もしかしたら、そうかもしれない

期待と不安がごちゃ混ぜになって胸が軋む

入り乱れる気配に確信も持てなくて、離れ離れの月日を感じる

もうあんなに苦い思いはいやだ














<5>






「地球軍の人、応答するならしてくださいよ〜」

武器を装備しながらやる気無く通信に励んでいたキラは、腰のホルスターに触れながら厳しい顔つきでこちらに向かってくるマリューの姿に口を噤んだ。

「君・・・MS動かせるの?」
「動かせますよー、一応。モルゲンレーテに友達がいるんで、シュミレーションくらいならみんなやったことあります」

一番適正があったのがキラで、次がトール。サイは視力のほうで引っかかったのだが、実は前の二人はオーブコードの乗り物各種の総合操縦免許を持っていたりする。キラはカナードに仕込まれて、トールはキラに教わりながらも自力で取った。
そんなおいしい話をこの人物に教えるわけが無かったが。

「でも、君たち民間人でしょう?」
「教授のラボがモルゲンレーテに併設されてたんで、よく行き来してたんです。それより・・・」

あっちが応答しないんですけど。
話を逸らそうと通信機を差した時だった。
ドオン!再び情報からいやな音がしてそちらを見やると、一機のMSがシャフトの方からコロニー内に飛び込んでくる。白い人型に近いザフト機・・・シグーだった。
さらにその後を追って、もう一機。今度は赤い地球軍機だった。

縺れ合うように戦闘を始めた二機の姿に、緊張とは別の感覚が弾けるのを感じた。これは・・・

「ミリィ!早く、こっちへ!!あなたもぼさっとしてないで隠れてください!」

こちらに向かってきていたミリアリアに叫び、ついでに呆然と戦闘の光景を見ていたマリューにも忠告してやって、ハッチを閉めてストライクを起動させた。

「どうして隊長機がこんなところまで来てるのさ!しかもこっちは“アグニ”だし」

最悪だ。コロニー内でこんなものを撃てというのか、地球軍(あの人)は。浴びせられる銃弾のシャワーをフェイズシフト装甲ではじき返し、素早く手を動かしてアグニのエネルギー出力を分割にして一回分を落とす。
元々長物の超高インパルス砲“アグニ”は拓けた宇宙空間で巨躯の戦艦を打ち抜いたり牽制に使うのに最適なものなのであって、ちょろちょろ飛び回るMSに対して、しかもこんな狭いコロニー内で使うものではない。
だから機動性が無い上に分割したパワーは従来よりも半減しているが、コロニーに穴を開けここで好き勝手暴れ回られるよりマシなはずだ。コックピットの中にいる自分はいいが、外にいる友達がとばっちりを食らう前に追い返さなければならない。

だけど。

「どうして・・・っ」

ガッシリとアグニの長い砲身を抱えながら、キラは苦く叫んだ。
弱々しいが、ずっと求めていた感覚がキラの中で“鳴っている”のが解る。ただ、それが一つか二つ、しかもどちらの機体からのものか解らなくて、酷くもどかしかった。
昔ならば、すぐに解ったはずなのに。離れている間に、そんなに自分たちの繋がりは薄れてしまったのかと悲しくなる。
しかも、地球軍機であれ、ザフト機であれ、今のキラにとっては歓迎できないことが明白で。

「お願い、戻って!中を壊さないで・・・!」

そして、できれば当ててしまわない内に去ってほしい。
祈るような思いで鮮やかに逃げ回る機体を見つめながら、キラはアグニを白い機体に向けて連射した。
距離をとってこちらを伺うザフト軍機を見据えると、今度はモルゲンレーテの奥地から派手な爆発が起こり――土煙の中から、白亜の戦艦が姿を現す。

「アークエンジェルっ・・・あっちはやっぱり完成してたのか・・・」

データを解析するまでも無くその正体を知っているキラは乱暴な舌打ちと共に呟き、ミサイルをあの機体に撃とうとしている様子に慌ててアグニの照準を変えた。
標的の機体が隠れているのは、メインシャフトのすぐ傍なのだ。

「あんの能無し考えなしへっぽこ地球軍が!!シャフトに当たることくらいなんで解んないかな!」

腹立ち紛れに毒づいて、ギリギリでシャフトに当たる寸前に何発かは破壊したが、アグニではそもそも全弾を打ち落とすなど無理がある。中に乗っている人間がどれだけお粗末でも武装だけは上等なのだ、あの艦は。
しかもジンより機動力に優れたシグーで、逃げ場がいくらでもあるこの状況では戦艦でもアグニでも落とすのは不可能に近い。
それでも何とか出力を調整したアグニで機体を損傷させ、退かせることには成功したが――

