これは必要なこと

犠牲なんかは作らない

守るために 全てを守りきるために

友人も 仲間も 敵でさえ その命は壊させない

それが、僕が“影”である所以なのだから

















<11>



宇宙と言うのは不思議だ。地面も重力も、目印になるものさえないから方向感覚が掴めなくなる。自分が今、上を向いているのか下を向いているのか、認識している方向が正しいのかすら。

「〜〜〜〜〜!」

ブチッ

シャトルに乗っているときなら兎も角、初めて自分の手足のように動くMSで1人宇宙に出たときなんて、特にその奇妙な感覚が拭いきれなかったものだ。

「キッ」

ブツンッ

何度も訓練を重ねていくたびに徐々に慣れてはいったが、やっぱり安定した重力のある地球の方がいいなと思っているのは、本国でMSに乗りたがっていた双子の姉には秘密だ。そんな風に思っているくらいなら変われと言われそうだし。

そんなことを考えながら、キラは突進してきた赤い物体を悠々避けた。
出来るだけ相手の4機を背後の白い戦艦から引き離し、多方面から来る攻撃も相殺せずひたすら避ける。
時折聞こえる爆音や躱しきれなかったミサイルの衝撃が、今ここは戦場なのだと伝えているが、ついつい思考を別方向に逸らしてしまう。

「――ラ!」

ブチッ

わかっている。こんなのは単なる現実逃避だ。
さっきからしつこく繋がってくる通信を悉く打ち切りながら、うっかり認識してしまった自分の逃避願望に苦笑を浮かべた。
いい加減にしないと折角のチャンスをふいにしてしまう。

そう、どんなに本能が赤ランプで大警鐘を鳴らしながら撤退命令を叫んでいても、今回ばかりは押さえ込んでおかなければならないことくらい理解しているのだ。

「逃げちゃ、だめだよね」

自分まで某アニメのヘタレ主人公みたいにはなりたくない、というか逃げるくらいならさっさと最後通牒を突きつけたほうが手っ取り早いんじゃないか?
重箱の隅に残っていた対腐れ縁相手仕様の良心の欠片を大事に取っておいたのがマズかったのかもしれない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし、」

覚悟を決めた割には長い沈黙の後、キラは手持ちのハンカチで通信モニターとカメラを覆って、漸く通信を繋いだ。不快感は少しでも和らいだ方がいい。
エネルギー残量を確認してから、射撃用スコープをセットする。

「キラ!キラなんだろう!?なんで月にいたはずのお前がそんな物に乗っているんだ!」
「うっさいよ馬鹿アス!君こそ“戦争なんか起きないよ”なんて調子こいたこと言っといて何だって軍に入ってそんなもんに乗ってるのさ!」
「状況も読めないナチュラル共があんなことをしなければ、俺だって・・・!」
「俺だってなに?僕には調子いい事言っといて自分でそんなのに乗って戦火を広げようとしている今の事実を踏まえて良くそんなことが言えるよね、嘘つき
「キッ」
「口ではなんとでも言えるんだよ、行動が裏切ってちゃ意味がないんだっていい加減学習したらどうなの。そんなペラペラな誠意ちり紙程度の価値すら無いんだよこの詐欺師

呆れと怒りとちょっぴりの疲労に溜息を吐く。
何故、どうして、そんな問いに意味なんて無い。十分理由を知っているからだ。
アスランの父親に逆らえない救いようのない意志薄弱さには既に辛酸を舐めさせられてきた。今更自分が親切に忠告してやる義理なんてない。今後は自分で身から出た苦味を噛み締めればいい。

解っていてもこうして抉り出すような言葉を使うのは、はっきりきっぱり八つ当たりである。会話を交わすことによる自分自身への精神的ダメージも大きかったが。
だって、もうほんの少し会話しただけなのに、ストライクのエネルギーが程よくなる前に自分のエネルギーが切れてしまいそうなのだ。

そういやここ暫く忙しくてまともに寝てないんだよなぁ〜前に寝たのいつだっけ、兄さんが仕事に行って教授からの頼みごとラッシュが始まる前だから・・・ダメだ、考えたら宇宙の海にダイブしたくなる。
寝られるならいっそ永眠でもいいなんてまだそこまで人生捨てたくない。

