生きるために 守るために
いつだって試行錯誤している
自分たちにも何かが出来るのだと信じているから
大切な友人だけを戦わせたくなんてないから
<14>
念願の再会激を果たした後に飛び出した宇宙は、本能に根付いた孤独の恐怖よりも後ろ髪を引かれるような名残惜しさを齎した。
派手な爆音と共に進行方向を塞いでいたハッチが吹き飛び、キラはそれと同時にストライクを宇宙の闇に躍らせた。
宇宙に出たためかかる僅かなGを全身に感じながら、即座にアークエンジェルの居場所を割り出すと共にペダルを踏み込む。
グリップを握る手はもう片方と同様、微かに震えており、ザフトの面々に“影”として振舞った時の威圧感はなりを潜めていた。
戦闘の時でさえ殆ど乱れなかった呼吸や心拍数は、ドクンドクンと心臓や別箇所で高鳴る熱さに荒々しく上昇している。
「――ほんと、よかった・・・」
生きていた。――生きてて、くれた。
あまりに長く会えずにいたから。
名前まで変えて、ずっと見つけられず心配し通しだった分、再会した時は自分からも隠れていた不満や自分だと知っていたようなのに本気で仕掛けられた攻撃に、怒りが先立ってしまったけれど。
本当は、心底安堵していたのだ。
それこそ、体中の力が抜けてしまうくらいには。
実際、最後にストライクのハッチへ向かう時だって、クルーゼがさり気無く補助してくれなければ、低重力下とはいえ人質を取ったまま移動するなんて力技を出来るわけがなかったのだ。
ピコン、とアークエンジェルの居場所を知らせる小さな点がモニターに灯る。幸い、キラがいる地点からそう離れていないようだった。
いくら信頼を寄せているとはいえ、民間人である友達が心配なことには変わりない。どんな無茶をしでかすかわからないのだ。急いで向かい、無事を確かめなければとキラはグリップを両手で握り直し、機体を進行方向へ返した。
「―――っ」
気に急かされるまま力を込めて肩に響いた痛みに、思わずキラは息を呑んだ。
手袋を伝ってぬるりとした感触が手を滑らせている。そちら側の指先は冷たく、肩の当たりは酷く熱い。
――これは、必要な熱だ。
痛みより熱さの方が先に来るのはあまり良くない兆候といえたが、意識が途切れるよりも先に大天使の元に辿り着くことは出来るだろう。
霞が侵入してくる意識の中でいくらかの仕掛けを終え、ペダルを力強く踏み込む。そしてもう視界に映らない彼の旗艦に思いを馳せ、熱の篭る息を吐き出し決意を改めて胸に刻んだ。
「絶対、一緒に生きるから。何度だって、見つけ出すから・・・」
おねがいだから、生きていて。
ストライクが捕まり戦場から拉致されてしまった後、アークエンジェルのブリッジは不穏なざわめきに満ちていた。
ヘリオポリスでの働きや、三機を相手取った戦いを目の前にして、まさかあれだけ巧みにあの機体を扱えていた人物が捕獲されるとは誰も思っていなかったらしい。
勝手なことだ。戦場に生きながら、どこまでも呑気で茫洋とした思考回路につい溜息を吐いた。
仮にも民間人であり学生でもある子供を、フラガのサポートすら届かない作戦を立てて送り出したのだ。新型同士の1対3という状況。歴戦のパイロットすら命の危険を覚悟しなければならない事態に、ブリッジから見ていて血の気が引く思いがした。
本気で殺しに掛かっているのかと怒鳴りつけたくなったくらいだ。
「パイロット行っちまったぜ、帰ってくんのかよ」
行ったんじゃなくて捕まったんだよ馬鹿が。
「仲間捨てて逃げ出すか〜?」
お前らなど仲間なんかじゃない。
「乗ってるのは学生だって言うしな、有り得なくもないだろ」
勝手な想像であの矜持を貶めるな。
「じゃあガキに盗られたまま手土産なしで月に行くのかよ」
貴様らの無能を押し付けるな!
「艦長、早くアルテミスに向かわないと――」
捨て駒にした上、見捨てるつもりか!
「それより今むこうから攻撃されたら・・・」
黙れ黙れだまれっ・・・!
