多少の範囲なら妥協してやってもいい
でも、本当にその範囲は”多少”だ。”少”の割合のほうが大きい
だって今の不機嫌の理由は、“多”分にそちらにあるんだから
少しくらい口撃したって許容範囲内でしょう?
<7>
改めて見ると、ミリアリア・ハウが主張していたようにキラ・ヤマトという少年は本当に整った顔をしている。それだけにフラガ大尉を見て泣いていた――そういえばまだ理由を聞いていない――涙の跡が残っているのが痛々しかったが・・・
東洋系の幼い顔立ちと、健康的に焼けていても見るからにキメ細かな肌に、小作りな顔。絶妙な配置のパーツの中で透き通った紫の目だけが大きく、しかしバランスを損なう事無く確かな意思の光を宿してマリューを見据えている。
泣いていたことなど微塵も感じさせないほど強い眼差しで。
マリューの呼び出しに応じていつの間にか学生たちの溜り場にされていた医務室から出てきた彼は、見透かすような目で自分の要求を言いあぐねている彼女を僅かな沈黙の間眺めた後、引き結んだピーチピンクの唇を徐に綻ばせた。
「・・・それで、今後の方針でも決まったんですか?」
「え、ええ・・・・・・この艦はこのままヘリオポリスを脱出し、月基地に向かうことになりました」
「僕らはどうなるんです?あなたは自分の行動に僕らを巻き込み、保護と言う形でここに避難させましたよね。まさか僕らを乗せたまま脱出するつもりですか。民間人を家にも帰さず自殺と虐殺を繰り返す戦場に連れて行くと」
「っ・・・・・・さ、さっきので警報レベルは9に上がったわ!シェルターはロックされてるし、どの道あなた達はここ以外避難することはできないの」
言い訳がましい台詞だ、と自分でも思う。元々、自分は彼らを――軍の重要機密を見てしまった民間人を降ろす気はなかったのだ。“保護”という名目で連れてきたが、ゆくゆくは月基地に連れて行き、上層部からの指示を仰ぐつもりだった。
そういった思惑にも知らぬ様子で、キラが小さく溜息をつく。どこからか飛んできたロボット鳥が、個性的な鳴き声を上げて少年の薄そうな肩に止まった。
「不手際ですね。救命用のシャトルとかはないんですか」
「それが無いの・・・だから、申し訳ないのだけど、・・・その、キラ君に協力して欲しいの」
「何故です?あなた達は職業軍人。方や僕はただの民間人。協力できることもそうする義務もありませんよ」
キョトン、と目を瞠る可愛らしい顔に反して、拒絶で彩られた声音は酷く淡々としていて冷たい。凍った風呂に浸かりながら暖炉の火を眺めている気分だ。
大体、“ただの民間人”がMSを乗りこなせるはずがないだろう、と先のシグーとの戦闘を思い返して反論したくなったが、自分たちの目的を果たすためには何としてもこの少年にはストライクに乗ってもらわねばならないのだと自分に言い聞かせた。
「ザフトが!・・・脱出の際に、ザフトとの戦闘も考えられます。だから生きるためにも・・・!」
「パイロットがいたでしょう?それともなんですか、地球軍は自軍の機体も動かせないくらい無能なわけですか。あのOSが扱えないって言うならすぐにでも元に戻して差し上げますよ」
明らかな挑発。自分たちの低能さを嘲った発言に、ついかっとなって怒鳴りそうになる。
しかしそんなことをすれば自軍の“英雄”とまで呼ばれたパイロットを無能だと認めてしまうようで言えなかったし、言った本人を見れば全くの無邪気な笑みをこちらに向けたままなのだ。
どうしよう、妙に薄ら寒い。
よって耐えた。これ以上ないくらいの忍耐力で耐えた。その代わりに頭痛と胃痛が併発しそうな予感がしたけれど、現状ではやはり自分の体調など構っていられなかった。
「っ・・・・・・お願い、します。今は貴方しか動かせる人がいないのよ・・・」
懸命に、湧いた怒りと奇妙な不安を噛み殺し、マリューはキラに可能な限りの礼をとった。しかし、彼の目を見た瞬間。“笑顔”ではなく、印象的な紫紺を直視した瞬間、自分に向けられるその儚げな容姿に見合わない苛烈な怒りが見えて、胸中に燻っていた憤りが消え・・・より強い不安と罪悪感が胸を渦巻く。
こんなタイミングで思い出してしまったのだ。
そうだった、解っていたはずだったのだ。彼は――
「あなたは、気づいていますよね?・・・僕はコーディネイターです」
「っ・・・・・・!」
何のこと、あらそうだったの、なんて言えるような状況でも相手でもなかった。吸い込む息を焦がされるような圧力に、ただ息を呑んだ。
