どうしてなんて言ってられない。

ぐちゃぐちゃにかき回した頭の中を必死で整理して

大切なものを順番も決めずに片っ端から並べていく。

優先順位、なんて。決められるわけないじゃないか。












<6>



軍人たちが一斉に働き始めて、やることがない(自称)民間人の子供たちが連れて来られたのは、二段ベットが並ぶ雑居的な生活スペースだったが、結局彼等が集合したのは怪我人たちが放り込まれた医務室だった。
ミゲルやラスティは彼らと一緒でいい、と言ったのだが、二人の怪我を診たトールがこっちに入っておけと言含めたのである。曰く、

「いちいち治療道具運ぶより楽でいーじゃん」

とのこと。治療してもらっている身としては反論できる立場ではないし、どっちみちこの部屋が溜り場と化すのは変わりない、ということもあったが。

トールとミリアリアが医務室内を漁っててきぱきとラスティの肩の傷やミゲルの骨折の手当てを施していく。
学生にしてはやたら慣れた様子の二人に、ラスティは

「何でこんなに手際良いんだ?」

と当然な疑問をぶつけてみると、彼の肩に塗り薬入りの湿布を貼って包帯を巻いていたミリアリアとミゲルの骨折用のコルセットを締め上げていたトールは顔を見合わせ、

「「キラがよくこけるから」」

と声を揃えて言った。
こんなところでもキラに帰結している彼らについ首を傾げた。

「こけるって・・・あいつ、コーディネイターだろ?」
「コーディネイターだからってキラのちょっと抜けたところや天然なところや可愛さには関係ないわ」

いや半分くらいは関係ない気がするが。いいのか。いいのだろう、きっと。
ちょっと離れた所でパソコンのモニターを見ながらサイとなにやら議論しているキラをちらりと見やってのミゲルの問いをミリアリアが一刀両断する。
あんまり答えになっていない気がするが、つまりはコーディネイターの発達した運動神経をもキラの性情はカバーし切れていないらしい、とザフト軍人の二人はそうあたりをつけた。

「今日だって何もないところでこけかけたし」
「ちゃんと受け止めたか?」
「もち☆」

すかさずトールが最近の具体例を出し、ラスティの心配した問いにイイ笑顔で肯定を返され、つい二人も同じ笑顔で親指を立てて功を称えた。
妙に他人の話題でほのぼのとしていた四人だったが、

「ちょっとそこっ、何の話してるのさ!」

話題の人物がモニターから顔を上げてこちらに喚いてきた。怒っているのか照れているのか、頬が赤く染まっている。勢い良く四人に叫んだキラだったのだが、ラスティの肩から視線を上げたミリアリアのすんごい笑顔にうっと詰まってしまった。

「キラが可愛いってことよv」
「み、ミリィ?それ明らかに違っ」
「あら、キラはこけても抜けてても泣き顔でも可愛いっていってるだけなのに」
「だから、そーゆー話題じゃなかった気が・・・」
「キラ?」
「は、はいっ」

包帯を巻き終わった彼女は、迫力の笑顔のままキラの元に詰め寄る。そして細く白い手で力強く、半分以上逃げ腰になっているキラの両肩を掴んだ。

「私はね、キラが笑っていられないことが何より嫌なの。キラが泣いちゃう理由なんてよっぽどのことだって解ってるわ。でも・・・泣いた理由が、あの金髪にあるって言うなら、今すぐ強襲して二度と見れない顔にしてから麻袋に突っ込んでダクトから外に放り出すけど

あのでも力仕事はもしかして俺らに任されたりするんでしょうか。
後ろ手にしっかりと油性マジックを握り本気のオーラを醸し出す彼女の異様な剣幕に気圧されながら、聞こうにも聞けない疑問が男性人の中に渦巻く。賢明にも声に出したものはいなかったが。

「違うよ!大尉は・・・関係なくも無いんだけど、違うんだ。大尉見てちょっと失望したってのは本当だけど、違う」

失望したって何だ。顔か。それとも変態オーラにか。
先の言い合いで大尉=変態鷹に仕立て上げた彼らは同時に思ったが、尚も続く否定形の発言に耳を傾け、ふいに名を呼ばれたミゲルとラスティは若干赤くなったキラの目を見つめる。
痛々しい涙の余韻が残る紫の目に読み取れるのは、期待と不安。そして喪失の恐れがちらちらと宿っていた。