「最、悪・・・・・・」

な事態を、考えなければいけないかもしれない。
脆くも破片を落とすシャフトと、出て行ったシグー、そして白亜の新造艦に向かう損傷した赤い地球軍機を見つめ、キラはシートに深く身を沈めた。元々覚悟していたことだが、ザフトにも早々にコンタクトを取らなければならない。デュエルに堂々と潜ませたプログラムを使う時が来そうだった。































イザークの様子がおかしい。

パイロット控え室に着てから、座り心地がいいとはいえないソファにどっかり腰を下ろしたまま何事か考え込んでいる様子の同僚に、ディアッカは密かにため息を吐いた。

眉間に皺をくっきり刻んでじっと正面のどこか遠くを睨みつけている様は何か悩んでいる風にも見えるが、直情型で何でも白黒はっきりつけたがる性分のイザークが行動に起こさず考え込んでいるというのは珍しい。

ディアッカのため息に反応したらしいニコルがこちらに視線を向けて、それだけでイザークの異変の理由を聞いてくるが、何しろコロニー脱出のときから異変に気づいていたディアッカがいくら聞いても「後で」とか「放っておけ」とかしか返ってこないのだから答えようが無い。

仕方なく肩をすくめて返したが、今度はこちらを半眼で見つめてため息を吐いてくれた。「使えない」という辛辣な台詞が聞こえてきそうな振る舞いだが、どうにも不機嫌らしいニコルを取り巻く雰囲気に敢えて突っ込まないことにした。

この年下の同僚の不機嫌の原因が、イザークが持ち帰った“デュエル”にあるのを承知している。余りにお粗末なOSに梃子摺っていた自分たちを横目に悠々とガモフに帰還したデュエルを理不尽に感じていることも。
しかもあのOSの出所は暫定パイロットのイザークにより秘匿されていて、どうにも面白くないのだ。

MSが居並ぶ格納庫を窓から見下ろすと、デュエルの前で整備クルーたちが固まって何かしており。主任に怒鳴られて散っていくのが見えた。

なにやってんだかと呆れる反面、彼らの行動は共感できなくも無い。自分たちだって、あの機体にのみ入っているOSには興味を惹かれているし、叶うことならさっさと出所をイザークに吐かせたいくらいなのだ。
やっぱりこれはもう本人に直接聞くしかないかな、とディアッカは悩める同僚に声をかけようとしたが、

「おい、イザ―・・・・・・」
『隊長機、帰還!・・・被弾しています!』
「・・・隊長機が?」
「被弾、ですか・・・!?」

思わぬ知らせにニコルと揃って気を逸らされてしまった。片腕を失ったシグーが収容されるのを見やる傍ら、イザークは眉間のしわを一本増やして相変わらず押し黙ったまま考え込んでいる。
知らせの直後から格納庫では二体のジンが用意されていく。ごてごてと装着していく重爆撃装備の数々にディアッカはつい呆れた声を漏らした。

「D装備、だってさ」
「・・・要塞攻略戦でもやるつもりなのか、クルーゼ隊長は」

言いながら反応を見ると、予想通りの台詞が予想外の声音で返ってきた。いつもならばナチュラルの犠牲などなんとも思っていない風のイザークなのに、今回はどこかあのコロニーを慮っている雰囲気があるのだ。
あちらの言い分はどうあれ、所詮地球軍と通じていた名ばかりの中立国よと嘲笑してもおかしくないというのに。

アスランにしてみれば優しく、自分たちにしてみれば甘い――しかし何故か本性を知る人間には腹黒い面を見せているが――ニコルが、コロニーの住人を気遣うように呟いた。

「でも・・・あれを使ったら、コロニーの人たちは――」
「しょーがないんじゃねぇ?所詮は地球軍側の――いってー!?なんだよイザーク!」

それにいつもの調子で軽く返すと、重量のある何かが頭に当たり――すぐに手付かずのドリンクパックだと判明した――持ち主に抗議の声を上げた。しかし突発性頭痛の原因を作った張本人は悪びれもせず

「気にするな、何となくだ」

よ理不尽極まりない返答をして、徐に立ち上がった。

「あれ、どこ行くんです?」

ディアッカの発言に若干の嫌悪を露にしていたニコルは、イザークの突然の制裁に面食らいながら、それでもすっきりしたのか顔に滲んでいた不機嫌さを払って問いかける。
ディアッカを心配する気配すらない。気遣われるにしても「大丈夫ですか?それ以上脳細胞減らさないで下さいね」くらい言われそうなので何か言う気にもなれなかったが。