くるくると記憶を遡らせてみて、一瞬本気で気が遠くなりそうになったが、ぎりぎりで踏み止まった。刹那的な欲求から脱出してびしびしとビームライフルで牽制しながら黙り込んだイージスを退かせる。

「なぁに、都合が悪くなったらだんまり?言い訳できない程度に自覚してたんだ、余計に性質が悪いよね」
「ち、違っ・・・!」
「何が違うの。どこが違うの。引っこ抜いても尽きない二枚舌で弁舌滑らかに言ってごらんよ3秒待ってあげるからさ」
「さっ!?」
「いーち、にぃ、さん。はい、終わり〜。優秀な脳ミソも窮地に陥ったら形無しだね、なっさけない。大体なんでこんなものに乗ってるだって!?君らが中立国のコロニーにテロなんか仕掛けてくるから乗らざる得なくなったんじゃないか!僕らの行き場を奪ったくせに何をエラそうな事をぬけぬけとほざいてるんだよ強盗犯が!

あれ、これさっきも誰かに言ったな。

くい、と首を捻りながらアラートの反応を見ると、今度は別方向からタイミングよくデュエルが向かって来た。
青い目に銀髪おかっぱの紅服がふっと脳裏を過ぎる。
そうそう、あんな言語能力のない人面犬を相手にするよりもこの機体のパイロットの方が今は重要だ。他の機体を探ると、バスターとブリッツはアークエンジェルに向かったようだった。
流石にMS二機は捌けないだろう、とどさくさに紛れてバスターにもライフルを向けながら、通信機越しに聞こえてくる声に耳を澄ませた。

『イザーク、何をする!俺とキラの邪魔だ、下がれ!』

いや、邪魔は寧ろ君のほうなんだけど。てか何を勝手に人の名前バラしてんだよ考えなしが。
アスランの主張に密かなツッコミを入れつつ、判明したデュエルのパイロットの名前にキラは再度小首を傾げる。・・・どこかで聞いたことがあるような。

「うるさい!貴様こそ何をちんたらしている!?貴様らに下った命令は撃破だろうが!!そんな地球軍機にやられるほど落魄れたのか腰抜け!!」

降って沸いた疑問は端に寄せて、キラは聞こえてきたデュエルのパイロットの音声にほっと一息吐いた。・・・さっき会った奴だ。これで少しは話が通りやすくなる・・・と思いたい。
それにしたって一々引っかかる発言だったが。いまはそれより、

(貴様らって言ってたよね・・・じゃああいつは別に命令を受けてるってこと?)

眉根を寄せて画面の向こうの青と白の機体を見据える。それ(別命)が自分に有利な方に働けば良いが。
中空でぼけっと突っ立っている――これはこれである意味器用だとも言える――イージスを尻目に、同僚を怒鳴りつけながらもデュエルはストライクの牽制に同じライフルで応射してくる。そして、エネルギー残量に気をつけながら遠慮なく紙一重を狙って撃ちまくっている内に、キラもちょっとした事に気づいて瞳を眇めた。

イージスとの通信を切ってアークエンジェルと繋ぐ。エネルギーもいい具合に減っているし、フラガのほうのタイミングを考えても、そろそろ頃合いだろう。

『ストライク、何をしている!?』
「一機くらいそちらでどうにかしてくださいよ、一応軍人なんでしょうが!こっちだってエネルギーが・・・」

と言ったところで一旦通信を切る。クサい演技だが一時的に凌げれば言いだけだから後でどうにでもなるだろう。
ここからが勝負だ。

白亜の戦艦をシャットアウトして、全神経を相手の4機に集中させて・・・ちょっとかなり命懸けではあるが、フェイズシフト装甲をダウンさせた。
そして、攻撃に当たらないことだけに集中してエールで敵機の間を飛び回る。
ストライクの異常に気づいたらしいブリッツもこちらに回ってきて、4機を相手取って最小限のエネルギー消費で対戦していると、ストライクの現状を聞きつけたらしいフラガから文書通信が入った。

「・・・戦闘中に空中換装、ね。悪くない手だけど、余計なお世話だなぁ」

こういう機転が僕らへの気遣いとかデリカシーにも役立てられれば良かったのに。かと言って優しくしてやるつもりは毛頭ないけれど。

デュエルとバスターの攻撃を回避しながらイージスを時折蹴りつけていると、いつの間にかかなり近くまで迫っていた駆逐艦から帰還信号が上がり、ブリッツが渋々といった態で戦場を撤退しようとするのが見える。
それに続きバスターも警戒態勢のまま撤退する姿勢を見せる中、突っ掛かってくるデュエルにニヤリと笑い、キラはライフルのエネルギーを切ってデュエルに仕込んだプログラムを発動させ――

