act:2 知らぬはその先の幸福、知るは一生分の恐怖体験
時と場所が変わって、○×体育場。天気は晴天。青空には(おそらく西部ガンマンズ監督による)花火が上がる中、蛭魔率いる泥門デビルバッツは自家用タクシー(某高校バイク)に乗ってやってきた。
あまりに特殊なカード故に、記者もアメフト関係者も一切入場禁止した体育場に、限定180枚のチケットを運良く手に入れた人々が試合を待っている。
「たった180枚なのによく手に入ったよね・・・」
やや胡乱な目で強制連行してきた張本人が配ったチケットを見つめるセナの呟きを聞いた蛭魔は、小さく顔を顰めながら
「こっちにツテのある知り合いがいんだよ」
と苦々しく答えた。大抵は奴隷扱いする蛭魔が、珍しく「知り合い」と呼ぶ人物。知りたいような知りたくないような、否、寧ろお近付きになりたくない
「蛭魔の知り合い」像を想像しただけで、どんな恐ろしい人物なのかとセナとモン太は盛大に身震いした。
(まもり:セナ、どうしたの?風邪? セナ:いや、ち、違うよ、まもり姉ちゃん)
そうして少々大きすぎるリアクションの後の和やか(?)で母子のようなやり取りは、突如響いた大音響の可愛らしい声に遮られることになる。
「く〜り〜り〜〜〜〜ん!!」
これぞ正しく正しいドップラー効果。空気の振動数を最大限まで引き上げる素晴らしい肺活量で叫んだ声の主は、思わず目で追いかけたくなるスピード(40ヤード走では驚愕の4>秒8である)の勢いのままに栗田の背中に飛びついた。
「うわぁああああ!!?」
かなり巨体の敵壁達の突進ですら身じろぎせず止める男。流石に不意打ちと後ろからの激突には弱かったらしい・・・が、どうにか数歩よろけるだけで済んだようだ。
「えへへ〜〜さっすがくりりんv」
栗田の背中に飛びついたまま、よいしょよいしょとよじ登って肩に乗った小柄な少女は、細い体を泥門高校の制服で包んでおり、フワフワと天然パーマの入った金色がかった茶髪は、スカイブルーのラインが入ったピンクのリボンで纏められて一動作ごとにフワリと風に揺れている。
美人というよりは滅多に無い可愛いらしい容姿をしている彼女は、一応一目で泥門高校の生徒だと解るが、こんなに目立ちそうな少女が同じ学年にいただろうか?
「あ、明羽ちゃん!?」
「久しぶりっ」
「明羽ァッ、何でテメーがここにいんだよっ!!」
「あっよーちゃんvv」
‘よーちゃん’
確かに蛭魔に向けての呼び名だった。聞き間違えでなければ・・・聞き間違いであって欲しいと切に願うばかりだが、確かに‘よーちゃん’と。
「だってよーちゃんが行くんだからあたしが居ない訳ないでしょ」
ほ〜〜ぅら、チケット。
ぴらっ。どこからともなく出されたのは、先程自分達が渡されたチケットである。蛭魔が「こっちにツテのある知り合い」に取らせたというチケットの枚数は10枚。正式なアメフト部員の人数だ。・・・ということは。
『ちけっとやぶりすてちゃうぞっ』
ひしひしと嫌な予感を抱いたセナとモン太は、殆ど同時に昨日の恐怖の放送を思い出した。・・・その時の声も。
まさか。心の底から否定を望む予感に、信じられない思いで栗田の肩に乗ったままの少女を2人は見つめた。いくらなんでも、こんなに可愛い子が蛭魔の「知り合い」だなんて、と。・・・しかし。
神とは常に弱者に無情なものである。
じっと見つめられているのに気づいたのか、ぽんっと栗田の肩から軽い動作で降り立った彼女は、ぼけっと見つめる二人に笑いかけて言った。
「初めましてっ。アメフト部の裏マネの神坂明羽でっすv一年のキミタチは‘神坂先輩’か‘明羽ちゃん’って呼んでねv」
よーちゃん・・・よく今まで生き延びてこれたよな、ていうか「一年の」って事は実は意外にも先輩ですか。・・・・・・というより裏マネってナニ!?
