2005年12月末、有限産業すきま風の探検はらはら氏と都内で駄弁っていた時に筆者が図に描いたのが以下のようなものであった。
『週刊少年マガジン』および『マガジンSpecial』で連載中の小林尽・作の漫画『School Rumble』(以下「スクラン」)は、人間関係が非常に入り組んでいるように見えて意外とシンプルなのだということを図で表したのが拙稿≪一目でわかる『School
Rumble』の恋愛関係≫であったが、しかし局所に注目すれば、やはり複雑怪奇なラブコメの様相を呈しているのだった(2006年1月現在♯160,♭35の時点)。
中心人物である周防美琴が、周囲に花井春樹、今鳥恭介、麻生広義、と美形所の男性キャラを押さえているばかりでなく、それぞれの関係者達(結城つむぎ、俵屋さつき、ララ・ゴンザレスなど)から感情の矛先を向けられている点に注目してほしい。また、図の中の三角形はそのまま三角関係の存在を示唆している。
つまり、≪一目でわかる『School
Rumble』の恋愛関係≫では
塚本天満・・・本来の主人公
塚本八雲・・・数珠繋ぎの要(裏主人公)
沢近愛理・・・三角関係の要(ラブコメ的なメインヒロイン)
彼女ら三人のヒロイン達が果たす役割を明確にしたものの、スクランの中で主役級と思える4人のヒロイン(*)の内、周防美琴の役割説明だけがそこでは欠けていたわけだが──
──、では美琴が他の三人に比べて重要度の下がるキャラクターなのかと言えば、そうではないことが上図の人間関係の多様さからも窺えると思う。
先に結論から述べると、美琴を「スクランの作品内で独立した、少女漫画ラブコメの主人公」として読み直した場合、その少女漫画的な、典型的とも呼べるヒロイン像が浮かび上がってくるのである。
そして、本筋部分では割と一直線だったり戦いの串団子で構成されているスクランが、美琴まわりのエピソードを切り取ってみれば、感性的で、少女漫画的といっても差し支えのない展開を踏んでいることも理解できるだろう。
そこでまずは、美琴のキャラ造形から迫ってみよう。
単純な美少女タイプではなく、女の子らしくない男勝りで、女子から好かれやすい性格の女生徒であり、一見恋愛から縁遠く見えて、実際は初恋の想いを秘めたオクテな少女であり(本人も「ガラじゃない」と恥ずかしがっていたり)、そして実は男子からもモテる「可愛い女の子」である、といった特徴を挙げていくと、良くあるパターンのヒロイン像であると言える。「ガサツで強い女の子」というのは、だいたい80年代あたりに少女誌で流行したヒロインの一類型ではないだろうか。
付け加えて、その初恋の相手が「年上で憧れの先輩」であり、でもその先輩の気持ちは別の女性の方を向いていて、あえなく失恋して、落ち込んで……というパターンまでも含めてお約束の世界と言えるだろう。
通常、少女漫画ラブコメの多くはここからがスタートラインとなる。ヒロインの初恋相手(本来なら「好みのタイプ」と呼ぶべき男性)と比較すれば、ちょっと意外とも思える男の子(頼りない幼馴染みとか、不良の転校生とか、年下の男子とか)が相手役として登場してくるわけだ。図でいう花井=相手役A、今鳥=相手役B、麻生=相手役Cなどである。
こういった「少女漫画ラブコメのお約束」は、最初から「主人公の意志」を明確化して描こうとする少年漫画ラブコメとの、わかりやすい違いでもある。少年漫画は、主人公の「目的意識」や「勝利条件」をはっきりさせておかなければ読者がついてきにくいジャンルなのだ(特に週刊連載においては)。事実スクランにおいて(表向きの)主人公である塚本天満と播磨拳児は、極端と言って良い程ストレートな目的意識を持って描かれている。一方『School Rumble増刊号』の主人公、塚本八雲は明確な目的意識を付加されていないが、これは増刊号の掲載誌である『マガジンSpecial』という月刊誌の誌風が少年漫画の形式から自由であることの表れでもあろう(関連:少年漫画という視点から見た赤松作品の変遷:AI止ま編)。
本誌連載の長編シリーズで、初めて美琴が主役に据えられた「バスケ編」は多くの読者の間で不評がちだったようだが、それはこのエピソードが勝利条件を不明にしたままドラマを展開していたが故かもしれない。しかし、ジャンルに囚われない広い目で眺めてみれば、バスケ編は美琴周囲の人間関係を拡大させた、重要なエピソードとして読むこともできる。
さて、要点をまとめてみると、全てがそうというわけでも無いし、些末な定義論にこだわっても仕方が無いが、少女漫画ラブコメの主人公は明確な目的意識を必要としない(持っていても構わないが、持っていなくとも良い)、ということになる。
それは少年漫画ラブコメが、
彼女と付き合いたい
↓
彼女との間に障害登場
↓
障害を乗り越えたご褒美に読者サービス(寸止めになって次回に続く)