ぐわしっ

「っ、はぁ!?」

ようと、したのだが。

『やっと捕まえたぞ、キラ!』
「ちょっと何やってんのさアスラン!」
「うるさい!お前はこのままザフトに連れて行く!」

ぴしっ。

頭の中で、何かに皹が入る音がする。
理不尽かつ大迷惑極まりない戯言に現状を確認すると、UFOキャッチャーの景品よろしく変形したイージスの爪にストライクが背後からがっちりと掴まれていたのだ。
さっきから静かだと思っていたら、こういう機会を伺っていたらしい。
全く、粘着質で嫌になる。

「冗談じゃない!なんで君なんかと行かなきゃなんないのさ!」
『なんかって何だ!キラ、俺たち親友だろう?そんな俺と敵対してまであんなもの守りたいと言うのか!?』

ぷつぷつっ

「あれには友達が乗ってるんだ!大切な友達を守りたいと思って何が悪い!」

この男は知らない。どれだけ自分の言動が、否、存在自体がキラの逆鱗に触れているかと言うことを。

「地球軍を引き込んだ名ばかりの中立国のナチュラル共がそんなに大切なのか!そんなもののために俺と戦うつもりなのか!?」

ブチイッ

「そんなもの、だってぇ・・・?」

すぅ、と頭の芯が急速に冷え、腹の底から得体の知れないナニかが煮えくり返る感覚が身を包み、キラは剣呑に目を眇めた。

何かが切れたと感じたのは、勝手に無断で潜り込んできた通信を遮断した音なのか、それとも別の何かなのか・・・そんな細かいことに思考を費やすよりも早く、キラはブチ切れた感覚のまま途中だったデュエルのプログラムを起動させた。

「デュエル!ええと、イザークだっけ!?なんでもいいからさっさと応答しろオカッパ!!

呼びかけながらギリギリで動くストライクの肘関節から下の部位でアーマーシュナイダーを掴む。予想以上にかつかつになったエネルギーパネルを睨みながら、通信画面とカメラを覆っていたハンカチを取っ払った。

「誰がオカッパだ貴様ァ!名を知ってるならそっちで呼べ!」

聞き覚えのある怒声と共に画面に現れたのはやはり見覚えのある端正な顔だ。意地でも表に出さないが、内心では心底安堵しながら正面のアイスブルーを睨み据えた。

「文句言うならさっさと応答すればよかったんだよ。それよりちょっと聞いて。捕まるにしてもコレにだけは嫌なんだ!君ならいいから、ちゃんと捕まえてよ!!」

丁度良く変形したままで連行しようとするイージスの上方からメビウス・ゼロが攻撃し、その衝撃で校則が緩んだ一瞬の隙を突き、キラはナイフの刃をイージスの関節部分に突き立てた。

『貴様、何を・・・!?』
「いいから!・・・これでこっちのエネルギーが切れるから、ちゃんと捕獲してね!」

拘束が解かれた時の独特な解放感にほっと息を吐く。間近にいるデュエルを促すように片手を伸ばした瞬間、生命維持装置以外の機能がダウンした。
それでも外部モニターとデュエルとの通信だけは生きている。・・・一機だけでも仕込が出来て本当に良かった。

「・・・本当は、撃墜じゃないんでしょ?」
『・・・何でそれを!?』
「なんでって・・・イージスがこっちと通信繋いだまま君と話したから、全部筒抜けだったけど」
『・・・あんのうすら間抜けがぁっ・・・!』
「うんうん、怒りたい気持ちはすごく解るよ。僕だってそんなミスしやがったらきっと味方でも怒るし」

兎に角捕まえてくれる?捕獲の方が君たちにも何かと美味しいと思うし。
言いながらモニターに映るオカッパ美丈夫にうりうりと手を伸ばすと、数拍睨まれた後、盛大な舌打ちをしてがっしりとストライクの腕を取られた。
小さな振動が起こり、滑らかな動きで移動させられる。・・・うまくOSを使いこなせているらしい。
さすが紅服、ということか。

