エピソード1

再現屋、産声を上げる

【86】墓前にて



「やあ志乃さんが持ってきてくれたのか。本来ならここはわし以外入室禁止なんじゃが、志乃さんならいいぞ」
「オレもいいだろ」
「なんじゃ付いてきたのか。しょうがないのう」
 このじいさん、異常にタフだ。オレなんてまた風呂に飛び込んで暖をとったというのに。
 昼食はオレと志乃の分も持ってきたので、三人並んでの昼食会となった。
「なあじいちゃん。そろそろ教えてくれよ」
「何をじゃ?」
「さっきのビニール袋には、レシピが入ってたんだろう?」
「そうじゃ」
「エーッ、そうやったん?」
「そうだよ。だから再開を宣言することができたのさ。オレの助けを借りてね」
「判った判った」と味噌汁に口を付ける。「この厨房は衛生第一じゃから、食事を済ませたら外で話さんか。実はこれから忍の墓参りに行こうと思うておる」
「あ、丁度いいー。あたしらも連れてって」

 鷲村家の菩提寺は、屋敷を裏に回って十五分ほど歩いた高台にある。
 ばあちゃんの墓を清め、三人はそれぞれの思いを抱きながら、両手を合わせた。
 春。生きとし生けるものが萌えあがる季節。
 俳句を詠むばあちゃんが特に好きな季節だった。
「わしと忍は、物心(ものごころ)ついた時から一緒におった。互いに異性と意識する前から、仲のよい遊び友達じゃった。近所に年齢の近い友達がおらんかったこともあって、わしらは常に一緒だった。忍の家は狭かったこともあって、ほとんどはうちの屋敷か庭で逢(お)うとったな。
 忍は想像力の豊かな娘で、遊び方のほとんどは忍が考え出した。時間は無限にあったし、庭は二人にとってはワンダーランドじゃった」
 じいちゃんは遠い目で遙かな山々を眺めた。
「どちらかが外出で遅くなったり、泊まり掛けで不在の日などは、手紙を書いて二人で示し合わせた場所に置いておく習慣もできた。忍はそういう場所を見つける天才での。樹木のウロや蔵の壁に走るヒビの間やら」
「そのひとつが、池をめぐる石垣の間だったと」
「そうじゃ。誰にも教えてはいけない秘密の通信手段、通信場所だったんじゃ。なのにハハハ、わしの親父にはしっかり撮影されとったんじゃな」
「じいちゃん達には、こっそり撮ったことを教えなかったんだね」
「ああ。きっと怒ると思ったんじゃろう」
「それがあのフィルムやったんやねえ」
 志乃が深いため息をついた。
「わしがどれだけ驚いたか想像もつくまい。通信場所のことなぞ、この六十年、一度も思い出したことはない。忍とも話したことはなかった。半世紀を超えて、あのビデオを見せられた時、わしはこれこそ忍の思(おぼ)し召しだと思うたんじゃ」
 じいちゃんはひとつ咳払いした。
「ぶちまけて言うが、じつは昨夜、夢に忍が現れての。わしらは久しぶりに話し合(お)うたのじゃよ」
 オレは志乃と目線を交わした。
「短い間じゃったが、わしらは良い時間を過ごすことができた。苦労をかけた詫び言も伝えられたしのう。忍は三年前の元気な時のまま、わしに微笑んでくれよった」
 志乃が白い雲を見上げる。
「じゃから忍には告白したんじゃ。レシピの記憶を無くしてしもうたと。だからきっとあのフィルムをわしに届けてくれたんじゃろう。あそこに置いときましたよと。忍は六十年も昔の通信方法を忘れてはおらなんだんじゃのう」
 志乃が目頭を押さえながら、洟(はな)をすすった。



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