詞だよね、ハハハ」

 俺は笑ってごまかそうとする。

「いえ、うれしかったです」

 由美が顔を伏せ気味に言う。
 あれ?顔が少し赤いような…

「ところで…」
「は、はい?」
「どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもないよ」

 他愛もない会話で時間はすぎていく。

「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「はい…」
「明日も学校が終わったら来るから」
「さよなら…」
「じゃあ」

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