「ストライクからの通信を待ちます!」
勝手な言葉の数々に、とうとう頭に血が上って怒鳴ってやろうと腹に力を込めたが、罵倒を吐き出す前にラミアス大尉の有無を言わせぬ声に遮られた。
「――っ、ですが!」
「今私たちが生きているのは、彼の奮闘のおかげです。・・・今ここでストライクをおいて行く事は出来ないわ!」
指示が出ても尚、言い募ろうとする通信士は、ピシャリと言い切った上司に言葉を詰まらせて黙ったようだった。爆発させそこなった怒りのやりどころを失い、上司へ向かいそうになった視線を宇宙の闇に注ぐ。
胸中に在るのは、部下たちの言い分を跳ね除けた上司への賞賛ではなく、どこか脱力感を伴った澱みばかりだ。
そうだ、彼らにとって大切なのは“ストライク”であって“パイロット”ではないのだ。
一瞬の浮上は失望の闇に沈む。ざわめく周囲をシャットアウトして、艦首をザフトの駆逐艦がいた方向に向けたブリッジの窓から何か―あの機体が―見えないか祈る気持ちで目を凝らした。
ストライクなんぞどうだっていい。ただ、無事で帰ってくれれば。
戦闘が終わり、いち早くトールやカズイと合流したサイと医師が戻ってきて医務室から追い出されたミリアリアとフレイは、自分たちで陣取った居住区の一室に戻ってきた。
その顔は一時停戦による安堵ではなく、強張った顔でサイが操作するパソコンとカズイが弄る無線機を凝視していた。
「ねぇ、まだなの?」
「もうちょっとだよ・・・周波数は合ってるはずなんだ」
苛立ち紛れのフレイの催促に、カズイは急かされて震える指で慎重にダイヤルを動かす。すると、漸く耳障りなノイズばかりが発されるパソコンのスピーカーから、微かに人の音声が流れてきた。
「取れた!」
「サイ、電波状況は?」
「大丈夫、バレてない」
フレイに凄まれ、ミリアリアに笑顔で脅されて泣きそうになりながらダイヤルを回していたカズイは、漸く達成できた喜びと安堵に声を上げ、トールはサイにあちらに発覚していないか確認し、サイはほっとした様子でスピーカーのボリュームを上げた。
上げた直後に、様々な意味で苛立ちを覚えるハメになったが。
『――〜〜て逃げ出すか〜?』
『乗ってるの――せいだって言うしな、・・・〜なくもないだろ』
『じゃあ――ッ盗られたまま手土産・・・〜〜に行くのかよ』
ノイズで途切れながらもしっかり聞こえてくる言葉に思い切りサイは眉根を寄せ、
「・・・・・・・・・・・・どこまで馬鹿なんだか」
ぼそり、腹の底から重苦しく低い声で呟く。その斜め後ろでトールもこっくりと頷き同意を示した。この室内にいる学生たち全員の心境だろう。・・・一部はもっと物騒な方向にまで思考が到達していそうだが。
苛立ちを表に示すことでこの二人は吐き出しているが、女性二人は般若の如き表情で今にも飛出して行きそうな様子だった。
彼女らの前にいて背を向ける形になっているカズイは既に震えだしてしまっているくらいだ。
トールたちと合流してすぐに準備したものだが、持ち合わせたものを改良しただけとはいえ、あの二人――正確には一人の――助言を受けていて良かったと今更ながらに思う。
こんな発言を聞けば、これから先なにが起こっても容赦を考慮しようなんてことぐじぐじと考えなくて済むというものだ。
(それにしても、“軍人の思考”は軍人だからこそ解るってことなのかな)
スピーカーから飛び出す声の大人共よりもはるかに若いし柔軟な思考の持ち主だろうとは、他国の学生――しかもコーディネーターとナチュラルという、今のご時勢では敵対種の関係である――に手助けを申し出てくれた時から思っていたが。
ブリッジのことが解れば、キラの所在も処遇も掴めるだろう、とキラが心配だが外部モニターが通じなくて様子がわからないと訴えたフレイに教えてくれたのは、ラスティの申し出を傍から見守っていたミゲルなのだ。
彼はキラに落とされたジンのパイロットだというのに。
今まで思いつかなかったのが不思議なくらい当たり前の名案に、サイはすぐさまトールとカズイと合流し、あとの二人もそれを追ってブリッジに隣接する通気口に盗聴器を設置したのだが。
『艦長、―――ルテミスに向か・・・っいと――』
『それより今――――きされたら・・・』
サイは耳障りな発言の数々に眉を寄せながら一つ溜息を吐き、その息を飲み込んだ。
カズイの後ろから音声解析プログラムが流れる画面を睨みつけていたフレイが、殺気立ったまま体を起し、ロック済みのドアに歩み寄って行っているのだ。
