覚悟


硬く硬く、自分の中に砦を作る

みんなを生かす覚悟
自分を生かす、覚悟

まだ稚拙な造りでしかなくとも、堅固な心の盾は
いつだって守る優先順位を定めている

何が一番で、何が二番以降なのか

辛苦を自覚できるほど明確に、定めている



























<15>







ストライクの発進間際、突進して来たアスランを蹴り飛ばし――キラが顔面を蹴飛ばした理由が良くわかる――、ニコルに捕獲を指示してディアッカにアスランを整備チーフの元へ連行するように言い渡した後。

何かしら気づいた様子のイザークを前にして、クルーゼは飄々と尖った視線を受け流し隊長室へ促した。

彼女の起こした嵐の余韻が騒々しい中、乖離するように静かな隊長室で、クルーゼは先程もそうしたように応接用の簡易ソファにイザークを招いた。

血痕の残る手袋の指先を見つめる。あの別れ際では、宙を漂うもの柔らかな血の筋すら愛おしく感じていたが、彼女がいない今はその原因となった己の指を見ても忌々しさしか感じない。

無言のままに、ストライクの目前で差し出されたグリップを握り、促されるままに身に染み付いた機械的な動きで狙い定めた箇所を撃ち抜いた。

慣れた感触。肩まで響いた衝撃。
一瞬寄せられた眉はすぐに解れ、ほころんだ口元は鮮やかな微笑を刻んでいて。


『キラ――――ッ!!』


あんな子供の言葉など、この耳に入りはしない。あの子の小さな胸にも届きはしなかったろう。
只、衝動に侵されるまま行動に移すほど、自分の理性が脆弱ではないことを悔やむばかりで。

開かれたコックピット。
青い敵軍のヘルメットが持ち主を待ち受けて浮かんでいた。
緊急避難用のシャッターが作動する轟音が、脳髄から後頭部にかけて粗悪な音圧でもって穿った。


『お願い』


耳鳴りを促す騒音の中、微笑む彼女の、それだけでよく通り聴覚を心地よく刺激する声音。
伸ばされた手。
寄せられた頬。
口の端に触れた柔らかな感触は、おねがい、と繰り返された言葉と吐息を残した。

トン、と軽く押され、低重力に慣れた体が平衡感覚を失うことなくストライクから離れていくのを、視界に彼女のみを留めたクルーゼはどこか他人事のように認識していた。


『これだけは覚えておいて。忘れないで、僕はずっと――』


漂いながら赤い珠をつくる血の筋に指を触れさせたのは、紛れもない衝動の表れだ。彼女を撃った指先を染めた赤は、今まで戦場で被ったどんな血よりも明確に自分の罪を知らしめる。

――なんて、忌々しい。


「――隊長、報告を始めても?」
「ああ・・・彼女は、何と?」


正面を向くと、訝しげにこちらを伺うイザークと目が合った。
状況すら忘れて物思いに耽るなど、余裕のない自分に内心苦笑する。
――否、彼女らに関しては、余裕など心の一片も持ちえた試しはなかったのだ、昔から。

話し始めてもずっとこちらを探るように向けられる視線を無視して、もたらされた情報にクルーゼは先程厭わしく思った自分の理性を許容することにした。

これからの大天使の経路。増える予定の影の人員。天使の檻から抜け出せぬ無防備な人々の存在。
全てが彼女の発言に隠された部分を明確にし、これから取るべき行動の指針を示していた。


「・・・・・・なるほど」
「・・・信用するのですか?」
「彼女が見せたあのタグはオーブが作った特殊なものでね、一見すると黒い紋章でしかないが、光の下で血液に触れると虹色に変化するのだよ」

私はこの目で確認したのでね。


そう告げてみせると、目の前の部下は眉間の皺をいっそう深めた。母親煮の端正な顔で睨み据える姿は迫力すら感じるが、それに圧されるほど細い神経は持ち合わせてはいない。


「あの時、なぜ撃ったんです」
「彼女が足つきに戻る手段として、それを望んだからだ」
「・・・・・・・・・」


一度は無視した問いにあっさりと答えられ、イザークは意外そうに目を瞬かせ、何かを考え込むような表情になった。
当然だ、第三者がいたあの場では返せなかった答えも、何の介入もないこの場なら話すことがやぶさかではない。


「・・・では、これからの方針は?」


何らかの納得に至る帰着に思考が達したのだろう。イザークは猜疑に尖らせていた視線を別の意味で曇らせてクルーゼに向けてきた。


「流石に、まだ殺戮者と呼ばれるのは遠慮しておこう。・・・足つきの撃破はあれがどこかに留保するまで待つ。それまでは適度な追撃を仕掛けつつ、せいぜい立ち寄る箇所を落して回ればいい」