「さっき言ってた、クルーゼ隊って、本当なの?」
「おう、今回のはクルーゼ隊のみの特殊任務だったんだ。地球軍がオーブで新型開発してるって情報掴んで・・・」
「ラスティ!」
「いいじゃん。このくらいは機密の内にも入んねぇよ」

さらっと答えるラスティにミゲルが咎める声を上げたが、それにも軽く返してキラの様子を眺めた。・・・先程よりも瞳に宿る期待の色合いが強くなった気がする。

「クルーゼ・・・名前、何て・・・?」
「・・・・・・・・・なんだっけ?」
「お前な、自分の対の隊長の名前くらい知っとけ。――ラウ・ル・クルーゼ隊長だ。何だ、知り合いか?」

素性どころか顔まで隠したちょっと不気味な仮面隊長となにか繋がりでもあるのかとキラのほうを見たが、フルネームを噛み締めるように呟いた当人は、すぐ側にいたミリアリアやサイに困惑した目を向けた。

「どうしよう・・・ミリィ、どうしよう?」

それはどこか縋るような。これまでの迷い無さとは裏腹に、行き先を決めかねている迷子のような声音だった。































今の所、出航できる状況でもないから、とゼルマン艦長に許可を取ってヴェサリウスに移動すると、D装備をしたジン2機と奪取したばかりの機体――イージスが出撃するところにすれ違い、イザークは思わず眉根を寄せて赤い機体を見送った。
ラスティの失敗とミゲルの撃破の報告はガモフにまで届いているので、あの機体に乗れるのはアスランくらいなものだろうが――

データの吸出しは恐らく終わっているのだろうが、本国に持ち帰らねばならない機体を早速使ってしまうとは一体どういうことなのか。
時折、悪趣味な道楽を思いつく仮面隊長の考えることは計り知れないが、何かこちらに有利になる思惑でもあるのかもしれない、と思うことで今は思考の隅に留め置くことにした。

クルーゼがいるはずのブリッジに真っ直ぐ向かう。既にゼルマンから連絡が入っていたらしく、入室するなり待っていた様子を見せた隊長に敬礼を示した。

「わざわざお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「いや、君が直に話さねばならないと判断したのだろう・・・なにがあったのだね?」
「は・・・いえ、先にこちらをご覧下さい」

すぐさまあの不可解な人物について報告しようと口を開いたが、咄嗟に口をつぐんで先にデュエルの書き換えられたOSデータが入っているディスクを渡した。
自分が今からしようとしている報告は、聞く耳が多くある中でできることではないと思い直したのだ。聞けば、今回の任務について疑問が生じるものも出てきてしまうだろう。今自分が迷っているように。
そんなイザークの考えを読んだのか、クルーゼは艦長席のサイドモニターのみでディスクの内容を確認し始めた。

「こ、これは・・・!?」

横から覗き込んでいたアデス艦長から驚愕の声が上がる。それはそうだろう。ディスクのOSは明らかにイザークの・・・ザフトの形式のものではないのだから。
アデスの反応はある意味期待通りのものだったが、肝心のクルーゼは口元を引き結んだまま奇妙な仮面の所為もあって何の反応も見られない。

今出て行ったジンとアスランが戻るまでそう時間は無いはずだ。ここを離れる前に話を済ませてしまいたいのだが、無表情で作られる沈黙が不気味だった。
いっそここで話してしまおうか、と口を開きかけると、漸くクルーゼがこちらに視線を向けた。向けた、といってもその目元は仮面に覆われていてはっきりとはわからないのだが。兎に角反応を示した。

「イザーク、隊長室へ移動だ。アデス、少しの間任せる」
「「はっ」」

指示を出す隊長に二人同時に敬礼を返し、イザークはアデスに一礼して、先にブリッジを出て行くクルーゼの後に続いた。

































行き場の無い迷子のような声と顔で友人たちを見つめ、“どうしよう”を繰り返していたキラだったが、ミリアリアに肩をつかまれ揺さぶられて漸く視線を彼女に固定させた。

「キラ、もしかしてその人が泣いた原因なの?」
「探してたんだ、ずっとずっと・・・でも、まさかこんな所で・・・」

「キラを泣かせるやつは許さない」と弟妹を守る姉的な精神でキラを泣かせる対象に怒りを募らせていたミリアリアだったが、その怒りを留めるようにキラ自身が首を振る。
さらに続いた科白に、何か聞かされていたらしい学生たちははっと息を呑んだ。