「フレイ、どこに・・・!?」
「談話室よ!保護されてきた人たちのところ!」
ブリッジに直接乗り込んでいきそうな迫力に慌てて声を掛けると、鋭い返答と共にドアの向こうへ立ち去って行った。
『――の帰還――ちます!』
一体何を考えているのかは解らないが・・・キラの障害になるのはありえないし、きっと大丈夫・・・だと思いたい。
そういう面ではフレイを信じているが一応、と様子見に立ち上がろうとしたら、今度はミリアリアに肩を押さえられ、彼女自身は不快な音声ばかり吐き出すパソコンから背を向けて歩き出した。
たった一言。
「フレイの様子、見てくる」
だから追ってこないで聞いていてと、無言の圧力を掛けて。
『今私たち―――のは、彼・・・・・・ッのおかげです。・・・今ここでストライクを――て・・・―は出来ないわ!』
こんな、キラのことを考えないで機体の心配ばかりしている無利益な会話を聞いてたって仕方がないというのに。
不愉快な音声への腹立たしさと、二人の少女に八つ当たりされた気分を味わいながら、サイは空しく差し伸べた手を下ろして溜息を吐いた。
その背中にどことなく薄暗い暗雲を背負って。
明らかにお嬢様という雰囲気で、世間の“せ”の字も知らなそうな少女が乗り込んできた後、ラスティが持ちかけた申し出に返ってきたのは意外な反応だった。
専門的知識が豊富だとはいえ、学生だけの人手と限られた設備で脱出計画を謀るというなら、訓練を積んだ自分たちも必要だろうとラスティは申し出たのだろうが、
「あんた、何言ってんの?」
意外なまでに侮蔑や意地などが一切混じらない、呆れた声と顔でばっさり断ち切られ、ぽかりと口を開けた間抜け面を晒すことになった。
「なにって・・・」
「あんたたちが巻いてる包帯は飾り物なわけ?」
「や、もうバッチリ怪我人だけど」
「だったら怪我人がひょいひょい動こうとしてんじゃないわよ、足手まといだわ。ここは医者も出入りするからなにかしらの装置が作れるわけでもないし、いざ動くにしても怪我悪化させてただでさえ少ない薬品類を減らされたらたまんないわ」
するすると突き放した言い方の言葉は一見すると拒絶しているようにも見える。だが傍から見ているミゲルには・・・
「もう、フレイったら・・・素直に心配って言ったら?」
「やだ、なに言ってんのよミリィ!私がキラのこと以外で心配なんかするわけないでしょ!」
この状況で!
強調して叫ぶが、赤らんだ頬がミリアリアの言葉をなによりも雄弁に肯定している。
つまり、こっちのことより自分達の怪我を考えろって事か。
素直じゃないタイプなんだな、と内心で納得したミゲルは、第一印象を拭う微笑ましさにここに来てから無意識の内に尖らせていた視線を和らげた。
ラスティが申し出ればすぐさま何かしら一緒にいる自分もあれこれするよう言われると思ったのだが、如何にも人を使うことに慣れた風なお嬢様の口からこんな言葉が出るとは思わなかったのだ。
「と、とにかく!あんたたちにできることなんか無いのよ!・・・どうしてもって言うなら・・・そうね、ちょっと知恵を貸しなさい」
「知恵って・・・」
こんな専門的知識も思考の柔軟性も兼ね備えた学生集団に、自分達のどんな知恵が必要だというのか。
「さっきも言ったでしょ、あたしはキラのこと以外心配なんかしないのよ。・・・あたしたちはキラが外に行っちゃったら通信も出来ないし、あの子の様子も分かんないの。だからどうにかしてキラの様子がわかる方法ないかしら?」
平時とかあいつらの都合の悪い時はモニターで外の様子すら見れないし。
はあ、と重く溜息を吐く表情はひどく物憂げで、キラのことを本気で心配しているのがありありと判った。同時に、自分たちを頼っている状況が相当不快なようにも見える。
苛立ちや歯痒さを一緒くたにあわせて作った眉間の皺と噛み締めた唇の白さに、ミゲルは内心首を傾げた。
「フレイ・・・克服したの?」
コーディネーター嫌い。
悪びれもなく、あっさりとミゲルが感じた違和感の答えを出してくれたミリアリアが、彼に似て異なる顔で不思議そうに問うのに、なるほどと納得する。
フレイの自分達を見る目つきは、コーディネーターを心底嫌いな“奴ら”の目にそっくりなのだ。それでも何故か取っつき難いと感じないのは――
「大ッッ嫌いな敵が近くにいるときにどんなこと言ってられないわよ!それより今はキラよ、キラ!」
どうなの、何か有効な手を考える程度なら、多少脳ミソ使うだけで済むでしょ、さっさと搾り出しなさいよ!