この指示をディアッカとニコルにも伝えるように。


「隊長たちは・・・」
「私には本国から呼び出しが掛かっているのでね」
「・・・ヘリオポリスのことで・・・?」
「それもあるがね。ついでにアスランも連れて行こう」
「・・・ザラ国防長官殿ですか・・・」


いくつかの可能性を考えているようだが、それが大概不正解であることをクルーゼは確信していた。これはキラを深く知っているからこその理解だ。

おそらくイザークの中で間違った理解がなされているのだろうと簡単に察することができたが、クルーゼは敢えて何も言わず、ヴェサリウス(己の旗艦)に戻るべく腰を上げた。


「次はアルテミスだと言っていたな。・・・ただ追うだけでは不満なら、君らだけであの傘を落してみせたまえ」


皮肉気な笑みを浮かべ、わざと血の上りやすい青年の血行を良くする言葉を吐きながら。

くるり、射るようにこちらを見上げる視線に背を向ける。視線だけで人を殺せるなら、今この瞬間自分は刺殺されていただろうと思えるほど強く鋭いものに、露になりやすい部下の気性の青さを感じて苦笑をこぼした。

甘いなと、胸中で落とした呟きはインクよりも濁ってどす黒く。

私ならば目の前にいる者だけでなく、全てを侵せる毒でそうと知らせぬまま朽ちるように導いただろうに。

―――そんな欲求は、彼女との再会で全て昇華してしまったが。

















































ザフトに捕らわれたストライクの帰還を待つ、アークエンジェルのブリッジでは、にわか副艦長曰く“独断専行”で決定した待機時間を非常に気まずい沈黙が支配していた。
ストライクが本当に帰還するかも不明な不安と、軍規に基づいた安全を取らない上司への苛立ちが交錯し、ピリピリと静電気のような緊張が走っている。

もっとも、この場で不幸だったのは意見が真っ二つに割れたブリッジに居合わせてしまったクルーたちである。
彼らは感電を覚悟しなければ身動き一つできない空間で、ひたすらストライクからの通信を待つしかなかったのである。


((((お願いだから早く戻って来てくれ〜〜ッッ!!))))


極秘任務のために選ばれてきた屈強なはずの軍人たちの声は、いっそ清清しいほどに一つだった。
だから、

ビーッ、ビーッ、ビーッ


「エマージェンシーコール・・・ストライクからですっ!!」
「うお――ッ!」
「やったぞ―!!」
「待ってました!!」

よく耐えた、俺たちッ!


いつもなら気を引き締めてかかる警戒音だって、天国からのファンファーレに聞こえたくらいだった。























































ゴウン、ゴウンと鈍い地響きの音。船体がハンガーに掴まれたとき特有の、もがくような揺れを感じ、キラはムズムズと痛痒い目蓋をこじ開けた。
真っ先に飛び込んできた見知らぬ天井に瞬きを繰り返し、その白さに目が慣れた頃、漸く現状を把握する。

先程感じた揺れはエンジン音ではなく、慣れ親しんだ振動は逆に穏やかな収束を迎えようとしている。いつの間にか腕にできた注射痕と、僅かに乱れた襟元から覗くガーゼに滲んだ血の変色具合から――


(ストライクに仕掛けして、信号送って、回収された時間も含めて約2時間・・・傘の中に入ったかな)


つまりは、補給ポイントに。

作りたての艦だからエネルギーは十分足りているとしても、物資は全く足りていない。ここで補給をしない限りは、月へ向かうことも不可能だろう。
ただ、懸念しなければならないことが、一つ。


「―――ッ!!」
「・・・――っ!――」
「っ・・・・・・」


扉の向こうから聞こえる声に、とっさに息を殺す。
さらに耳を澄ませば、がちゃがちゃと金属の擦れる耳障りな声まで届いた。


「まったく・・・ろくでもない」


懸念がしっかり当たったことを確信して、キラは溜め息と共にげっそり呟いた。間違いなく同調してくれるだろう仲間達は残念ながらここにはいない。
一応肩の傷を庇ってゆっくりと身を起こし、案の定ちくりとも反応しない痛覚にほっと息を吐く。
友人たちの中には医療系のエキスパートだっているのだ、負傷して戻った自分を軍人なんか(他者の手)に渡すとは全く考えていなかった。
寧ろ、フレイを加えて激化した毒舌で相手を退け、自分をここに連れて来たに違いない。
そう無条件で信じられるくらい、キラはこの二年かけてできた友人たちを信頼していた。枕元に置かれていた飲みかけの水と、錠剤の袋を確認する。
遅効性の痛み止めは微量の睡眠導入剤が入っており、真新しい即効性の方は入っていない。彼らには歓迎されていないとはいえ、いつストライクに乗るかわからない自分のことを十分配慮してくれた置き土産だった。