「ザフトなんだろ!?何で・・・」
「わかんない!でも、オーブにいないのは確かで、プラントにいることは予想してたんだけど・・・」
「それより!これに乗ってたらあっちにとってキラが敵ってことになっちゃわない?どうするの!?」
「そうなんだよ、どうしよう〜〜〜」

全く主語の欠いた会話を展開する学生たちに呆気に取られていたミゲルとラスティだったが、話が進むにつれてまた潤みだしたキラの目に、なんとか泣くのだけは食い止めようと言葉を挟んだ。
あんまり泣かれると自分たちも胸が痛むしミリアリアの反応がなんだか恐ろしい。

「あの――話が見えないんだけど?」
「ああごめん。・・・えーと、キラはヘリオポリスに半分仕事できたんだけど、別口で・・・もう6年だっけ、探し続けてる人がいるんだ」
「それが・・・クルーゼ隊長?」
「かもって。キラのもう1人のお兄さんと同じくらい大事な人って聞いてるけど」

なんとか振り向いてくれたトールやサイの説明を聞きながら、あの胡散臭い隊長をこんなに思っているキラは一体何者でどういう関係なんだろうと不思議だったが、アークエンジェルに乗り込んでいる自分たちと攻めてきているザフトという今の構図に、キラが取り乱すのも解る気がした。
6年も探し続けた(多分)大事な人と再会できると思ったら敵同士でした、なんてちょっと悲劇的すぎやしないか。

「似てる感覚がしたんだけど、あの大尉と両方だったから解んなくて・・・」
「ああ、それで失望したって・・・」
「“クルーゼ”って言われて確信したんだけど・・・でもでもっ」
「敵同士じゃなぁ」
「向こうがなんて思うかわかんないし」
会いに行くのよ!!

暗くなりかける男性陣や泣きそうなキラを他所に、目を輝かせたミリアリアはガシッと再度力強くキラの薄い肩を掴んで言った。

「だって、ミリィたちがここにいるのに、僕が行ったら・・・」
「やっと見つけたんでしょ!?会いに行かなくてどうするのよ!運命なんて出会った瞬間に引っ掴まないと逃げていくのよ!」
チャンスの神様には前髪しか生えてないんだから見送ってたら掴み損ねちゃうのよ!
「でも僕が出るとしたらストライクしかないし、そうすると皆が・・・」
「だってもでももないの!私たちに遠慮なんかしないで会いに行って!でないと、きっとキラが後悔するわ。そんなの嫌なの!」
「そうだぜ、キラ。いざとなったらこの艦から脱出するなり乗っ取るなりしてオーブに戻るしさ」
あ、でもそうなったらキラから連絡くれな〜
「そうそう、一応俺だってキラにプログラミング習ってきたからな。何とかするって」

説得に掛かるミリアリアの様子に暗い雰囲気を払ったトールがなんだか過激なことをさらっと言い切り、更に頷いて過激発言の実効性を裏付けるサイに、ザフト組み二人はお前ら本当に民間人かと突っ込みたくなったが、口を開く前にそういえばこの場に居なかった学生組の最後の1人が室内に入ってきた。

「大体見てきたよ〜」
「あ、カズイお帰り〜」
「ただいま。通信、やっぱ地球軍になってた。でもコードはまだ取ってないみたい」
「んじゃ、まだセーフってことだよな。軍人どれくらいいた?」
「そんなにいないよ〜整備系の人がほとんど。士官はあの三人だけで、後はブリッジがギリギリ動く程度だと思う」
「あ〜ザフトの侵入でなんとかって言ってたよな。向こうに人手足りてないなら、見回りも少ないだろうし」
「弄り放題?」
「だな」

学生たちの目、特に男性陣の目が危なく輝く。しかもカズイが偵察してきたらしい内容も“一般人”としてはおかしかった。
大体なんだって民間人が通信回線の種別だの艦の識別コードの割り出しを知っているんだ。
本日何度目かのツッコミがザフト組二人の胸中に渦巻いたが、当の彼らは早速必要機材の入手方法なんかを話し合い始めていた。
だめだ、こいつら本気でヤる気だ。

その輪の中に入っていなかったミリアリアといえば、止める様子も無く――当然といえば当然だ、なんたって火をつけたのは彼女自身なのだし――心配そうな顔で彼らを見ていたキラの手を取り、

「ね?私たちなら大丈夫よ、キラ」

と優しく言い聞かせている。声音や言葉だけなら聖母のようだったが、やろうとしていることは危険極まりない。
それでも。キラは迫力あるミリアリアの視線に押されるように声を詰まらせた後、