複数の疑問が一気に湧いて出てくるが、人間の口は一つであり、いくら二枚舌を持っていても同じ口で違う内容を幾つも言うことは出来ない。
という訳で、衝撃のあまり声の出なくなった二人は、蛭魔の知り合いだという彼女に対し、必死になって、何度も、人形の如く頷いた。誰だって命は惜しい。本能的に、この一見可愛らしい少女を危険人物と察知した彼等であった。・・・余計なことを言わない辺り、自衛に関してはしっかり学習しているようだ。
ふと気づいてみると、その問題の彼女は再び栗田の肩の上に乗り、小結の羨望の眼差しを受けつつ蛭魔と話していた。
「っつーことは、苦労して取ったってのは嘘か」
「やだなぁ、よーちゃん。西部は兎も角神龍寺はオネダリするの面倒なんだよぅ?」
面倒。たった180枚の中から10枚をもぎ取るのに、「難しい」ではなく「面倒」だと言う彼女は一体何者なのか。ちょっと好奇心を擽られないではないが、知りたくない。否、寧ろ絶対、知らない方がいい。
「まァ、本当はあたしはチケット無しでも入れるんだけどネ」
顔パスですか!?一応しっかりと警備員も配置されているような○×体育場に、顔パス。
「ついでに毟り取って来ちゃった♪」
どこから。
そんな事、聞いちゃいけない。そんな事をしたら毟り取られた人間の前に木魚を置いてそれを叩きつつも心の底から被害者を憐れみたくなってしまう。はっきり言って、今のセナとモン太にはそんな余裕は皆無だった。
半ば必死で何か周りに(主に悪魔の)気を逸らせるモノはないかと首を巡らせると、少しばかり離れた処に、見慣れた顔があった。
「進さん!?」
「あ〜〜王城も偵察かぁ〜。まぁ練習っつっても両校ともクリスマスボウル候補だもんな」
驚くセナに、納得気味に頷くモン太。ついでに、進の隣ではしっかりと桜庭がビデオを回していることを追記しておく。
明羽から「毟り取って来た」出所を聞き出し文句を付けていた蛭魔は、漸くユニフォーム姿で出て来た両校と王城の偵察組みを一瞬見比べ、ニヤリと凶悪に笑った。栗田の肩の上に居る明羽も同様に視線を流して満面の笑みを作った。
彼女のくりくりと大きな茶色の目は、とてもとても輝いて見える。・・・・・・恐ろしいことに。
「・・・おい、明羽」
「なぁに?よーちゃんvv」
「遊んで来い、俺が許す」
お願いだから、そんなに嬉々として人災以外何物でもないであろう人物を振り落とさないで下サイ。思わず真剣に祈ってみたが、悪魔の傘下にいる(言わば犠牲者)者の祈りなど、当の悪魔達の前では無力なものであった。
なので、ぴょんっと身軽に飛び降りた明羽は「りょ――かいっ!」と言って叫びながら目標の元へ突進して行った。叫びながら。・・・・・・そう、
「し――んちゃ〜〜〜〜〜〜んっっ!!」
クレ●ンシンちゃんの「シンちゃん」調で。
どか――――んっっ!
遠くの方で凄まじい音がするのに見ざる聞かざるを懸命に貫いていると、何時の間にか試合が始まっていた。西部の先攻。神龍寺の金剛阿含はまだ来ていないようだ。
塞いでいた耳を開放すると、遠くから
「しんちゃん久しぶり♪ついでにサクラちゃんもっ」
「しんちゃん」がクレ●ンシンちゃん風なら、「サクラちゃん」はカード●ャプターさくら風だった。髪型が似ていなくもない、と軽く頷くセナとモン太。しかし、カワイイといえば可愛すぎる呼び名に、
「そう言えば、春の時は見なかったな」
重くまじめに頷く進と、
「そうだね、え〜〜〜と・・・・・・?」
進に同意した後、名前を呼びあぐねる桜庭。そんな彼等に対し、満面の笑顔だった明羽の顔が曇り、頬の赤味が消えて白くなり、更には涙まで浮かべて、叫んだ。
「ヒドイッ、あんなに春の時は仲良くしたのにっ。サクラちゃんのバカ―!!」
バカのカよりもバの方が心なしか強調されていたのは気のせいか。何にせよ、この叫びの一声で体育場内にいるミーハーっ気の多い少女達の耳には「 サクラちゃんのバカー!!」という声が聞き届けられたのである。
かくして、彼氏持ち、独り身、年齢に関係なく、かつて蛭魔が用いた簡易ミサイルと同等の威力を持ったバッファローの群が、ビデオを構える桜庭の元へ突撃していった。その威力たるや、試合モードに入った屈強な獅子の群を弾き飛ばさん如くである
思わずセナとモン太の目がバッファローの群を追ったのと、桜庭が進にビデオを預けて逃げ出したのと――西部ガンマンズの鉄馬がタッチダウンしたのは、ほぼ同時。