外部モニターを見ると、バスターやブリッツが駆逐艦に向かっており、何故か前方のナスカ級から一機のジンが先導するように前を行っていた。
戦闘停止した戦場を悠々と滑るように行くジンに引っかかりを覚えながらメビウスの方はと見ると、無事アークエンジェルに帰投したようだった。

白亜の戦艦が、こちらの様子を伺うようにゆっくりと戦闘領域を離脱していく。このままここらで待っていてくれればつつがなくあそこに戻れるだろうし、自分を見捨ててアルテミスに向かったとしても“地球軍は極悪非道”というレッテルがオーブ国民の中に追加されるだけでなんの面倒もない。

心配事といえばあれに乗っている民間人や友人、それにザフトの二人のことだが、ザフトからの攻撃は暫く自分が抑えれば何とかなるだろうし、友人たちは自力で上手くやれるだろう。
それくらいの信頼は、この二年弱の間に育んできたのだ。
いざとなれば、兄が駆けつけるだろう確信も、ある。

――なんとか、第一段階は終了だ。

ほっと小さく息を吐く、やるべきことはまだまだあるが、キラは一時の休息を密かに味わった。

『おい、お前は何故わざわざ捕まった?何が目的だ?そもそもお前、そんなものに乗って実は地球軍だったのか!?』
「ああもう、だからおぞましい勘違いしないでって言ってるじゃないか!僕は地球軍なんかじゃない!」
『だったら何故・・・』
「後でちゃんと隊長さんに報告してくれる?」
『当然だ』

当たり前のことを聞くな。
義務を全うするための硬い表情と意思の力が顕な瞳に思わず口元が綻ぶ。態度はでかいし口調は横暴さが滲んでいるが、信用はできそうだ。
戦場でであった人間に対してそんなことを感じるのは妙な気分だったが、ぶんぶん飛び回るハエにぶち切れた後だったので、彼のアッサリした態度は尚更不快ではなかった。

そう思っての笑みだったのだが、何故だか相手は固まってしまった。まぁ、話さえ聞いてもらえれば何の問題もない。

「ねぇ、君たちの隊長ってさ・・・」
『クルーゼ隊長のことか?』
「・・・やっぱり・・・クルーゼ、なんだね」
『なんだ、知り合いか?』
「多分ね、まぁ会ってみれば解ると思う」
『なんだ、それは・・・まぁいい、話せ』

話しかければ即座に返る答えに小さく息を吐きながら、態度のでかいイザークの口調にも気にせず今までのあらましを話し出した。

ゆったりと連れて行かれる先では、戦艦がぽっかりとハッチを開けて待ち構えていた。








































顔だけ見ると性別など気にならないくらい眼福な少年なのに、自分に向けられる刺々しい雰囲気を考えると直接でもモニター越しでも会うのは気が重いなと、フラガは彼の 彼の専用機(メビウス・ゼロ)の中で暗澹と溜息を吐いた。
大体、彼は初対面から自分に対する様子がおかしかったのだ。目があった瞬間ある意味被害者な自分が本当に何かしたのかと慌ててしまうほど痛々しい表情で泣き出すし、かと思えばあの儚さは一体なんだったんだと思うような毒舌で部屋から追い出されたし、控え室ではこちらの痛いところ―要は人間性やら国家間条約やらだ―を突いて敵意を示してきたし。
ヘリオポリスでの活躍を見ていると、協調性がどうのと求めるのも・・・否、戦場では必須要綱なのだが、それでも無駄骨な気がする。
あの戦いを見て。
本当に、掛け値なしの民間人、素人だと聞いて。

コーディネーターとはこんなにも自分たち(ナチュラル)とは違うのかと忌避したい気持ちも多分にあるが、彼の言い分を鑑みると・・・アークエンジェルにオーブ国民が乗っている限り、母艦を守ってくれることには変わりないという打算が働く。
対立種族に当たるコーディネーターが地球軍の艦を護る――なんとも皮肉な異常事態だが、自分たち、特に士官はある意味屈辱的な現実を敢えて考えないようにしている感が強い。

・・・今を生き残るために、と。

生物の生存本能を刺激する一見真っ当な言い分だが、それすら実は無意識に別の手段を隠した建前に過ぎないと気づいているのは、自分以外に一体どれだけいるだろうか。

(生き残るためってだけなら、ザフトの連中に投稿するって手もあるがね・・・ま、できない相談だよな)