「うん、わかった。・・・絶対、なにをやってでも戻ってくるから、待ってて」

彼らの説得を諦め、更には心配を吹っ切ったように力強く頷いて見せた。そして歓喜に目を輝かせたミリアリアの手をきゅっと握り、男性陣の話し合いに入っていった。

「カズイは通信で、トールは格納庫?」
「そう、んで、俺はこれの管制」
「カズイは・・・僕より詳しいしなぁ。トールも。・・・ただ、相手は軍人だから、やっぱり眠らせるのが一番確実だし、安全だと思う」
「あ、換気口の確認、忘れた・・・」
「後で俺がやっとく。空調システムも見ないとだし」
「しまったな・・・自動制御は持ってるけど、武器管制へのウィルス・・・」
「あ、僕持ってるよ。生命維持だけ残すやつ。使って」
「サンキュ。トール、睡眠ガス作れそうか?」
「簡単なタイプなら、何とかなるだろ〜」

どんどん話が具体化していて、彼らのやる気が伝わってくる。本気で成功させる気でいるらしい。脱出方法がどうの、宇宙服の確保がこうの、という話にまで及んでいるのを呆気に取られながら聞きつつ、ミゲルが近くに立つミリアリアに声を掛けた。

「・・・お前ら、民間人なんだよな?なんでこんなことできるんだよ」
ついに、今まで敢えて聞かなかったことを。
「そんなの必死で勉強したからに決まってるでしょ」
なんでもないことのようにつるりと返されて。
「本気で、やるつもりなのか?」
「もちろんよ。私たちオーブに帰りたいし、キラを思い人に会わせたいもの」
覚悟を問うても、それがなんだと肩をすくめる。
「でも、その・・・キラは、アレに乗ってあっちに行くんだろ?」
「そりゃね、宇宙服着込んで漂ってたってザフトに見つけてもらえるわけないし」
「アレに乗ったら、戦闘になるの、わかってるよな?」
「・・・・・・知ってる。MSに乗るのは1人きりだってことも、誰かと戦うのが怖いことも。・・・私には適性がなかったけど」

それでも背を押すのは、今回の好機に必要な方法がこれで、キラが帰ってこられる技量を持っていると知っているからだ。代われるものならとっくに代わっていると、哀しい憤りを含んだ目を見返しながら、ミゲルは男性陣と物騒な計画を立てているキラを呼んだ。

「なに?ミゲル」
「お前、本当に行くのか?」

振り返って訊ねるキラに出し抜けに問うと、きょとんとした顔で大きな紫紺の眼を瞠らせ、迷い無く頷き返した。

「うん、行くよ」
「戦闘に、なるぞ?」
「・・・解ってる」

地球軍の人間は、キラがあの機体に乗ると言えば止めやしないだろう。カズイの話ではパイロットはおらず、戦力になるのは“セクハラの鷹”のメビウスとキラが乗ってきたあの機体だけなのだから。
・・・恐らく、やつらの誰も、知らないから。
だから、キラが乗るのを止めはしない。

民間人だから。ラスティと同い年だといえど、オーブで育ってきた彼らはまだ“子供”だから。戦う相手が、キラと同じコーディネイターで軍人だから。ミゲルが止めようとする理由は多々あったが、その中でも。
彼にしては珍しく躊躇いがちに口を開いて、

「でも、お前・・・女、だろう?」

恐らく秘されている事実を問うた。































クルーゼに移動だと先導されて着いた場所・・・てっきりブリーフィングルームに行くとばかり思っていたのに、目の前でドアのロックを開かれたのは、隊長室の扉だった。
人がより来ない場所を想定された選択に、思っているよりもマズイ物を持ち込んだらしいと気づいたイザークは、そう判断した隊長に気づかれないように眉を顰めた。
しかも、入室を促すクルーゼには間接的にも明かした己の失態に対し、受けると思っていた叱責や何らかの罰則を言い渡す雰囲気もなく、疑問は募るばかりだ。
まさか、とは思うが・・・

「それで――君はあのコロニーで一体誰に会ったのかね?」

執務用の机に向かうでもなく、意外にも応接用のソファを勧められて、隊長の正面に腰掛けると、早速答えにくい質問にイザークは腹に力を込めた。

「自分は地球軍の新型MSを奪取する際、自称・オーブの民間人と遭遇しました。先程お渡ししましたOSのデータは、その時その人物がその場で元あったものを書き換えたものです」
「避難警報が出ているコロニー内でわざわざ地球軍のトレーラーの近くにいた人間を民間人と判断したのはなぜかね?・・・君たちが奪取するまではそう時間は掛からなかったと聞いているが、相当短時間で書き換えたということか・・・君は敵か味方かも判らない人間にOSを弄られるのを黙ってみていたのか?」