(着てるのがパイロットスーツじゃなくて僕の服ってとこにも愛を感じるなぁ)

うんうんと一人頷き、痛み止めを束で適当にポケットに突っ込んで、のんびりした仕草でベッドから降りた。
耳障りな怒鳴り声・・・もとい警告は、徐々に、だが確実にこちらへ近づいてきている。

非常に業腹ではあるが、捕まってやらなければ。





















































遠く、白き大天使が吸い込まれていった宇宙の要塞を眺め、イザークは彼本人の気性にまるで似合わぬ沈鬱な表情でため息を吐いた。

プラントへ戻るクルーゼとそのお付――至極不満そうな顔だったが、基本的に“優等生”で通っているため、上官命令に逆らえるはずもない、非常にいい気味である――アスラン・ザラを見送り、引き続き脚付きを追った彼らだったが、事前情報の通りに女神の傘へ入った彼の艦を、一定の距離外から眺めるだけで、何のアクションお起こすことはなかった。
彼らに許可されているのは脚付きが立ち寄る敵拠点の破壊であって、それ自体の撃墜ではない。

ただ、月の女神(アルテミス)の傘が開いている今、その“立ち寄り先の破壊”すら難しいものと成り果てているが。
イザークは手の中のディスクを見下ろし、また一つ嘆息する。プラントへ戻ったクルーゼの置き土産である。
どうにも胡散臭い隊長が去り際に渡したそれは、台風少女の有言実行の証でもあった。

『ザフトの皆様方が奪取した四機はオーブからプラントへの譲渡と――』

確かに、これは自分たちにとって必要なものだ。後々問いただされたときの対処を考えると、中々厄介な代物でもある。

それでも、らしくもない迷いを振り切るように、イザークは強い眼差しでアルテミスを一瞥し、体の向きを変えて足を進めた。

その時、狙ったようなタイミングで扉が開き、見慣れた顔がふてぶてしい笑みを貼り付けて現れた。


「イザーク、こんなところに居たのか。そろそろミーティング始めようぜ」
アルテミス攻略の。
「・・・・・・・・・ああ」


職務は果たさなければなるまい。
乗り気で行動できるといえば嘘になるし、クルーゼの謎めいた話の所為で考えたいことも山積みになっているのだが。


「なぁ、イザーク。お前あいつと何があったんだ・・・?」


そんな内心に気づいたのか、元々何も説明しなかったイザークに引っかかっていたのか、普段ならば意気揚々と行動にかかる彼をディアッカが引き止める。
肩にかけられた手を振りほどき、イザークは疲れた溜め息をを一つ吐いてぐりぐりとこめかみを押した。
そろそろいい加減に聞かれることだろうとは思っていたのだ。


「通りすがりに殺し合って、利害が一致したから拾って帰った。それだけだ」
「通りすがりぃ?俺たちは脚付きを追ってたんだから戦闘してとうぜ・・・ん?」
どうやらわざわざつけた言葉の意味に気付いたらしい。
「そうだ」


主語も動詞もなく、ただディアッカの推測に頷く。ヘリオポリスが崩壊する以前にも一度、彼女・・・キラと出会っていたという事実に。


「一体いつ!?いや、ヘリオポリスだな」
「ああ。あの機体・・・デュエルの近くに張り付いていた。コーディネイターの、自称民間人だ」
「んで、所詮は“自称”でしかなかった、と。あ、でも軍人じゃないらしいから民間人の括りになるのか?」
「俺が知るか。・・・もう行くぞ」


彼女の素性が気にならないはずはなかったが、それよりも今は傘を破る方法を提示するほうが先だと、イザークは今度こそブリーフィングルームへ向かうために床を蹴った。












































森の中の木作戦――いわば、一般人の中に紛れ込み、ユーラシア軍人の目を誤魔化そうというキラたちの思惑は、うまくいくかと思えた。

・・・途中までは。


そもそも、技術大国オーブと地球軍の共同制作である新型の戦艦とMSに、ユーラシア傘下のアルテミスが目の色を変えないわけがない。
識別コードすらない戦艦を受け入れるのだから、相応の利益(新型のデータ)を求めるのが当然の筋だろう。