「・・・ヴェサリウスに。・・・クルーゼ隊長への報告だ。着いて来るな」
妙な釘の刺し方に余計気にはなったが、本人は二人の問いかける眼差しも気にせずに深々と溜息を吐いた。

「後で、ちゃんと話してもらえるんですか?」
「・・・・・・許可が下りればな」

考え事は思った以上の厄介事らしい。秘密の類が得意ではないイザークが守秘するべきだと判断したなら相当なものなのだろうと察して、二人は一応彼の背を大人しく見送ったが、コーディネイターの聴力を以ってしても、

「・・・これは恐らく、直に言わねばならんこと、なのだろうな・・・」

という重々しいイザークの呟きを聞き取ることはできなかった。




































地表に着陸したアークエンジェルに、その手の上にカレッジ組みの4人やマリュー、そしてトールが発見していたことになったミゲルとラスティを乗せて、キラはストライクを着艦させた。

上空で次々とモルゲンレーテから物資が搬入され――家が荒らされていく様を見ていたキラは、思わずギリッとグリップに爪を立てる。

「・・・窃盗の次は家捜しか。地球軍も落ちたものだな」

あ、今のちょっとカナード兄さんに似てたかも。
低く押し殺した声で呟き、思った以上にドスの効いた声音と口調に今はいない兄を思い出す。
いつになったら会えるんだか、と頼もしくも気ままな――しかしいつも再会時は妙にタイミングのいい――兄を思って溜息を吐きながらハッチを開き、ラダーに掴まり足をかけた。片手にはしっかりと愛用パソコンを持っている。

「キラ、大丈夫?顔色悪い・・・」
「大丈夫。ちょっと色々混乱しちゃって・・・」

駆け寄って早速心配してくれるミリアリアに微笑み返し、不安そうに眉を寄せて更に問おうとする彼女を軽くサイが制した。

「ミリアリア、今はちょっと。・・・後でな」
「うん。ラスティとミゲルさんは?」
どっか辛くないですか?
「なんとかな」
「大丈夫、だ」

IDカードを外しただけでマリューと格好は同じの二人組みに声をかけると、前者には苦笑交じりで、後者には硬い表情で返される。
ミゲルの方は立っているのもやや辛そうだったが、それでも強がりな台詞が出てくるのはこちらを警戒しているのかそれとも気を遣っているのか――

自分は彼の機体を落とした本人だし。前者であっても当たり前かな、と思い直して、後で寝られるところに連れて行ってもらいましょうね、と微笑み返した。
ミゲルがどんなに警戒してようと疑っていようと、キラ自身は別段ザフト組みの二人に害意は無いし、普段通りに接してその内打ち解けられたらいいなとか呑気に構えるだけだった。

ただし、後方で再会の挨拶を交わしているらしい地球軍にはそんな呑気にいて入られないようだったが。

キラは何となく棘を含んだ気配の集団がこちらに向かってくるのを感じ、今更怖気づいて見せるつもりも無く悠然とそちらを振り返り――

先頭に立っている男の目を見て、全身が硬直するのを感じた。

あの感覚。体の奥を鳴らす、戦慄にも似たそれが僅かに響く。
嗚呼、とキラは内心だけで何度も苦しげに呻き声なき声で叫んだ

どうして――、と。

































MSの掌に乗っての空中散歩も、体の痛みさえなけりゃ快適なものだ。

ラスティとサイに体を支えてもらって狭いスペースの中なんとか立っていたミゲルは、着艦と同時に肩の力を抜きながらしみじみ思った。


だがそう呑気なことを言ってもいられない。自分たちはあくまでもザフトの人間で、成り行きとはいえ今から敵軍の戦艦に乗り込むのだから、多少の手土産でも持って帰らなければ本国に帰っても銃殺刑に処される可能性だってあるのだ。
軍人として有り得ない今の状況に嘆息しながら、再会を果たしている地球軍の将校――マリュー・ラミアス大尉とナタル・バジルール少尉のやり取りを見ていたミゲルは、赤い地球軍機から歩み寄って来た紫のパイロットスーツの男に目を見開いた。