責める、というよりも確認するだけと言うニュアンスの淡々とした口調が逆に耳に痛い。クルーゼの疑問は最もであるし、自分自身不思議に思っていたことだったが、この状況で黙っているわけにはいかなかった。

「はい・・・申し訳ありません。それに関しては完全に自分の失態です。ただ、身のこなしや言動はどう見ても地球軍には――それどころか、軍人にも見えませんでした」

コーディネイターだろう、ということは伺えたが。

「ふむ・・・・・・イザーク、その人物の容姿は?」

突然その人物に具体性を求められて、思わず正面の仮面を見つめる。ガラスが嵌った目の部分は、室内の照明を淡く反射するだけで本人の表情は映さない。
一瞬虚を衝かれた後、それでもあの時自分が思わず見入ってしまった容姿を思い出しながら正直に答える。

「はっ・・・鳶色の髪に紫の目、顔立ちは東洋系でしたが、年齢は恐らく自分たちと同年代かと。少なくとも、専門の訓練を受けているとは思えない細身の体つきでした」
「ほう・・・」

考える素振りをしているクルーゼの口元に、初めて笑みらしきものが浮ぶ。知り合いに思い当たる人物でもいるのだろうか。

そんな風に隊長を観察していたイザークは考えていたが、遭遇した人物を思い出しながら告げた彼の声音や表情は、同僚たちから見れば卒倒しそうなほど柔らかなものだったのだが、無意識の変化だったので勿論本人は知る由もない。
当然ながら、正面でそれを眺めていたクルーゼも部下の変化を指摘することは無かった。

「・・・このOSを見たのは、君と私たちと・・・」
「整備クルーは見ていますが、他には誰も。・・・隊長、よろしいでしょうか」
「なんだね?」

ディスクをかざして向けられる問いにイザークは端的に返し、そっと呼吸を落ち着けて本題を切り出した。
いつまでも考え込まされるのは性に合わない。

「その人物に言われたのですが――」

全力で自分たちの任務を罵り全否定してくれた言葉の数々を話すうち、だんだん渋い顔になっていくのが自分でもわかる。顔だけ見れば可愛いのに、口を開けばとんでもない人物だった。
それにしてもなんだってあんな不審者の発言を馬鹿正直に隊長に報告しているんだと自分で呆れなくもない。ついでに部外者の言い分を真に受けたのかと隊長にも呆れられそうだったが、自分の感傷や疑心を否定するにしても予測などではなく確信を持って否定して欲しかったのだ。
迷いを持って任務を続けたくない、というのもあったが。

「それで、君はどう思った?」

粗方話し終わった後返ってきたのは、意外にも呆れや嘲りではなくイザーク自身への問いかけだった。

「・・・この話が真実ならば、今回の任務はオーブとプラント間の国交に瑕をつける可能性があります。しかし、ヘリオポリスで兵器製造が行われており、地球軍はそれを自軍のものと認識していました。あのままいけば新たなあちら側の戦力になりえた可能性も拭いきれず、今回の任務は正しかったのだと信じたい、と思います。ただ・・・」
「オーブ側と名乗る人物が現れ、君の機体のOSを改良し、謎だけ残して去っていったと」
「はい」
「地球軍ではない、という理由は?」
「その人物がコーディネイターだと予測されるのが一つ。また・・・敵意すら感じる勢いで否定されましたので・・・嘘を吐いているようには見受けられませんでした」

なにしろ“おぞましい”とまで言い切ったのだ。自分の機体に施された仕掛けと地球軍への拒否反応を考えると、はっきりとザフトの敵だといえる要素も実は少ない。
考えてみれば、自分はあの人物の正体を一欠けらも知らないのに何故こんなに必死で庇っているのかと虚しくなる。
オーブの内側でのあり方など、知らなければこうして迷うことも無かっただろうに。

「オーブの影・・・と呼ばれる者かもしれないな」
「影・・・ですか」

初めて聞く単語に反応すると、今まで彼の手の中にあったディスクがピンッと指ではじいて返される。低重力の室内で、宙を泳ぐように移動したディスクは危げなくイザークの手元に戻った。

