22.再び日立での日々!


今回も母さんの独り言です。ですので小雪さんの発言はありません。
私が奈良へ帰ってしばらくすると主人の具合が悪くなり、小雪と2人で又茨城へ帰る事に。
主人はその後すぐによくなりましたが、結局主人が大阪へ転勤になったのはその1年後でした。
私は再度転勤させてもらう訳にもいかず、心残りながらも仕事を辞めざるをえませんでした。

しばらく家でプラプラしていたのですが、前の職場の店長が「日立にいるのなら帰っておいで」といって下さり、日立にいる間だけだからと社員ではなく週3〜4日のパートにしてもらい又働くことにしました。
時間も短縮してもらいましたので小雪との時間はたっぷり取れ、小雪はますます元気一杯でした。
そしてその頃から私に対する態度がすこしづつ変わってきたのです。

なにより変わっって驚いたのは前は少し私には遠慮しているみたいなところがあったのが、いつのまにか自己主張をハッキリするようになり、又大変な甘えん坊にもなっていることでした。
思うにこれはきっと私の気持ちに余裕が出来た事と、そして小雪が10歳になり私の中で「後何年小雪と暮らせるだろう?後何回小雪と一緒に桜の花の下を散歩できるだろう?」という思いが芽生え、その時その時の小雪とのふれあいがとても大切に思えるようになったからだと思います。
私がそんな風に思っている事を当の小雪はなんとなく感じているみたいで、今まで私にはあまり見せなかった甘えを日々強く出してくれるようになり、そうすると私の方でもますます小雪を愛しいと思うようになるという風にどんどん歯車がいい方に回って行くようでした。(これはきっと人間関係にもいえる事なんでしょうね。)

思えば2回目の職場(婦人服の販売)に変わってからはパートではなく社員という事で又、個人のノルマはないもののお店のノルマはあり毎日数字にに追われる日々でした。
また職場での人間関係やお客様とのやり取りなど神経を使う仕事で、小雪が元気だったという事もありますがほとんど小雪の事をかえりみる時間がなかったように思います。
勿論日々の小雪の世話はしていたのですが、心ここにあらずであった事はきっと小雪は知っていたんじゃないでしょうか。
これは奈良に帰っていた時も同じで大阪の店では気分的にもっとノルマが厳しく、結構負けず嫌いな私は1人で小雪を抱えながら孤軍奮闘していました。
こういう状態でしたから小雪はたぶんいつも私に少し距離を置いていたように思います。

犬を飼うという事は、ただ日々の世話をするだけでなく心の面でもケアしてやらなければいけません。
犬は人間と感情面でよく似ているだけに人一倍愛情を求める生き物です。小雪のように一見無愛想でほっといて欲しい!タイプの犬でも心の底では飼い主の愛情を求めているのです。
いつも小雪の事を考えて最善の事をしていると思っていましたが、こんな大事な事を私は忘れていたのです。
なんて馬鹿な飼い主だったのでしょうか。母親失格です。ごめんね小雪!

日立に帰って嬉しかった事は、私が又日立に帰ってきた事を喜んでくれる人達が結構沢山いてくれた事です。
来た当初は土地柄になじめず大勢の友人が出来てからも心は常に大阪にあった私を、始めは遠巻きに眺めながらも仲良くなってからは本当に親身になって良くしてくれました。
日立の皆さん本当にありがとう!(何回も送別会をしてもらったのはきっと私ぐらいですね!)



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