隊長機とまともにやり合えるようなメビウスのパイロットといえば――

「地球軍第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガだ。よろしく」

地球軍の英雄、エンディミオンの鷹――。その異名と共に名前だけは聞き知っていたが、まさかこんな所でそんな有名人に会えるとは思っていなかった。

「ミゲル、おっかない顔になってんぞ〜」

ついつい凝視していると、横からラスティに肘で突かれる。別に生身の奴を殺したいとは思っていないが、長く戦場にいる所為か、戦ってみたいという欲求が湧いてきているのは自覚していた。

「おっかないとはなんだこの男前に」

正しく思考は“おっかない”方向に向いていたのだが、そのことを誤魔化すようにラスティの頬を容赦なく引っ張っていると、上方からハッチの開く音がして、華奢な人影がラダーに掴まって降りてきた。

こんな細い奴に落とされたのか、とあのときの自分が信じられない。いくらナチュラルだと思っていたとはいえ、最後のほうは本気で掛かったというのに。
それに、

「ミゲルさんは?」

大丈夫ですか、とこちらの怪我の具合まで心配してくる相手が信じられなかった。あの時アーマーシュナイダーを振り上げた瞬間、ほんの一瞬の間の後かろうじてコックピットを避けていた刃はエンジンを貫いて誘爆した。
ギリギリで逃げて生き延びたものの、爆風に吹き飛ばされたときは本気で死んだと思ったのだ。・・・殺す気できていたのだと思っていたのに、やった本人が自分たちを助けたなんて、おかしな矛盾だ。

こちらに向けられた背を見上げる。どっからどう見ても軍人には見えない華奢な体。骨格も細そうだし、肩幅や腰も――
とそこまでキラの後姿を観察しながら考えて、ミゲルはふと眉を顰めた。

エンデュミオンの鷹がこちらに向かってくる。その何に反応したのかは知らないが、眼前の体が小さく震えて強張った。きつく白くなるほど握られた拳は思った以上に小さいもので・・・

「おい、ラス――」
「うわっ、キラ!?」

隣に掛けようとした声をトールの慌てたそれで遮られて、こちらを振り返ったラスティに首を振って返した。
後で、落ち着いてから話せばいい。

なんにしても、今この場で話すことではなさそうだった。






























地球軍の英雄“エンディミオンの鷹”と呼ばれる男、ムウ・ラ・フラガは、キラ・ヤマトという名だと教えられた少年に近づき、一言発する前に思わず後退った。

今の今まで、じっとこちらを見つめたまま視線を逸らそうともしなかった少年が、突然どっと涙を流しだしたのだ。声も出さずに、大きな眼が溶けるんじゃないかと思えるくらいボロボロと。

「うわっキラ!?どうした、このおっさんになんかされたのか!」

顔が怖かったとか。

二人の不審な様子に、彼の顔を覗き込んだ茶髪の学生が慌てて声を掛けるが、キラは無言で首を振り泣き続けるばかりで、

「おいおい、俺はコイツと初対面で、一言だって話しもしてないだろうが」

一応言っておくべきだろうと声を掛けるが、別のサングラスを掛けた少年や後ろに立っていた少女が庇うように出てきて睨まれてしまった。

「なんにしても泣かせた元凶は黙っててください!」
「どうしたのキラ!?もしかして目つきが気持ち悪かったとか!?そうよね、セクハラな顔してるものね、ちょっとキラが可愛いからっていやらしい目で見ないでくれます!!?

しかも酷い言い草である。なんとかして言いがかりを止めさせようと口を開いてみても――

「違う誤解だ!というかそいつ男だろうが!」
「性別なんて関係なくキラは可愛いんです!ッてなに、もしかしてキラが女の子だったら何かするつもりだったの、変態!

ダメだ、否定しても糾弾が止まる気配も彼らをヒートアップしている少年が泣き止む気配もない。というか前者に関しては更に熱を上げさせている気がする。
しかも背中に突き刺さる多分女性将校の二人からの視線が冷たく攻撃的になっているような・・・庇ってくれるんなら兎も角なんで真に受けてるんだよ!と叫びたくなったが・・・我慢だ。今ここで怒鳴れば益々収集がつかなくなるだろう。

「最低だよな!軍人だってだけでもアレなのに」
「初対面の子を顔だけで泣かせるなんてどんな瘴気発してるんですか!」
「こらこら、お前ら・・・」
「キャーッ!近寄らないで、キラが汚れちゃう!

