「やあ志乃さんが持ってきてくれたのか。本来ならここはわし以外入室禁止なんじゃが、志乃さんならいいぞ」 「オレもいいだろ」 「なんじゃ付いてきたのか。しょうがないのう」 このじいさん、異常にタフだ。オレなんてまた風呂に飛び込んで暖をとったというのに。 昼食はオレと志乃の分も持ってきたので、三人並んでの昼食会となった。 「なあじいちゃん。そろそろ教えてくれよ」 「何をじゃ?」 「さっきのビニール袋には、レシピが入ってたんだろう?」 「そうじゃ」 「エーッ、そうやったん?」 「そうだよ。だから再開を宣言することができたのさ。オレの助けを借りてね」 「判った判った」と味噌汁に口を付ける。「この厨房は衛生第一じゃから、食事を済ませたら外で話さんか。実はこれから忍の墓参りに行こうと思うておる」 「あ、丁度いいー。あたしらも連れてって」 鷲村家の菩提寺は、屋敷を裏に回って十五分ほど歩いた高台にある。 ばあちゃんの墓を清め、三人はそれぞれの思いを抱きながら、両手を合わせた。 春。生きとし生けるものが萌えあがる季節。 俳句を詠むばあちゃんが特に好きな季節だった。 「わしと忍は、物心(ものごころ)ついた時から一緒におった。互いに異性と意識する前から、仲のよい遊び友達じゃった。近所に年齢の近い友達がおらんかったこともあって、わしらは常に一緒だった。忍の家は狭かったこともあって、ほとんどはうちの屋敷か庭で逢(お)うとったな。 忍は想像力の豊かな娘で、遊び方のほとんどは忍が考え出した。時間は無限にあったし、庭は二人にとってはワンダーランドじゃった」 じいちゃんは遠い目で遙かな山々を眺めた。 「どちらかが外出で遅くなったり、泊まり掛けで不在の日などは、手紙を書いて二人で示し合わせた場所に置いておく習慣もできた。忍はそういう場所を見つける天才での。樹木のウロや蔵の壁に走るヒビの間やら」 「そのひとつが、池をめぐる石垣の間だったと」 「そうじゃ。誰にも教えてはいけない秘密の通信手段、通信場所だったんじゃ。なのにハハハ、わしの親父にはしっかり撮影されとったんじゃな」 「じいちゃん達には、こっそり撮ったことを教えなかったんだね」 「ああ。きっと怒ると思ったんじゃろう」 「それがあのフィルムやったんやねえ」 志乃が深いため息をついた。 「わしがどれだけ驚いたか想像もつくまい。通信場所のことなぞ、この六十年、一度も思い出したことはない。忍とも話したことはなかった。半世紀を超えて、あのビデオを見せられた時、わしはこれこそ忍の思(おぼ)し召しだと思うたんじゃ」 じいちゃんはひとつ咳払いした。 「ぶちまけて言うが、じつは昨夜、夢に忍が現れての。わしらは久しぶりに話し合(お)うたのじゃよ」 オレは志乃と目線を交わした。 「短い間じゃったが、わしらは良い時間を過ごすことができた。苦労をかけた詫び言も伝えられたしのう。忍は三年前の元気な時のまま、わしに微笑んでくれよった」 志乃が白い雲を見上げる。 「じゃから忍には告白したんじゃ。レシピの記憶を無くしてしもうたと。だからきっとあのフィルムをわしに届けてくれたんじゃろう。あそこに置いときましたよと。忍は六十年も昔の通信方法を忘れてはおらなんだんじゃのう」 志乃が目頭を押さえながら、洟(はな)をすすった。 |