志願であれ現地徴兵であれ、敵にい投稿して条約通り捕虜交換で自軍に復帰できるほど地球軍は寛容でも人手不足でも無かったし、生き残れる駒があるというのに、それも使わず生き恥を晒す部下を救おうという慈悲を持ち合わせた人間が上層部にいるとは思えない。

厄介なのは、臨時で新型パイロットに役を振られたあの少年が、そういった大人の事情にも感づいている節があることだ。
その上で、非常に渋々ながらもあれに乗ることを許容している。

こちらの要請が脅迫紛いの言葉だったからかもしれないが、あれだけ自分たちに対して拒絶たっぷりの態度をとっているところを見ると、何か別の考えでもあるのではないかと思えてしまうのだ。
一般人とは思えないような、軍人に対する気丈な態度やMS操作の技術を見ても・・・。

デブリの漂う中を縫うようにしてメビウスを進ませながら、フラガは小さく溜息を吐いた。
母艦側の戦況を報告してくる文書メールには、ストライクは新型三機を相手に交戦中、アークエンジェルはブリッツの攻撃を受けており、ストライクのパイロットとはほぼ交信不能、ときた。

(しかもストライクはエネルギー切れの懸念ありって・・・本当になにやってんだ、あいつは)

戦闘の素人(のはず)の相手に相当理不尽なことを強いているのは理解しているが、そんな様子を見せないキラについ遠慮も配慮も忘れてしまいになるが・・・彼にはなんとしても生き延びてもらわなくてはならない。

(間に合えばいいがな・・・俺が行くまでとっ捕まってくれるなよ・・・!)

切実に念じながら、フラガは今回の奇襲策同様の思い付きを素早く母艦に向けて送信した。

戻ってきてみれば、案の定ザフトに捉えられるストライクの姿に焦り、そのまま連れ去られた結果に頭を抱えたのは言うまでもない。










































両陣営から出された帰還信号により静まった戦場で、ゆっくりと自分の手から遠ざかっていくトリコロールカラーの機体を見据えながら、アスランはギリリと奥歯を噛み締めた。
確かにこの手に捕らえたと思ったのに余計な邪魔は入るし、キラ自身からも攻撃を受けてイージスの足関節の駆動系に支障を来たしてしまった。しかも、

「何故イザークなんかに・・・!」

アカデミー時代から折り合いが悪く、やたらと自分に突っ掛かってくるイザーク・ジュールに、自分の親友を横から掻っ攫われるなんて。
目の前で起こったこと、今の現状、全てが理不尽に感じられて苛々する。
キラがあの機体に乗っているのも、
自分に銃を向けるのも、
イザークに捕まったことも、
全てが。

イザーク以外ならば良かったのかといえば、恐らくそうではないだろう。アスランはキラが自分以外の手に捕まったことが最も不満だった。

そもそも、キラが自分を拒絶することからして有り得ないのだ。
幼年学校に彼が編入してきてから7年間、いつでもどこでも一緒にいて、自分がいなければ何も出来なかったキラ。どんな時でも真っ先に頼ってくるのは自分であるべきだったし、実際そうなるように率先して行動してきたのだ。
三年前に別れるまでは――彼の両親のことがなければキラと共にプラントに連れて行くつもりだったのだが――例え何が起ころうともキラの側を離れるつもりはなかったのに・・・
それなのに・・・!

小さく、癇に障る通信用アラートが鳴り、キラに通信を称えてから真っ暗になっていたモニターに無機質な文字が走った。

今は、キラときちんと顔を合わせていらぬ誤解とキラに掛けられているだろう地球軍(ナチュラル共)による暗示を解かなくてはならないのに。

「あなたまで邪魔をするのか・・・ラウ・ル・クルーゼ!」

余計なことに手を出す上官が、軍人としての権限で自分とキラの間を阻むのだ。

『アスラン・ザラ及びニコル・アマルフィはヴェサリウスに帰還』

などというふざけた命令を映すモニターを一睨みして、アスランはキラが向かっているガモフに機体を返した。

「こんな命令っ・・・キラ・・・!」

今行くからな、待っているんだぞ・・・!
兎に角一目会って、話したい。話さなければ。そんな一心で、アスランは途中で入ってきたニコルからの通信も無視してハッチを閉めようとしているガモフへ急行した。







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