一番肝心な場面を見逃して、一年の二人が蛭魔(愛称:よーちゃん)による銃撃に晒されたのは、まぁ、仕方のないことである。
さて、たった二人で残された進と明羽であるが、単にレンズを向ければいいものを、進は例によって例の如く、その怪力で本体と画面を引き剥がし、ショートした画面に指を突っ込み、カメラのレンズを爪で弾いて割ってしまった。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・秒殺ダネ、しんちゃん♪」
完全にガラクタと化したビデオを手に固まる進と、その彼を面白そうに見守る明羽。
反射的なのだろうが、桜庭の学習能力の無さもどうかと思うが、原始人並みの進の行動は毎度の事ながらどこか光るものがある、と明羽は満面の笑みを湛えたまま内心で満足げに頷く。勿論、手を貸したりは一切しない。
(だって面白いんだも〜〜〜ん★:明羽)
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙する進を眺めつつ、ガシッと明羽は彼の背中に飛びつき、後ろから首にしがみ付いて、囁いた。
「サクラちゃんのトコへGO★」
ちらりとこちらを確認する蛭魔に、片手でナイスガイポーズ(by:NAR●TO)を送って。
どひゅんっ。体育場の外野で、大きな土煙が上がった。手抜きなし、いつでもトップスピード☆な進の首には、逞しい首に鯉のぼりよろしくしがみついたまま実に楽しそうな笑顔で靡く明羽の姿があった。
一方、泥門側客席では。
「虫駆除完―――了―――っ」
と大型マシンガンを震える一年組み二人に向けたまま、蛭魔が見た者の寒気を誘うような悪どい笑みで笑っていた。
3人がどこかへ行ってから暫くすると、15対13と僅かに神龍寺がリードしたままハーフタイムになった。西部側のベンチを見ると相変わらずハイテンションな監督が真っ赤になって銃を乱射しており、神龍寺側のベンチを見れば金剛雲水がどこかへ電話を掛けている。
「弟を呼んだな」
傍らに大型マシンガンを置き、腰に愛用のノートパソコンを開いて何かを調べながら、横目で各ベンチの様子を見ていた蛭魔が前に座る一年二人に聞かせるように呟いた。
「阿含君、来るかな?」
「来るこた来るだろ――・・・出るかは知らねぇけどな」
自分がしたいことはする。したくないことはしない。神の膝元で自分の我侭を通して許される唯一の人物である阿含がその特権をフルに使っている所為で、試合を見に来ていてもその活躍は見られないことが多い。
春大会決勝の王城戦でも、遅刻して来たが試合には出なかったのだ。
「そういえば、神坂・・・先輩は?」
そろそろハーフタイム終了のに、進の首にしがみついたまま行ってしまった明羽が帰ってこない。そのままどこかへ行ってしまったのか、それとも裏マネ(がどういう役割なのかは知りたくもないが)の仕事に行ってしまったのか。
何にせよ、自分に被害さえなければいい、とセナは小さく溜め息を吐いた・・・が。
そんな自分の都合のいいように物事が進むと思ったら大間違いなのである。
「呼んだぁ?」
「うわぁっ!?どっどっどこから・・・っ」
「気配もなかったぞ・・・」
ひょいっという形容がぴったりな仕草で彼女は出現した。実は体育場の出入口付近で自分の名前を聞き付けて普通に走って来ただけなのだが、初対面の彼等が明羽の動物並みの驚異的な聴力を知る訳はなかった(人はそれを地獄耳と云ふ)
「明羽、弟は?」
「ん〜〜〜?一応来るみたいだよ。また女連れ込んだみたいだけど」
「間に合いそうか?」
「それは運任せかな★」
じゃきーん。明るく笑顔で蛭魔の問いに答えながら、明羽はどこからかディップとコームを取り出し、前方に座っているセナの首を片手でホールドし、もう片方の手で頭上からぶしゅううぅぅっとディップの中身を絞り出した。
「なっ、何してっっ」
「ハイハ〜イ、動かない、動かない★」
頭が、というか頭皮が冷たい。助けを求めたくても、モン太は必死で首を振っているし、蛭魔はニヤリと笑ってマシンガンを構えているし、栗田は楽しそうに事の成り行きを見ている。
しかも、決心の覚悟で抵抗しようとすれば・・・
「動いちゃダ〜メv」
と言いながら明羽は細身のナイフをセナの首筋に当てていたのだ。(実は峰の方だったのだが、首を動かせないセナには解る筈がなかった)
ああ、同類だ・・・この人はやっぱり同類なんだ・・・。
