一願成就の神様として崇敬を集める

式内大社

調田坐一事尼古神社

略記

・ご祭神
    一事尼古大神
    事代主大神
・鎮座地
    奈良県葛城市大字疋田402

【御由緒】
  創立年月日は不詳ですが、延喜式神名帳に「葛下郡、調田坐一事尼古神社、大、月次、新嘗」と記された式内大社です。(延喜式神名帳とは、平安時代に全国数萬の神社より、特に霊験のあら 
たかな神社を記載されたもので、大とは大社のことです。祈年祭.月次祭(6月、12月)新嘗祭の
都合四度祭は幣帛を奉られた式内大社です。)
  新抄格勅符抄に神護景雲4年(奈良時代) 神封二戸(大和で一戸、播磨で一戸)を充奉られた 旨の記載があり、また三大実録(平安時代)に「清和天皇貞観元年(895年)正月廿七日甲申奉授 大和国従五位下調田坐一事尼古神従五位上」とあり、奈良朝以前から祀られた由緒ある神社で  す。以来沿革は不詳ですが、安政四年(1775年)拝殿を改築し、文久元年七月、馬場を開設し、
 同二年六月石の鳥居を建設し、その後、石燈籠、狛犬、絵馬などが奉納され境内の充実を見るに至った。
  明治六年四月村社に列し、同四十年九月二十四日神饌幣帛料供進の神社に指定され、近郷村 民の崇敬神社として篤い信仰を集めています。

【御神徳】
   一事尼古大神の尼古とは高貴な男神を示し、一言主神と同神なりや、「古事記」には雄略天皇
が葛城山に狩に行かれたとき、一言主神が顕現され「吾は悪事も一言、善も1一言に言いはなつ神なり」と云われ、一言で願えること、一つの願いごとなら何でもかなえてもらえる古来、一願成就の神様とし  て崇敬を集める。
  事代主大神は恵美須神の御名で世に広く知られ、遠く神代の昔、平和と円満を旨とされた大国
主神の御子で国譲り(国土開拓)の大業を助け、率先して、皇孫をお守りになり、農耕の発展をはじ め、あらゆる商工業の守護神、厄除開運、治病、学業、交通安全、商売繁盛等、人間生活の幸福
を増進することをはかられた神であります。
  国譲りにおける誠の精神の具現により、農耕の発展とともに、今日の疋田の繁栄を予知啓示せ られた御鎮座の由来はまことに深遠なる御神徳と申すべく、すべての物事を照覧し給う広大無辺
の御神徳を福徳円満の神として仰ぎ、又一願成就の神として崇敬され、拝殿の中には、文久元年
(1861年)の古い絵馬から現代のものまで、氏子の「ひと言」の願いが託され数多くの絵馬が奉納
されています。

主な祭典
アクセス
神社建物沿革