どこかやけになったような言い分につい端で見ていたミゲルは苦笑をこぼした。
キラと言う、コーディネーターの中でも彼女の中の特別がいるということは、フレイは“奴ら”ほど妄信的にコーディネーター嫌いではないと分かるからだ。
それよりも、キラを第一に考えようとする姿勢は微笑ましさすら感じる。問いかけたミリアリアも楽しそうに微笑んでいた。
ラスティが言い出したことだったが、こんなにも必死なやつらになら手を貸してもいいか、という気になってきた。
「ブリッジは?」
ずっと沈黙を保ってきたミゲルの発言に、学生たちは少し驚いた様子だったが、フレイの問いに対する助言なのだと気づいたらしくすぐに顔つきが変わった。こうした反応は下手すれば軍人なんかよりも余程早いかもしれない。
「格納庫だと戦闘後は一番忙しいからな。逆にブリッジだと緊張感が弛んで盗聴なんかもしやすいだろう」
「ブリッジってセンサーとか付いてんじゃないの?」
「中の様子を探る程度なら平気なはずだ。通信の傍受まですると流石に引っかかるだろうがな。どうせ通信はオープンスピーカーだろうから」
「振動糸電話だ!」
「あっ!」
弾かれるようにサイとフレイが声を上げ、サイはいても立ってもいられない様子でミゲルへ礼を述べながら駆け出していった。機械系に強いらしいトールやカズイに伝えに行ったのだろう。
「糸電話?」
「本当は無線なんだけどね、一部屋の空気の振動とか音波を捉えてパソコンのソフトで音声を解析する装置。相手のところに取り付ける部分が糸電話作る時のコップにそっくりだから、糸電話」
ちょっと前に皆で共同制作したんだけど、持って来てたのね〜
「フレイの発案で作ったのよね」
そういえば、あれ使い勝手がいいからトールが持ち歩いてたわ。
幾分かスッキリした顔でフレイが説明し、呆れ気味の顔でミリアリアが苦笑する。
彼らの持つ便利道具だけで特許どころか軍事用品だって作れそうだ。
他にも色々と作ったものの話を聞いていると、戦闘が終わってほっとしたのか、船医に指名されたらしい医師が豪快な大股で入ってきた、
「こら、医務室で溜まるんじゃない!」
「「は〜い」」
そそくさと立ち去っていく二人の背中を眺めながら、彼らの道具でキラの様子が分かれば良いとミゲルは小さく笑った。
ザフトはもともと軍ではなく主義者の集まりである。
今でこそ軍に入るためのアカデミーがあり、軍内での個人の位置づけがあり、隊内の序列のようなものがあるが、本来階級と言うものは関係ない集団であった。
隊長や紅服と言った曖昧にも立場を分ける精度は、“主義者”が軍事化し、構成員が大所帯になったためできたシステムと言っていい。
だからとは言わないが、階級制度の重要性を十分理解しているはずのアカデミー成績上位者であるイザークは、このとき初めて階級上位――つまりは隊長のクルーゼに食って掛かった。
「何故撃ったんです!?」
と。
周囲にまだ人がいることも、いつの間にかアスランが居なくなっていることにも構わずに。
「逃げようとした“捕虜”を逃がさないために撃ったのは何かおかしいかね?」
「あなたの認識ではあれは“捕虜”として扱われていたのではないのですか。自分でオーブの使者だと認めていたでしょう!」
「詐称している可能性も考えられた」
「こちらにとって初耳の身分をわざわざ詐称する必要など・・・!」
「だからこそ、こちらの疑惑は免れないだろう」
「しかし・・・!」
そんな馬鹿なと思いながらなおも食って掛かろうとしたが、不意に周囲を見回して、慌しく事後処理に追われながらも確実にこちらを注目している隊員たちに気づき、口を閉ざした。
このまま行くと、隊長に“内密に”報告しなければならないことまで勢いで口走ってしまいそうだったのだ、
一つ、深呼吸する。
ゆっくりと頭に上った血を冷まして冷静さを取り戻したイザークは、ふと向き合っている男の口元を見て不愉快な予測に気づいた。
「・・・報告があります。少しお時間いただけませんか?」
「いいだろう、ここで話せる内容かね?」
前半は鷹揚な首肯と共に、後半は声を潜めての返答に、胸のむかつきが悪化するのを感じながら、まだ下火が燻っている思考で判断し首を振る。
先程無様に癇癪を見せてしまった姿とは打って変わった状況判断だったろう。
「いえ、別室での方がよろしいかと」
「では、隊長室で」
促す男の満足げな笑みがいっそ忌々しい。
こんなときまでどこまでも悪趣味だとイザークは内心舌打ちした。実行には移さなかったが、顔を盛大に顰めてしまったので、この男には自分の感情などお見通しだろうが。
そう、試されていたのだ。
もしかしたら、ずっと。