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     Wedding Anniversary -第3話-
作者:鏡裏さん

「新婦がお父さまとご一緒に入場されます。ご参列のみなさまは、
 ご起立の上、入り口の方を向いてお迎えください」

牧師の声で教会内の人間が一斉に後部のドアに注目する。
そして、結婚行進曲が流れ………ない。

「ビデオではここで音楽を流しますんで、今は音楽なしでお願いします」

そういうことね…
今日はビデオ撮影の当日なわけだが…
俺はすでに疲れている…
ウエディングドレスってのは用意に時間かかるんだな…

やがて清音が父親役のおっさんと一緒にやって来る。
このおっさんがまたどこにでもいそうなおっさんはわけで、
監督曰く、「典型的な日本の父親像」らしい…
確かに平均的と言うか、特長がないと言うか…

「ご参列の皆様はご着席ください。聖書をお読みします。」

聖書ねぇ…

「たとえ我諸々の国人の言及び御使言を語る共とも
 愛無くば、鳴る鐘や響く云々………」

長い…
撮影でここまでする必要があるのだろうか。
あの監督の考えることはいまいち分からん…

「………どうかお二人は愛の帯で結ばれる幸せな家庭を
 築かれますように願っています」

終わったようだ…

「祈祷を捧げます。ご参列の皆様も目を閉じて、お祈りにお加わりください」

結婚式ってのはメンドくさいな…
そういえば、ちゃんと顔がわからないように撮影してくれてるのか?


「顔がわからないように映して欲しい?」

「ええ、お願いできませんか?」

「う〜ん…駆け落ちかなんかか?」

「ええ!?」

「図星だったのか?」

「ええ、まあ…」

「ふ〜ん」

「どうでしょうか?」

「あんたら…社長に選ばれたって言ってたな?」

「え、はい」

「じゃあ、しょうがないな。顔が分からないように映すよ」

「ありがとうございます。ところで、社長に選ばれたことは関係あるんでしょうか?」

「ああ、あいつはとは古くからの付き合いでな。一度決めたことは
 絶対に変えないやつなんだ。だから、他のヤツにするって事も出来ない」

「すいません…」

「まあ、PRビデオなんてイメージみたいなものだからな。大丈夫大丈夫」


「それでは、ただいまよりお二人に結婚の誓約を取り交わしていただきます。
 ご参列のみなさまも証人としてご起立ください」

「汝この女子を娶り、神の定めに従いて夫婦とならんとす。
 汝、その健やかなる時も、病める時も、これを愛し、これを敬い、
 これを慰め、これを助け、その命の限り、固く節操を守らんことを誓うか」

「誓います」

声は入れないから意味がない気がするんだが…
あの監督のリアル思考ってのもよく分からんな…

「汝この男子に嫁ぎ、神の定めに従いて夫婦とならんとす。
 汝、その健やかなる時も、病める時も、これを愛し、これを敬い、
 これを慰め、これを助け、その命の限り、固く節操を守らんことを誓うか」

「誓います」

清音…
真っ白なドレスがよく似合ってる…

「誓約の印として、お二人に指輪の交換をしていただきます」

指輪の交換…
もうすぐだ…
1回した事あるとはいえ、緊張する…
特にこんなに人がいる前で…
く〜ドキドキしてきた…

「…神と会衆との前において夫婦たるの誓約となせり。
 故に我父と子と精霊の皆においてこの男女の夫婦たることを宣言す。
 それ神の合わせ賜いし者は人これを離すべからず。アーメン。
 ………それでは誓いのキスを」

俺は清音のヴェールを取った。
手が震える…
清音の頬がうっすらと赤くなっている。
化粧してこれなんだから清音もだいぶ恥かしがってるな…

そういえば、化粧してる顔も初めだ…
これもある意味初めての顔か…
近頃俺の知らない清音を見ることが多い。

清音の肩に手をかける。
清音の緊張が伝わってくるようだ。
顔を上げた清音と目があった。
清音はゆっくり目を閉じる。

これは本当の結婚式じゃないけれど、結婚できない俺達にとっては…

俺はそっと唇を合わせた。

2回目のキス…


その後、式は終わり、披露宴の撮影も滞りなく終わった。
外に出ると既に日は落ち、辺りは真っ暗になっていた。

「今日はコートなしでも大丈夫だね」

「ああ、今日は暖かいな」

「しばらく寒い日が続いてたけど…」


たわいもない話が続く。
俺達は家の近くの公園まで来ていた。

「ちょっとそこに寄っていかないか?」

「え…うん」

「小さい頃はよく来たよな」

「うん。お兄ちゃんたちが野球してるのを私はいつもここで見てた」

木でできたベンチ。これは昔からここにある。

「座ろうか」

「うん」

「撮影結構時間かかったな」

「こんなに暗くなるまでかかるとは思わなかったよ」

「そうだな」

「でもね。うれしかったよ。撮影とはいえ、お兄ちゃんと結婚できて。
 小さい頃からの夢だったから…」

その一言で俺はこれを渡す決心がついた。
ポケットの中で握っているこれを。

「清音…突然だけどこれを受け取ってくれ」

「え?」

俺は握っていたものを清音に手渡した。

「これは…指輪?」

「安物だけどな」

「でも…」

「これは証だよ」

「証?」

「ずっと清音のことを好きでい続ける証。清音がそれを俺に返すときは…」

「わかった…それじゃ、大事にするよ。絶対返さないからね」

清音は指輪を大事そうに両手で持って、微笑んだ。

「ああ、是非そうしてくれ」

「お兄ちゃん…これ、私の指にはめてくれないかな?」
 
「この指輪を?」

「うん、さっきの結婚式と同じ様に」

結婚式と同じ様に…
清音から指輪を受け取ると、俺は清音の左手を取り、薬指にはめた。

「ここでいいんだろ?」

「うん」

清音は満足そうに頷く。

ちなみに婚約指輪や結婚指輪が、左手の薬指にはめるものとされているのは
左手の薬指は”愛の血管”によって、心臓と結ばれていると古代から
信じられていたかららしい。
そんなことはどうでもいいが…

「あんまり人に見せるなよ」

「え〜、どうして?」

「いろいろと面倒だろ?」

「他の指にはめてなら良いでしょ?」

「それは…」

「お兄ちゃん」

「ん?」

「…もしかして恥かしいの?」

「………」

ズバリ本心を見破られてしまった…

「そうなんでしょう?」

「ぐ…」

「うふふ、お兄ちゃんらしい」

「どういう意味だよ?」

「あんまり気にしないで。もう帰ろ」

「う〜ん、いまいち納得いかないけど…帰るか」

「うん」

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