スクラン考3:双方向を目指す想い(1/2)

目次
スクラン考1
スクラン考2
>スクラン考3(1)
スクラン考3(2)

(※KCコミックス13巻までのネタバレを含みます)


届かないよあの人まで 近くて遠い距離
どこまでも青い空 同じように見てるのに
あなたにはくもり空 見えてる 気がしちゃう


スクランブル=iアニメ『スクールランブル』OPテーマ)
歌:堀江由衣 with UNSCANDAL/作詞:スズーキタカユキ/編曲:UNSCANDAL

 これはスクランブル≠ニいう曲名からも窺えるように、スズーキタカユキ(UNSCANDALリーダー)がアニメ版『スクールランブル』の為に書き下ろしたと思しき歌詞であるが、その原作作品に通底する、本質的なテーマを的確に言い表しているようにも思えてしまう。
 『School Rumble』(以下スクラン)という、今なお連載中の漫画(2006年3月現在♯171,♭39の時点)を通して眺めてみると、矢神高校という学園空間で暮らす登場人物達(教師含む)の中に、両想いを達成したカップルがまだ一組も存在しないということに気付くだろう。両想いの可能性があるカップルは、学園外の既婚者や、卒業生の中にしか居ないのだ。
 周防美琴と麻生広義については≪スクラン考2≫で述べた通りで、梅津茂雄と城戸円のカップルは梅津側が常に疑心暗鬼に駆られている関係であるし(♭37参照)、田中一也と永山朱鷺のカップルは吊り橋効果を利用して接近しただけの仲でもあって、まだ告白を済ましていない(♭34参照)。恋愛感情が、双方向性を得ていないのだ。
 双方向でないのは、恋愛感情だけではない。
 
キャラクター間の感情──思慕や思いやり、お節介や親切心、期待感や下心、様々な形の愛情など──を、しばしば一方通行なものとして描くことで、スクランは統一された空気(世界観)を読者に感じさせている。ラブコメ作品なのだから、恋愛のすれ違いが発生するのは当然でもあろうが、同時にギャグ漫画でもあるスクランは、恋愛以外のシチュエーションにおいても意思疎通、気持ちの交流が成り立たないようになっていて、結果的にそれが作品の個性にも繋がっている。
 ここはまどろっこしいことは言わずに、一気に説明を済ませてしまおう。スクランという物語は、KC1巻♯06の播磨拳児のモノローグ──

誰にも 俺を 縛らせやしねえ / 俺は / 俺だけの モンだ

──から始まり、その播磨が(もう一人の主人公である)塚本天満を好きになることで、他者を必要としなかった人間が他者を求めるように変化し、そしてKC2巻特別長編における刑部絃子の──

だってそうだろ? 「俺は俺だけのモンだ」 なんて 独りで トガってたヤツがさ… / なにせ 恋だ

──という言葉に繋がっていく。飛んでKC7巻♯95では、塚本八雲の「つきあうって どういうことでしょう」という問いに対して、播磨は自分の恋愛観を語ってみようとする。

俺もよく わからないん だけど…… / 例えばよ… 朝の海岸線を バイクで 
かっ飛ばしてるとさ / 一瞬 海から昇る朝陽が すげえ綺麗に 見える! / 
めちゃ 美味いモンを 喰ったとき とか / おもしれー 映画なんかを 観たとき! / そういう瞬間を いっしょに 感じたい! / お互いに そう思える 
人がいる… / そういう 時間を 積み重ねて いくことが─── / 
つきあうって コトだったり するんじゃ ねーのかな… よくわかんねー ケド

 スクランでは、乗物での旅や景色というのはシンボル的なキーワードとなっており、KC8巻♭22やKC11巻♭31などでも印象的に用いられている(作者自身のコメントにも旅や景色が好きだとある)。
 この台詞を播磨に語らせることで、自分独りの世界を守っていた筈の彼が「互いに心が通じ合う関係」を一種のゴールとして考えるようになったことが解るし、読者に対して作品的なゴール地点を提示しているような感触を与えるだろう。この会話は『School Rumble TREASURE FILE』の裏表紙に掲げられているということもあり、それだけの重要性や、存在感を放つ。
 なぜ、この台詞が(ある意味「作品の中で浮いた」ような感触と共に)読者の心に残るのかと言えば、スクランの作品世界では両想いのカップルが一組も存在しないばかりか、双方向の意思疎通が滅多に起こらない、という法則を見出せる傾向があり、独特なディスコミュニケーションの空気に満たされているからに他ならない。
 フィクションにおいては主人公が目指すゴールが高く設定されればされる程、理想論的であればある程、そのヒロイズムが増すのだと言えるが、だとすると播磨が目的意識として持っている恋愛観は、スクランの世界法則からの逸脱を目指す、果敢なものではないかと思う。その先には、きっと苦い経験が待ち受けているのだろうと予感させる程の。スクランの世界の人間関係は──