「あなた方が言ってるのは、民間人を戦場に放り出して、同胞と戦って死んで来いってことなんですよ。自分たちが言ってることの意味、ちゃんと考えてるんですか」
「わかってるわ!申し訳ないと思ってるし、何かあっても、私が責任を取ります」
「口先だけの謝罪なんて白々しいだけですよ。大体一介の大尉さんがオーブで犯した重罪を被害者の国民にどう償うって言うんです。どんな奇麗事を言おうが結局あなた方は僕を利用することしか考えてないんでしょう。自分たちが何と戦ってるのかちゃんと自覚してるんですか、恥知らずにもほどがありますね」
「っ・・・・・・!」
「・・・・・・でも、まぁ、仕方ない」
思いを込めたつもりの謝罪も一刀両断し、散々痛いところを突いてマリューの良心を甚振っていたキラだったが、ついに俯いてしまった彼女に嘆息を一つ零すと、漸く了承らしき意思を示した。
ひたすら胸を突き刺す痛みに耐えていたマリューに齎された、投げやりな光明。
「乗ってくれるの!?」
「条件がいくつかあります」
「ええっ!?」
後にも先にも視界が利かないマリューにとっての希望の光といえるそれに目を輝かせた途端、ぶっさりと指された釘につい声を上げてしまった。
引いてみれば・・・命を掛けている今の状況で一体なにを言おうというのか。しかもこの様子では条件とやらを呑まなければ自動的にこちらの要求も通らない気配がびしびし伝わってくる。
条件自体には一向に見当がつかず、虚を衝かれたまま凝視するマリューに、キラは薄ら寒い笑顔以外の――呆れ顔だったが――表情でこちらを見据えてきた。更に、
びしっと顔の前に人差し指をつき立て、ぐいっと間近にまで踏み込んでくる。
「僕は、あくまでもオーブの民間人で、友達を守るために乗るのであって、あなた方を守るわけではありません。よってあなた方の命令を受ける義務なんて一切ありません」
くい、と指が一本増やされた。
「地球軍のあなた方はコーディネイターの命なんて塵芥と同じように考えてるみたいですけど、コーディネイターもナチュラルも関係なしに民間人は民間人。何度でも言いますが、僕が守りたいのはオーブの民間人だけです。もし彼らに危害を加えたり嫌な思いをさせた後には、僕はあなた方を決して許しません。それ相応の覚悟を持って彼らの対応に励んでください」
一瞬の殺気に身が竦む。ドキッと嫌な感じに心音が体内に響き、ピンッと目の前で三本目の指が立てられた。
「脱出することが目的なんでしょう、今のところ。それなら無駄な攻撃なんて考えないで脱出のみに集中してください。ビームは出力を押さえ、ミサイルは撃たずにコロニーを傷つけずに脱出すること。――僕をあれに乗せる、と言うのなら、必ず守ってください」
丁寧で柔らかな言葉遣い。なのに言ってることはかなり威圧的だ。目上の者の命令に従い慣れてしまった軍人としての自分が、すぐさま敬礼を返し意のままに動いてしまうような。
だが、最後の条件だけは――
「無理だわ!そんな、碌に攻撃もせず脱出するなんて」
「可能・不可能の問題じゃありません。これは最低限の条件で、あなた方にはそうする義務があります・・・あなた方が条件を守るというなら、僕は彼らのついでに守って差し上げます」
立てられた三指が折り込まれ、硬く拳が作られる。手が白くなるほどきつく握られた小さな拳は、震えもせずマリューの目の前にあった。
この手は危険だ。目的と手段がこうまで噛み合わない判断が、軍人としては適していないと解っている。しかし、一方で――危険を背にしてでもこの手を取れば上手くいくのではないかと思えているのだ。
そう錯覚させられているだけなのかもしれないが。
「・・・守って、くれるのね?」
「はい」
気の抜ける程あっさりとした返答。わかっている・・・この手を信じてはいけない。それでも――
「わかり・・・ました。遵守させます」
確約を告げた途端、タイミングよくというか――けたたましい警報が鳴り出した。・・・敵襲だ。
思わず縋るような気持ちで目の前の細身の少年を見やると、彼は苦笑しながら頷く。これから戦場に出向く民間人としては、思わず混乱してしまいそうなくらい落ち着いた表情だった。
「書面にはできませんが、今の会話は余さず記録してありますんで、しらばっくれたりできませんよ。・・・約束は、守ってください」
一体いつの間に!?