という様式化された手順でカタルシスを用意するのと異なり、少女漫画は直線的な様式を持たないということでもあって、「自分への問い掛け」や「確認作業」「答え探し」という感性的な機微をストーリーの主軸にしているからだろうと思う。より重要視されるのは「自分の納得がいくかどうか」であり、最初から「自分の答え」が大体決まっているような少年漫画の形式とは、そこが異なるのだ。
少年漫画でも、ハーレムに囲まれて「誰か一人だけなんか選べない!」と懊悩する優柔不断な主人公がしばしば登場するが、大抵は「彼女が欲しい!」「モテたい!」あるいは「(異性以外の大目的を優先して)恋愛なんかに興味は無い!」といった姿勢だけははっきりしていたり、一見優柔不断で心を揺らしてはいても、実質としては「メインヒロインに対して頑なに一途」というスタンスは固持している場合が殆どだろう。
だから美琴の恋愛エピソードで面白いのは、「どうしても恋愛しなきゃダメなんだろうか?」という疑問から始まり、「本当にこの相手と付き合ってていいんだろうか?」という、言葉にならない自問自答がテーマになっている点だと言える(ちなみにこの課題を与えた当人が花井だったりする。KC10巻♯125参照)。なのでちょっと恥ずかしい言い方をすれば、「恋って何?」という話なのだ。
美琴の周囲には、何故か美形の男が沢山集まってきて逆ハーレム状態な一方、初恋相手のことが頭をよぎってしまったり、読者から見てメインの相手役(花井)とは絆が深すぎる上、彼自身が片想い中なので恋人候補に挙げられなかったり、はたまた「とりあえず恋愛する為に、まだ好きになっていない相手(麻生)と付き合ってみる」ような目的(恋)と手段(恋人作り)の顛倒が行われたりしている。美琴は、一度たりとも麻生に対する好意を態度に表していない、という事実に注目してほしい。少女漫画っぽいセンシティブな状況は揃えられており、この先の「答え」を期待させている。
つまり今の美琴は自分が納得できさえすれば(その上で読者も納得させなければならないだろうが)、どの相手と付き合ってもいいし、誰とも付き合わないという結論を導き出してもいいのだ。それが少年漫画のセオリーに縛られない、少女漫画的なセンスで描かれる物語の面白さでもある。
美琴が恋愛しようとする動機と、天満が烏丸大路と付き合おうとする動機を比較してみても面白いだろう。また、沢近は恋愛感情よりも、勝敗意識やプライドが先行しがちなタイプのキャラクターかもしれない。八雲はどちらかといえば美琴に似た、少女漫画的な動機を抱えたキャラクターである。
ところで、少女漫画ならば普通は登場して良さそうなのが「恋愛相談に乗ってくれる親友」の存在である。これだけが足りない、というか出さないのがスクランらしい(小林尽らしい)所ではないかとも思う。長めの会話劇に頁数を割けられないという、誌面の量的な問題でもあるかもしれないが、美琴は上述の「問い掛け」を打ち明けたり、逆に葛藤を暴いて解決に導いてくれそうな同性の友人に欠いている。
「勘違い王」である天満は恋愛相談の役には立たない。沢近は唯一「美琴の失恋」を直に慰めた友人であり、美琴に対する同情や恩義や思いやりの気持ちも深いのだが、主に自分のこと(=播磨との関係や家庭問題)で手一杯なので美琴の問題にまで手が回らない。高野晶は、天満や播磨まわりの恋愛関係には縦横無尽の活躍をするのだが、不思議と美琴に関する動きを見せていない(♯34でカマをかけたりはしているが、総じて高野は美琴から距離を置いたコミュニケーションを取りがちだ)。この三人は美琴のオクテさを茶化す程度のちょっかいしか仕掛けていない。
そして「仲人キャラ」という属性が付いている筈の嵯峨野恵ですら、美琴に関してはまるでノータッチである(♯127で麻生に美琴を異性として意識させた程度)。こうした恋愛相談役の不在問題に限らず、一条、さつき、つむぎといった三角関係のライバル達も、美琴からは一定の間合いを取っており、一悶着(イベント)を起こそうとしない。だからラブコメとしては、あまり話が進展しないのだ。
この点をして、「だからスクランはラブコメではなくて、ギャグ漫画なのだ」と評することも可能かもしれない。逆に言うと、彼女達が本気で美琴に絡んでしまうと、話が一気に進みすぎてしまうということでもあろう。
相談役としての親友の不在だけでなく、女性読者の視点となりそうな、等身大の友人役が少ないのもスクランの特徴かもしれない。美琴のような人気者タイプのスーパーガールがヒロインの場合、ちょっと大人しい感じの女の子がメインで絡んでいた方が女性読者は感情移入しやすいと思うのだが、そこまで配慮していないあたり、スクランは少年漫画と少女漫画、そのどちらでもない、ない交ぜの作風を得ていることが窺える。それは、あくまで長く連載を経てきた上での結果論でしかないだろうが、作者である小林尽の、独特な作家性の現れのようにも感じられる。
≪スクラン考3:双方向を目指す想い≫に続く
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