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今回も母さんの独り言です。ですので小雪さんの発言はありません。ごめんなさい!
今回は小雪の唯一のお友達のまりちゃんのお話をさせていただきます。
まりちゃんは1998年10月30日に17歳と3ヶ月足らずで亡くなった柴犬の女の子です。
1996年4月に小雪が帰ってきた時は14歳でまだゆっくりながらもお散歩にも一緒に行ったりしていました。
しかし目が見えなくなって1度2階から(吹き抜けでした)誤って落ちてしまってから(幸い怪我はなかったようでした)急速に年を取ってしまい最後の半年位はほぼ寝たきりのような感じでした。
初めて小雪とあった時はまりちゃんが一番元気だった頃でもうすぐ5歳の初夏でした。
さっそうと首にスカーフを巻いて歩いてくる柴犬を見て「なんてお洒落で奇麗な柴犬なんだろう」と思った事を昨日のように思い出します。
そしてまりちゃんがお家の中で大事に飼われているという事を聞き、驚きそしてなんとなく嬉しかったのを覚えています。
というのも当時小雪は夜は家の中で過ごしていましたが、いずれは庭で飼う予定で犬小屋も買い少しずつ準備を進めているところだったからです。
私自身は内心このまま小雪を家の中で飼いたいと思ってもいたのですが主人は、当時の世間一般の常識?として犬(特に日本犬)は外で飼うものと思っていました。
私はまりちゃんのお話を聞き、なんだかとっても力強い味方が出来たように感じました。
事実その後いろいろありはしましたが小雪は夜は完全室内犬になったのです。
まりちゃんという見本がいなければもしかしたら小雪は外飼いになっていて、そうしたら病気の事も気が付くのが遅れ今ごろ死んでいたかもしれません。まりちゃん&まりちゃんファミリー(ご両親とお嬢さん)に感謝です。
前にもお話しましたが、若い頃は本当に頭がよく人の気持ちをよく読み取る子でした。
病院が大っ嫌いで病気した時(病気というほどの病気はした事がなかったように思います。)は先生に往診をお願いする事もあったのですが、そんな時先生がただ鞄を持っているだけなら大歓迎なのですがいざ診察しようと鞄を開けたとたんもう姿は見えません。そして鞄を閉じるとまたまた大歓迎なのです。
一時が万事この調子なのでいつもボーッとしている小雪を見慣れている私としては結構驚きでした。
しかし頭がいい分小雪とは大違いで神経も繊細でちょっと神経質なところもありました。(小雪が神経が束になって抜けているような子なのでそう見えただけで、まりちゃんは普通だったのかもしれませんが……)
又花火など大きな音も苦手でそういう時は日頃強気のまりちゃんがガタガタ震えてお母さんにへばりついていて可哀相に思いながらもなんだかとっても可愛かったです。
最後の1年位は耳も聞こえず目も見えず、あんなに頭のいい子だったのにやはり年には勝てず多少おもらしをする事もあったようです。
でもまりちゃんファミリーはまりちゃんの事をとても可愛がり愛していらっしゃったのでとても行き届いたお世話をされていました。
私は小雪もいつかは同じようになるだろうと思っていましたので「大変だなぁ」と思いながらもいろいろと勉強させてもらっていました。
そして1998年10月30日午後10時30分頃、まりちゃんは家族に見守られる中最後まで苦しむことなく静かに息を引き取りました。
亡くなるのに良い悪いはないですが、小雪が腎不全なだけにきっとこんな風に静かに老木が倒れるように亡くなる事はないだろうなと思うと、まりちゃんは最後まで家族思いの優しい子だったなと思います。
まりちゃんのお母さんはご近所のシェルティーのラシコちゃんが17歳と2ヶ月26日で亡くなったのでまりちゃんにいつも「ラシコちゃんより1日でも長生きするんだよ」って言い聞かせていたみたいです。
そして亡くなって数えてみたらほんとに1日だけ長かったそうです。
きっとわかっていたんですね。私は犬にも魂があると思っています。
そして今、小雪に毎晩「まりちゃんより1日でも長生きするねんよ」と無理な事をお願いしている私です。