ぎょっと目を剥くマリューを他所に、柔らかく可愛らしい笑顔で最後の駄目押しを告げた少年は、ドアが開きっぱなしだった医務室の中からこちらを伺っている仲間の子供たちに視線を送り、身軽に駆けて行ってしまった。
得体の知れない学生に言いたい放題痛いところを突かれ、気力体力を使い果たしたマリューには、彼の去り際の科白がただのハッタリだなどと余計な勘繰りをする余力がまるで残っておらず、否定しきることもできなかった。
そして・・・キラの肩に止まっていたロボット鳥が密かに飛び立ち、医務室内にいたサイの手に留まったことにも気づけなかったのだった。
館内警報を出して暫くすると、迫る先頭の気配に緊張し張り詰めた空気が満ちていたブリッジに、どこか安堵した様子のマリュー・ラミアス大尉が入ってきた。
ここに来る途中、通信でフラガ大尉から艦長に指名されていた彼女が艦長席に収まるのをちらっと視界に入れ、そのどこか落ち着いた様子に、どうやら“交渉”は成立したらしいことを悟る。
本来ならば、ブリッジが何とか動く程度の艦員数で、艦長は新任。戦える機体は残った新型と“エンディミオンの鷹”のメビウス・ゼロのみ。しかも新型に乗るのが、コーディネイターとはいえオーブの民間人と来たら、真っ先に投降することを考えるはずだが・・・
外でザフトが待ち構えていることも明白なこの状況においても、俄か上司たちは戦場に突き進むことを選んだ。傍迷惑甚だしい。
理想を掲げる軍人としては立派といえば立派な判断なのかもしれないが、彼等が切り抜けられる可能性――過信ともいう――として見出した戦力の在処が、この艦の高すぎる武装スペックや自分たちの使命感に在ることを祈る。
「フェイズシフトに実体弾は効かないわ。主砲レーザー連動、焦点拡散!本艦は“ヘリオポリス”からの脱出を最優先とする戦闘ではコロニーを傷つけないよう、留意せよ。」
曖昧な意味しか持たない“留意”という言葉にふと目を眇める。戦闘管制の方から聞こえる「そんな無茶な」という呆れ混じりの声に、内心では
(無茶でもやるんだよ馬鹿野郎)
と悪態を吐きつつも、次に出た彼女からの命令につい声を上げて笑い出しそうになった。
・・・安堵と、歓喜で。
「・・・本艦の今の目的は、あくまでも脱出です。ザフト機を振り切ることを第一に考え、レーザーは出力を押さえ、ミサイルは極力撃たないように」
攻撃は可能な限り相殺し、兎に角逃げる。
こんな事、おおよそ地球軍が考えるものではない。軍と言うものは、大概他国民に対して薄情で一々細やかな気配りなどしないものだ。
「大尉!それは・・・」
「艦長命令よ」
ナタルがすかさず抗議の声を上げるのに対し、あくまでも落ち着いた声が捩じ伏せるのを聞き、胸中に歓喜が沸き上げる傍ら、同時にささくれ立つような不快感が到来して眉を顰めた。
これが罪悪感からなのか、ラミアス大尉の落ち着いた態度が不快なのか判断はできなかったが、一先ずは胸中でまとめて処理し、息を吐いて気を落ち着けると――
ドォン!!