どこまでも青い空 同じように見てるのに
あなたにはくもり空 見えてる 気がしちゃう

──ものではなかろうか。
実際には♯95がマガジン本誌に掲載されたその一ヶ月後にアニメ版の放映が始まっているので、この歌詞と播磨の台詞に直接の影響関係は無かったと思われる)

 こういったディスコミュニケーション性を、≪スクラン考1≫では「一方通行性」という言葉で表現している。双方向に想いを共有することができない。それがスクランに通底して流れる世界観ではないかと思う。ギャグ漫画としても、ラブコメ漫画としても、物語の基盤として働くのはそこなのだ。

■変化する一方通行性

 ここで再び、≪スクラン考1≫の人物相関図を見てほしい。(→クリックで新しいウィンドウを開く
 当時(連載当時♯122,♭26の時点)のスクランを特徴づけていたのは、「折り返しの無い一方通行の想い」が数珠繋ぎで紡がれているという点であった。しかしその一方通行性も、長い連載期間を経ることで少しずつ変化しつつある。そこで、恋愛感情に限らない「好意の方向性」という視点から、最新の展開内容を加えて人物相関図を刷新してみたのが下の図である。


クリックで別ウィンドウを開く


 いわゆる「親友関係」(天満+美琴+沢近+晶や、一条+つむぎ+嵯峨野、麻生+管、八雲+サラ、絃子+葉子のような仲)で説明できるようなグループは省いている。

 さて、この図を眺めてみてドラマティックな面白さを感じるのは、「求められている好意への自覚」や「好意に応じるような兆し」が話数を重ねるごとに増えていっている部分だろう。天満の烏丸大路を振り向かせようとする努力も実を結んでいることが確認できる。

 図の下の方に目を向けてみると、「ララ→一条→今鳥」という方向性(図では時計回りのベクトル)が、徐々に「今鳥→一条→ララ」と逆方向(反時計回りのベクトル)に折り返されつつあるのも微笑ましい。今鳥恭介は恋人ではないものの、すっかり一条かれんにリードされるようになり、その一条は「イチジョーと勝負をつける」というララ・ゴンザレスの第一目的こそ叶えられていないが、息の合ったコンビネーションを楽しんでいるフシもある。バスケ編以降からは、この輪の中に俵屋さつきが加わるようになった。
 次に、烏丸を頂点、さつきを末端としたラインだけに絞って見てみよう(「■数珠繋ぎの中の変化」参照)。その変化の仕方は大きく分けて、以下の4パターンに分けることができる。

出会いの初期から自覚を伴う:今鳥→美琴 花井→八雲
自覚を経てから応じていく:ララ→一条 一条→今鳥
自覚しないまま応じていく:さつき→ララ 天満→烏丸
変化も自覚も全く無し:美琴→花井 八雲/沢近→播磨

 その他の部分では順調に「折り返し」が進んでいるのだが、花井春樹と播磨という、バカコンビの直下だけが何故か停滞している(花井の場合は、結城つむぎの感情も含めて)。順番で言えば、烏丸が天満の気持ちに応じ……、天満が播磨の気持ちに気付き……、と来るなら、次は播磨が八雲か沢近の……という展開になりそうなものだが、なかなかそうはいかないようだ。
 今後、物語が大きく進む可能性があるとしたら、花井と播磨の二箇所が要点になるだろうことを予感させる。そしていつかは、どこかに双方向の関係性が生まれるのかどうか。それはまだ判然とせず、読者の気を揉ませる構図が形作られている。

 さて次項からは、スクランの世界に流れるディスコミュニケーション性について――ひいては、フィクション作品全般におけるそれについて――、更に踏み込んだ視点から語ってみたいと思う。

→スクラン考3:双方向を目指す想い(2/2)
←スクラン考2:『School Rumble』における少女漫画ラブコメの図
▼目次 ▼リクィド・ファイア

School Rumble (1)
♯01〜16
♭01,02

School Rumble (2)
特別長編
♯17〜30
♭03〜05

School Rumble (3)
♯31〜46
♭06〜08

School Rumble (4)
♯47〜58
♭09〜12

School Rumble (5)
♯59〜72
♭13〜16

School Rumble (6)
♯73〜84
♭17〜19

School Rumble (7)
♯85〜96
♭20,01

School Rumble (8)
♯97〜108
♭21〜23

School Rumble (9)
♯109〜119
♭24〜26

School Rumble (10)
♯120〜129
♭27〜29

School Rumble (11)
♯130〜140
♭30〜32

School Rumble (12)
♯141〜152
♭33

School Rumble (13)
♯153〜164
♭34〜36

School Rumble TREASURE FILE