じいちゃんは懐(ふところ)からビニール袋を取り出した。そして中の紙切れを引っ張り出すと、オレたちの前に拡げて見せた。 「何なん、この数字?」と志乃。 「レシピじゃよ。“天使のプディング”を作るため、各種原材料や香辛料などの分量や調合の割合を書いてある」 じいちゃんはもう一枚、入っていた紙を見せた。 「これってばあちゃんの字じゃないか」とオレ。 そこにはこう走り書きされていた。 あなたへ。 私はあなたが“天使のプディング”の作り方をお忘れになったことに気づいておりました。だから私の一存で、裏道を通ってレシピを持ち出させていただきました。こっそりお見せしてまた元の場所に戻しておくつもりでしたが、できなくなりました。おそらく私はこの場所で息を引き取るでしょう。最期の力を振り絞ってこれを書き、ある場所に置きます。私が持ったまま見つかっては何かと不都合があるでしょうし。どうか見つけてくださいますように。あなたが私の分まで長生きされますよう祈っております。息子たちのこと、よろしくお願いします。あなたと共に歩んだ六十余年、本当に楽しかった。ありがとう。 忍 「三年前のあの日、忍は手紙を書き終えると、レシピに同封して、石垣から身を乗り出してあの場所に入れたんじゃな。今にも雨が降ってきそうな天気じゃったから奥の方に突っ込んだんじゃろう。おかげで雨露に濡れたり流されることはなかったが、見つかるのに三年もかかってしもうた……」 じいちゃんは涙する志乃の肩に手を置いた。 「ありがとう。忍のために泣いてくれて。これで忍もようやく成仏できるじゃろうて」 立ち去りかけたじいちゃんの足が、振り向いた。 「志乃さん、明日にでもまたいらっしゃい。本物の“天使のプディング”を食べさせてあげよう」 「あ……ありがとうございますぅ」 後に残ったオレと志乃は、小高い丘の上から鷲村邸を見おろした。屋敷や蔵が一望できる。 「これで一件落着だな」 「良かったね、解決して」 志乃の目はまだ涙でいっぱいだ。オレは黙ってハンカチを差し出した。 「ありがとう……ああ、なんか力が抜けてもた」 「ホントにな、二十四時間前には、こんな展開が待ってるなんて想像もしなかった」 「あんたの演出のおかげやわー」 「違うな。志乃の“なりきり”演技の賜だよ。じいちゃんあんなに満足そうだったじゃないか」 志乃の顔が翳(かげ)った。オレは言葉を足した。 「もしかして再現したことを後悔してるんじゃないか? 言っとくけど志乃の活躍はじいちゃんを元気にしただけじゃなく、鷲村の危機をも救ったんだぞ。プリンも再開されるし、みんなが幸せになったんだ。ばあちゃんだって喜んでるよ」 「ウン、それやったらエエかも」 「エエに決まってるって。それにこれ、ビジネスになるかもしれないぞ。人を幸せにする再現ビデオを作ります。“再現屋”なんて名前付けてさ」 「さいげんやー? なんかダッサー」 「好きに言ってくれ。さあこれから梅田か難波に繰り出して打ち上げやろう。オレがおごるから」 「なあ、トシ、ひとつ質問さして」 「何だよ、あらたまって」 「トシのお母さんって、あたしに似てる?」 「似てない。お袋はじいちゃん似だ」 「良かったー。アハハ」 「どういうこっちゃ」 |
《再現屋、産声を上げる 完》
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