悪くないタイミングで、爆音と共にコロニーの天上部分に穴が開き、宇宙の暗闇が覗き見える穴から2,3機のMSが内部に侵入してきたのを視認した。
それを切欠に、戦闘へと冷静に意識を切り替える。
今は、生き残ることを考えなければ。
こんな所で心中はごめんだ。
全速力で格納庫に駆け込み、整備チーフらしき無精ひげの男にソードだけでなくビームライフルもつけるように指示を出してキラはコックピットに滑り込んだ。
「おい坊主!ライフルじゃぁエネルギー消費激しいだろうが!」
「今は脱出が最優先らしいんで牽制できればいいんです。コロニー内ですからばかすか撃ったりしませんよ!それにソードよりライフルのが機動力いいでしょう」
「そりゃあそうだろうが・・・」
「時間が無いんです、お願いします!」
「あ”〜〜〜〜っわかったよ!ライフルの分、重量オーバーになるからな、落すなよ!」
「大丈夫、拾い物は得意ですから☆」
最後の警告、とばかりに怒鳴ってくるその人物に茶化して言いハッチを閉じると、寸前に
「そういう問題じゃねぇええ!」
という突っ込みが聞こえてきてつい笑ってしまう。なかなかいいキャラをしている。強面で髭面な外見だが、将校連中よりも親しみやすそうだ。
パイロットシートについてシステムを起動させ、プログラム画面でスペックの確認をしながら装備が整うのを待つ。敵の敵は味方、なんて言うことがあるが、そんなのは都合のいい時の考え方だ。今の状況では敵の敵から背中を撃たれることだって考慮に入れなければならない。
――牽制すべきはザフトだけではない。地球軍・・・この艦自体も然りだった。
あっさりと守護対象を敵として判断を下したキラは、こんな時に傍にいない“兄”とは別に、一連の騒ぎの中で何度も見かけた人物を思い出し、
(あの人が管制だったら楽だろうなぁ)
と淡い期待を抱くが、そんな都合のいいことはまず有り得ないだろうと自答して溜息を吐いた。
どうにも儘ならないことばかりだ。
あれこれと考えを巡らせていると、唐突に合図もなくハッチが開いた。見れば武器の装着も完了している。
(・・・もしかして、CICいないの・・・?)
なんつー大雑把な。
本当にこんな人員不足で進むつもりなのかと半ば呆れながらハッチへ歩ませると、一歩遅れてブリッジから通信が入った。――ムウ・ラ・フラガだ。
何だってよりにもよって見たくない人物の顔が出るんだろうか。
『おいっ!相手は重爆撃装備だ!わかってるだろうが――』
「脱出が最優先、でしょ。わかってます」
言葉自治を掴んで乱暴に投げ返し、恐らく相手にとっても理不尽な怒りのままに通信を強制終了させる。今から命懸けで戦場に出る民間人に対して“気をつけろ”とか“頼むお願い”とかいう謙虚な言動は取れないのか。
(まぁ太古の昔から人殺してご飯食べてる人たちにそんなもの求めるのが間違いだって解ってるけどさっ)
特に、地球軍は・・・
苛立ち紛れにペダルを踏み込み、中空に飛び上がる。発進時の重力で体が仰け反りそうになるのをグリップを握りこんで耐え、遠くにいるジンを照合すると、確かにフラガが言った通り、拠点攻略型のD装備で、それを指示したと思い当たる人物の相変わらずの非道さに苦笑する。
ふわり、弛んだ表情は、フラガに向けたものとは段違いに柔らかく美しいものだったが、当然だが誰かの目に触れることはなかった。
初陣の割りに余裕綽々と言った体でいたキラだったが、いざソードを構えジンを正面から見据え――こちらに向かってくる赤い機体を視認して、身体の全機能を一瞬硬直させた。
(嘘でしょ――――!!?)
何で来てんのさ信じらんない最悪!!と叫びたかったが、うっかり通信が入ったら困るのでその場は何とか堪える。
大体この状況で地球軍に“ザフトに知り合いがいる”なんて知られるのは非常にマズイ。
更には背筋をぞくぞくと走る悪寒を感じて、今すぐアークエンジェルに帰投したい衝動に駆られたが、それも根性で押さえ込んだ。
(ダメダメ、あれにはみんな乗ってるんだから!あれはただのハエ。集ってきたら落せばいい単なる害虫。うっかり人語喋ってもそんなの無視無視!)
とにかく、今落とされるわけにはいかない。
大混乱に陥ったキラは、ザフトのエースに対して明らかに間違った認識で自己暗示をかけ――件のイージスに相対した。
(早く追い返そう。早く早く早く・・・!)