むしろ、それを逆手にとって無茶な要求までされかねない。

そんな状況が事前に仲間内でも検討がついていたので、キラはストライクに簡単なロックをかけ、自国の技術流出を避ける手段に出たのだ。

プログラミングのエキスパートであるキラのロックが早々簡単に解けるはずもなく、データを収集したいあちら(ユーラシア)の妨害になることはまず確実だ。
自分たちはあくまでも保護されてこの艦に乗り込んだのであって、戦闘には全く関与していないのだと主張しきれば、パイロット探しは途中でタイムオーバーになる予定である。

月へは辿り着かせず、適当な時期と位置で天使の羽を落すための条件は、過不足なく、最低限の補給でアルテミスを抜けることだ。
それには、生かさず殺さずの状況を、絶妙なタイミングとバランスで作り出す匙加減が必要だ。


「補給はどうなってるんです?」


キラが自主的にユーラシアに捕まり、一般人(+その他)が集まる食堂に連れてこられた後。
比較的ドアに近いテーブルに腰掛けるミリアリアとノイマンの間に座り、黒髪の操舵手に真っ先に聞くと、彼は眉を顰め沈鬱な表情で軽く首を振った。


「・・・まだ、この艦には識別コードが・・・ない、からな。艦長たちがここの司令官からの呼び出しから戻れば、・・・恐らく、始まるんじゃないか」
「・・・じゃあ、まだ始まってもいない・・・?」
「ああ・・・そのようだ」


思っていた以上にマズイ。

それから黙り込んでしまった己に対し、左右から向けられる視線を感じたが、今話すことの不利益を考えて、右隣――ミリアリアの手を軽く握るだけに留め、つらつらと現状確認に精を出し始めた。

銃を持った地球軍に囲まれて、不安を露に固まっているオーブの人々。
部屋の隅では目立たないようにザフトの軍人二人も蹲っている。ユーラシアの軍人は艦内の各所に配置されているようだし、身動きは相当制限されるだろう。
その上補給も覚束ないときては・・・。災難は両手を広げて歓待してくれているらしい。

それでなくとも、ザフトと交わした約束をあちら(ザフト)に信用させるために、早急に立ち去る必要がある。こんな厄介な状況下で、更にザフトの襲撃に見まわれるだなんて冗談にもならない。

(さっさとここを脱出するのが最優先で、補給は後から考えればいっかな)

今は宇宙のどこかに居る出稼ぎ中の兄に聞かれれば、行き当たりばったりのキラの思考に間違いなく鋭い突込みが入るだろうが、物騒なムードが漂う敵陣で当面の指標が立っただけでも上出来だと、自分の中で納得したところで――
物々しい雰囲気を醸し出しながら無駄にえらそうな一団が入ってきた。

タコ頭+武装軍人少々。

なんだか非常にイヤな組み合わせだと本能が警鐘を鳴らす。
色で言うと、なんとも言い難いドドメ色だ。

しかも、正面左斜め前に座るフレイの盛大なしかめっ面――自分への美意識にプライドを持つ彼女は一瞬でそれを無表情に抑えた。見事である――を目撃してしまい、更にカオスな感じで変色した。そして


「モビルスーツのパイロットはどこだ!」

案の定な呼び声が威圧的に響いて、軍人たちの間を縫ってボール遊びに興じていた子供たちがびくりと動きを止める。
大人たちの小声でのざわめきも消え去り、耳の奥が痛くなるような張り詰めた緊張感がその場を満たした。

「モビルスーツのパイロットだ、どこにいる!?」


只でさえ少なくない人数が狭い食堂に集まって息苦しさすら感じるのに、ムサイ、ゴツイ、暑苦しいとこの場の悪条件を見事に兼ね備えた鬱陶しい集団の登場に、右隣や左斜め前辺りで民間人の大人たちとは違った空気の強張りを感じる。
これはあれだ。どこぞの緒を容赦なく引き絞って引きちぎる寸前の緊張感だ。

(ヤバイヤバイ、ミリィとフレイが切れる・・・!)