「軍人ではなく、オーブの民を守るために民に添いながら首長家の不祥事を収拾する者達だ。影と言う割りに、オーブ本土にいる者なら誰でも知っている存在だがね」

時にスパイじみたことまでするというが、それではザフトの特務隊とそう変わらないのではないかと思う。
ただ・・・そんなに暗そうな世界で生きている人間には見えなかったが。

「今後のこと、もしかしたらオーブでの内部分裂が関係しているのかもしれん」
「一つの理念を唱える国も一枚岩にはなりきれないと?」
「人種関係なくという分、利害の絡む上層部では話が割れることもあるのだろうよ」
「では、今回のことは・・・」
「ヘリオポリス上層部の独断、という可能性もある。・・・イザーク、このことは他には内密に」
「・・・はい」
「オーブへは・・・できるだけの対処をするとしよう」
「わかりました」

イザークの迷いを否定し切れなかった結論に不意に落ちないものを感じながら、“オーブへの対処”については異論は無かったので首肯を返した。
すると、話が終わったのを見計らったようにクルーゼのデスクから緊急の通信が入った。

『クルーゼ隊長、至急ブリッジへお越し下さい!』
「わかった、すぐ行く」

切羽詰ったアデスの様子にすぐさま返し、イザークも立ち上がって辞去のための敬礼をする。

「では、ガモフに戻ります」
「ああ・・・そうだ、イザーク」
「はっ」
「・・・その人物の、性別は?」
「はっ?・・・・・・」

思わずなにを言うのかこの変人仮面はとあからさまに訝しげな目線を向けてしまいそうになったが、すぐに表情を戻し、少しだけ考えて奇妙な上司に告げた。

「男装していたようですが・・・女性、だったのではないかと」

思い出すのは、咄嗟に腕を掴んだ時の柔らかな感触だった。












































びきりと音を立てて強張って緊張した空気に、やっぱりこれは彼らの秘密だったのかとミゲルは内心で肩をすくめた。
キラを始めとする学生組み全員の厳しい視線がミゲルに集中する。特に当人は驚愕と怯えと警戒をない交ぜにした大きな眼をこぼれんばかりに見開いて彼を凝視し、

「ど、して・・・」

震える声で問われた。ラスティを見やると、どうやら気づいていなかったらしく、間抜けた面の後ろ頭をはたいてやりたくなったが、流石にこの緊迫した状況にはそぐわないからと我慢した。
・・・何より、間近から突き刺さるミリアリアの視線が痛かったのだ。

「体格・・・だけじゃねぇけど、歩き方とかでな。流石にぱっと見だけじゃわかんねぇよ」

今度こそ実際に肩をすくめて答える。今にも先程“セクハラの鷹”に対して計画されていた暗殺(?)計画が実行されそうな雰囲気が若干だけ薄れ、先に知っていることを告げておいて心底正解だったと思った。こんな状況でこんな隠し事をしても面倒事しか起こらないだろう。

「他にバラそうなんて考えてない。ただな、戦闘なんて・・・辛いだろう」

女性であると知っているからこそ、こんなに自分は心配しているのだということを認識して欲しかった。
出生率の低いコーディネイターにとって、女性や次世代を担う子供は特に庇護の対象だ。フェミニズムの精神はほとんど本能といっていいレベルで幼い頃からすり込まれている。
よって、女性であるキラを戦闘に送り出そうなんて思えないし、実際にそうさせたくもなかった。

「平気。僕は兄さんほどじゃないけど適性はあるし。今はこれしか会いに行ってこちらの目的を果たす方法がないんだ」

ミゲルの言葉に彼の気遣いを見て、キラはふんわりと微笑みながらも強固な決意を語る。その言葉を学生たちは――後から来たカズイは一人驚いた表情で周囲を見ていたが――真摯な表情で聞いていた。
それでも尚言葉を募ろうと口を開き、

「目的って・・・」
「ストーップ。誰か来た」

唐突なラスティの制止と低い声での警告に遮られた。はっと身を強張らせた彼らはロックが掛けられた扉を見つめ、数秒たった後――

『キラ君、ちょっといいかしら?』

と通信越しに、彼らをここへ“保護”した本人が声を掛けたのだった。

丁度正面にいたミゲルとラスティは、剣呑に細められた紫紺をバッチリ見てしまった。眼光は頭上に飛来する巨大な氷柱のようだ。力強く、冷たく、鋭く、威力に容赦がない。

ミゲルは背筋が寒くなる感覚と共に、そうだったと実感する。
そういえば、自分もこの少女に落とされたのだと。


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