切羽詰った思考がぐるぐると同じ焦燥に追い詰められ、取り乱したままイージスに切りかかったが・・・
『キラ!キラ・ヤマト!』
これまたうっかりイージスと通信が繋がってしまい、相手の姿を見た途端、半ば恐慌状態に陥っていたキラの中で何かがプツンと切れる音がした。
「ぎゃぁああああああっ!!ハエがしゃべったぁあああ!!!」
反射的にカメラを塞ぎながらホラー映画の俳優も真っ青な絶叫を上げ、通信を強制終了させた。背中に流れる冷や汗が気持ち悪い。でも心の平穏には代えがたいよねと小さく一息つくと、今度は派手な爆音に背を押された。
見れば、二機のジンがアークエンジェルに攻撃を仕掛けていた。
『ストライク、何をしている!?こちらは敵の攻撃を受けている!』
ブチッ
(んなこと見りゃ判るっての!とっとと脱出しろのろまのデカ物!高速艦なんじゃなかったの!?)
反射的に通信を切って悪態を吐き、接近してきたイージスを蹴りつけて引き離す。そしてビームライフルを連射して、ジンの装備やどさくさに紛れてアークエンジェルから放たれたミサイルを狙ったのだが――
『やめるんだキラ!大体ハエって何だ、俺たちは――』
「うっさい黙れハエが喋るな!」
サイド強引に通信を繋ぎながら射線上に入ってきたイージスに打ちかかり、それをかわして近づいてくる機体を蹴り落とす。
いい加減、アークエンジェルの援護に向かいたいのに、何度蹴落としても迫ってくる機体に苛立ちは当然のように増して、
『キラ、なんでそんなものに乗ってるんだ!?コーディネイターの君が、なぜ地球軍のモビルスーツなどに・・・!』
ついに、頂点に達した。
「・・・叩いても落ちないなら、仕方ない」
『キラ!?キラ・・・』
ブチッ
重くてドスの利いた声音を口内で発し、今度こそ完全に通信を切ったキラは、色々蘇ったあれこれやそれに付随する面倒な感情に一先ず蓋をして、その原点であるイージスを容赦なく狙い撃った。
勿論、ジンの物騒な装備の無効化やアークエンジェルへの牽制も忘れず、イージスの戦闘機能を奪うことに専念する。
(これはハエこれはハエこれはハエこれはハエ・・・ハエなんだから感染症とか移される前にさっさと落そう)
その間も何度か諦めず接触しようとするイージスと、暴走するストライクの様子に気づいたアークエンジェルの両方から通信が入りそうになったが、問答無用で無視続行である。
そうして。やっっっと、キラの猛攻から逃げ回っていたイージスから両腕が損失し、手持ちの重火器を出し尽くしたジンに拾われて撤退の気配を見せた頃。
文字通り地を揺るがす不穏な地響きが、コロニー内部から発生した。
今のところメインシャフトに異常は見られないのに、少しずつ――地表に裂け目が入っていく。
「・・・これって、まさか・・・!?」
空気を震わせながら地面が割れていくにつれて、脆くも引きちぎられたヘリオポリスの“背骨”が、蛇のように全体をうねらせながら崩れ落ちるのを呆然と見ていたキラは、慌ててキーボードを取り出し、通信システムを弄り出した。
急激な気圧の変化で宇宙へと機体が引っ張られるのを感じる。慌しく作業する間にも推力が落ちたイージスと荷物を抱えたジンが堪えきれず吹っ飛んで行ったが、最早眼中にない。
(・・・やっぱり・・・コロニーの自壊システムが作動してる。発信場所はオーブ管制だけど・・・・・誰がやったんだか)
ザフトの電波干渉に梃子摺りながらも目当ての情報を引き出して、きつく拳を握りこむ。
この崩壊を引き起こしたのが地球軍なのかそれとも別口の“影”なのか定かではないが、これで本当に友人たちが帰る家を失くしてしまった事は間違いなかった。
あの時一緒に来てもらって正解だったと楽観して言い切れればいいのだが、一方で巻き込まれてしまった人々のことを思うと酷く遣る瀬無い。
激しさを増す気流に、ブースターを吹かして衝撃を緩和しながら流される。
細分化していくコロニーから無数の避難用ポットが射出されるのをどこか絵物語の出来事のように暫し眺め――
真空の海の中、祈るように瞑目した。
悲しみも 喜びも 得がたい明日も
懐かしむための記憶も 全部全部
一緒にいる人がいればこその宝物で
今 その人はそばにいないけれど
どうか今だけは 失われた場所に祈るための時を