そりゃあもう盛大にブチッと。
実はキラや男性陣よりも余程攻撃的な体質の彼女らは、こういう上からかけられる理不尽なストレスに対して強烈な反発を示す。特に、今回の探し人は二人の親友と自他共に認識し合っている自分で――

やめとけばいいものを、蛍光灯に反射していささか眩しい頭をお持ちの男――恐らく将校だろう――はにまり(・・・)と君の悪い笑みを刷いて、二人の爆薬を引っさげた糸をガリガリと削りにかかった。


「ほう・・・出てこないつもりかね。こちらは君たちをこのままここへ留め置く事も可能なのだがね?」

ソレハ所謂監禁ッテヤツデスカ。

「そんなこと言っちまっていいんですかい?アークエンジェルを届けられないのは地球軍の損失になっちまうでしょうが」

そして、ここに留まることを強要すればそれは司令官の責任になるだろう。

「だからこそ、我々はパイロットを探しているのだよ。あの新型のデータを採集して一刻も早く本部に届ければ、地球にはびこるコーディネイターどもを駆逐できる・・・!!」

一応誤魔化そうと出てくれたらしいマードック氏は、狂信的な熱意に晒されて黙ってしまい、食堂の中へ入る奴らの妨害にもなりやしない。

一方、キラの内心といえば、

(あーあー、夢見ちゃって、まぁ)

と何の感慨もなく軍人共の妄想を断ち切っていた。
圧倒的な数の差を技術力で補ってきたコーディネイターの底力は、戦艦一つ、ストライク一機で揺るぐようなものではない。大体、既に新型の4機があちら(ザフト)に渡っているし、あれ一機あれば彼らが更なる兵器を生み出してしまうことも容易に想像できる。
実際に作り上げたオーブの力すら無視して新型の5機と新造艦が丸ごと地球軍の功績だと思い込んでいるらしい軍人たちは、あまりにも戦場で行使する力に対し、盲目で愚鈍な感性しか持ち合わせていないらしい。


「何を躊躇っているのかね?早くパイロットを差し出したまえ」


耳の爛れるような熱弁ををぶちまけた将校は、只でさえ細い目を眇めギラつかせながら、何故か主にオーブの民間人が集まる位置を睥睨しだした。
ねっとりと気持ちの悪い視線を避けながら、キラはその頭の動きを見て背筋に過ぎった悪寒に眉根を寄せる。
“差し出したたまえ”と嗤う男は、まるでオーブの民間人の中にパイロットがいると確信しているような口ぶりだ。

そうだ、軍人共は馬鹿だが強欲だ。欲しいおもちゃのために猿知恵の一つや二つ働かせたっておかしくはない。

しんと静まり返った室内で、今にも脅しの言葉を投げようとしている視線が、こういう修羅場に慣れていない人々の精神を削っていくのがわかる。

(まずいなぁ・・・このままじゃあ吊るし上げが始まるのも時間の問題じゃないか)

・・・“最後まで隠れきること”という、至極簡単なようで実は状況の変化によって難易度の跳ね上がる生き残りの条件は、クリアできれば後々の面倒も粗方考えなくて済む都合のいい話だ。・・・オーブの民の安全が全ての大前提にあるからこそ、遂行する余地ができることで。
多少の時間がかかっても、乗組員の一人一人を検証する内に、バックアップ(ザフトの横槍)が入る目算だった。


「・・・・・・――――」


細く、深く、呼吸を三度重ねる。
跳ねる心臓が痛い。緊張しないわけがない。
それでも――視線を上げた。

誰もが目を付けられぬよう顔を伏せる中、それだけで射殺せるような強さをこめて、こちらに背を向けたタコ頭の後頭部を睨みつける。
そんなキラの異変に気付いたミリアリアが諌めるように握った手を強くしてくるが、キラは出来るだけ優しく、冷えてしまった彼女の手の甲を撫で、自分の手から解いた。


「隠していてもなにも――」


じわりじわり、苛立ちを滲ませた声が途切れる。痺れるような静寂が耳鳴りを引き起こす。
無駄な脂肪を主に腰周りにつけた壮年の将校がこちらを振り返り、ねっとりとした視線がキラのものと直に絡んだ。背筋を走る怖気を押さえ込むように睨みあげると、分厚い顔の肉が歪んでうっそりと笑みを見せた。

「ほう・・・随分と毛色の変わったのがいるじゃないか。・・・丁度いい、貴様から来てもらおう」

なぁに、時間はたっぷりとある――
嫌な予感しか生まない台詞を、椅子を蹴立てた音で乱雑に遮り、吐き気ばかりが込み上げる下卑た面に背を向けて出入り口に進んだ。

――心配そうな視線を向けてくれる仲間たちに視線を返す余裕は、もう既に奪われていた。












アルテミスに入ってから、脳髄の裏側、背筋に続く辺りで、
警鐘とはまた別のシグナルが鳴るのを感じている

だから、きっと大丈夫だと

過信でも確信でもなく、何の裏付けもない不明瞭な予想を立てていた



――それは、水面に浮かぶ藁を待つ思いにも似て













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