類は友を呼ぶ。昔の人が残した実に傍迷惑な格言を思い出しながら、セナはじんわりと目に涙が滲むのを感じた。
「ハハハ。空が青いなぁ〜」
四面楚歌より性質の悪い状況の真ん中で、半ば自暴自棄になってセナが遠くを眺めたのは、ハーフタイム終了の合図が出たのと、「ア●ムで~~きたっ!」と嬉し気に明羽が叫んだのと、ほぼ同時。世を儚むような呟きは、結局誰にも聞かれることはなかった。
――・・・哀レナリ。
「あれ?」
後半が始まって十分、相変わらず25―19で神龍寺がリードしている。大量のディップでガチガチに髪の毛を固められた(アトム)セナが何もかも諦めそうになりながらそのままで試合を見ていると、明羽が手に付いた整髪料を洗い流して戻ってきた。
「まだ来てないの?」
花柄入りのハンドタオルで手を拭きながら神龍寺側のベンチを見た彼女が誰にとも無く訊くと、ガムを膨らませながら昼間が器用に「自販機」と答える。
納得した様子で頷いて蛭魔の隣に座った明羽は、鼻歌を歌いつつ小さなバックパックから有り得ないほど大きな本らしき物を取り出した。黒い装丁に‘禁’と箔押しされたそれをぺらぺらと捲る。その黒い装丁に、セナとモン太はついつい不吉なことを想像して思わず後退った。
「やっぱ一回くらい見せといた方がいいよねぇ」
「まぁな。前ン時も弟は出なかったし・・・・・・・・明羽」
「なァに?よーちゃん」
口調、表情共に進と(で)遊びにいく前の会話が同じだったが、どうにも妙な寒気を感じてセナとモン太はブルッと身を震わせた。
ニッコリvと鮮やかに明羽は笑っている。それこそ、お花やお星様が背後に飛んでいるような完璧な笑みだ。普通の人間ならこれ一つでころっと(生命の)危険な領域に踏み込んでしまうだろう。
「三つ目、だよネ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何が三つ目なのか。二人で取り決めている何かの約束事なのだろうが、意味深な言葉に隠されている事を彼等が解る筈も無く。
タッチダウ―――ンッ!!
不思議に思いながら呑気に二人を眺めていると、セナとモン太は再び西部の得点シーンを見逃し、蛭魔のいつもより苛烈な銃撃を食らうハメとなった。
後半は残り七分。自前のゴツイ時計(勿論防水+その他加工済み)で確認した蛭魔は、マガジンを自前のマシンガンに装填し直して、一年生二人の頭部に狙いを定めたまま誰にも気づかれぬように溜め息を吐いた。
「明羽・・・今度の休み、付き合ってやるから」
「ホントッ!?」
「マジだ」
輝かんばかりの笑顔ではしゃぎ出す明羽に対して、頷いて何かの要求を飲むことにしたらしい蛭魔の頷く仕草はそこら辺に転がっている筋肉兄ちゃんより重い。
「破ったらあのルート封鎖しちゃうからねっ」
「破らねぇよ」
「よろしいッ♪」
ご機嫌な様子で笑った明羽は蛭魔の首に抱き着き(飛びついて)、頬に軽いキスを贈って、駆け出した。・・・・・・・・・どこかへ。
謎なやり取りを交わし、明羽が消えてから数分程経つと、突然神龍寺側がタイムを取って・・・・・・金剛阿含がフィールドに現れた。それを見た蛭魔は、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしてニヤッと満足気に笑った。
「よく見ておけよ、糞チビ共。ここから先一瞬でも見逃したりしたら、腹トレの代わりに
吊るして晒してケルベロスの餌にしてやる」
目一杯ドス黒いオーラを公害的に撒き散らしながら。
目つきの悪さはいつもの(当社比)3,5倍。やな感じのオーラはいつもの(当社比)4,7倍。ここまでこれば凶悪犯も真っ青だ。いつ警察を呼ばれても可笑しくない。
逆らっちゃいけない、今逆らったら絶対に殺される。関わることすら避けたいと思わせる人物を前に、悪寒がするほどの深刻な命の危機を感じた二人は、只々絡繰人形の如く頷くしかなかった。・・・悪魔には元々どうやってもどうせ勝てないのは目に見えているのだが。
人間やる気だ、なんて気楽に言わないで欲しい。というより、口先に上っただけでも寿命を縮める思いなのに、これ以上生い先を短くしてどうするというのだ。
弱者は弱者なりに耐えて頑張ってるんだぞ―!!と心の中だけで叫びながら、瞬きすら我慢して試合を見つめる二人がいた。
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