一歩踏み出すだけでこの発言。俺は病原菌か!?と突っ込みを入れたかったが、今の状況では「どこが違うんですか」とか返されかねない。

嗚咽を堪えるように唇を噛み締め涙を流し続けていた少年は、引き攣れたように息を吸いながら俯いてしまって、もうこちらを見ようともしなかった。

聞きたいこと――確かめたいことがあったのに、ここではもうできそうも無い。というか早々に立ち去った方が得策だろうと内心溜息を吐いた。
理不尽だ。

「あ〜もういい、俺は退散するって!」

ガリガリと頭を掻いて声をあげ、学生たちを留めるように両手を挙げた。
格納庫へ行こうと振り返ると、今度はなんとも言えない生温い目をした野郎共と、やはり軽蔑混じりの冷めた女性人の視線にぶつかった。
電車の中で痴漢に間違われたサラリーマンの気分だ。

「コラお前らも真に受けんな!」

大体本当に何もしてないってことは自分たちも良く見ていただろう、と一人一人の肩を掴んで揺さぶってやりたい。

「実際にキラを泣かせといて真も偽もないわよね」
「ほんとにな。事実だ」

しかしそんな切実な一言にもこんな追い討ちが掛かる。一体自分がなにをしたと肩を落とすが、もうここまでくると否定する気力も失せてしまう。

「わかった、わかったから!もうそんな時間も無いし・・・誰か頼むからゼロの整備付き合ってくれ!」

自分の期待の整備をこんなに必死で頼むなんて初めてだ。
だが、本当にこんな所でのんびりしている暇はないということは、フラガは直感と長年の経験で気付いていた。

漸く今が緊急時だということを思い出したらしい軍人たちが、はっと我に返ったような顔をして慌しく動き出す。それを見やりながら格納庫に向かおうとすると、マリューに引き止められた。状況把握が追いついていないらしい。

先程と違う、軍人らしい顔に逆にホッとしながら、フラガはひょいっと肩をすくめて苦笑を零し、

「外にいるの、クルーゼ隊だぜ?このままで済むと思えんからな」

最後だけは何とか格好つけてその場を後にすることに成功した。
・・・どうせ今の騒動はあっという間に狭い戦艦中を駆け巡ってしまうのは目に見えていたが。


























相手は軍人で、しかも前線を駆けるパイロットで、エンディミオンの鷹と称されザフト軍でも恐れられるほどの男だ。民間人が軍人に楯突くというだけでもかなりの勇気と無謀さがいるだろうに、彼らの物怖じのなさや口撃の勢いはどうだろう。まるで軍人なんて恐れるに足らないと言いそうなほどだ。

――否、彼らもきっと、怖くないわけではないのだ。

ラスティはフラガに食って掛かる学生たちを観察しながら目を眇めた。
何気に一番酷いことを言っているミリアリアはぎゅっとキラの腕に捕まっているし、トールはキラの逆の肩に手を置いている。カズイは僅かに足が震えているし、一つ年上らしいサイは両手に作った拳を震わせていた。

「あいつ、何で泣いたんだ?」
「さあ・・・あのパイロット見て泣き出したみたいだけど・・・」

ポツリ、と学生たちの、多分あの男を追い払うための立て板に洪水な暴言を驚いた表情で眺めていたミゲルが呟くが、きっとそれは誰も知らないことだ。
本人以外は。

「・・・知ってるわけでも、なさそうだしな」
「うん。それもきっと後で、だ」

少なくとも、彼等がキラを庇っているのは良く解る。そしてキラ自身がそれを静止する余裕すらないのも。現状とは全く違う方向性の言いがかりで食って掛かっているのは、恐らくキラがコーディネイターだということを下手に知らしめないためだろう。

しかし、ミリアリアの発言で一気にエンディミオンの鷹=毒気を放つ変態鷹という方向性で固まってしまったらしく、敵軍といえど同じ男としてはちょっと哀れにも思えてしまう。その一方で、

(次ぎ会ったらセクハラの鷹って呼んでやろう)

寧ろザフト内でそのあだ名を広めてしまってもいいかもしれない。
なんて更に悲劇を拡大させる方法を喜々として考えていたのだが。他人の不幸は蜜より甘い。こんなに面白いネタならなおさらに。

「おお、退散するぜ」
「そりゃそうだろ~あの状況だったら俺だって逃げる」

とうとう耐え切れなくなった様子のセクハラの鷹が去っていこうとするのを暢気に眺めたが、やっと軍人らしい顔に戻れた男が最後に残した言葉に、二人は思わず顔を合わせた。
曰く、

「外にいるの、クルーゼ隊だぜ?このままで済むと思えんからな」

何でアンタそれ知ってんだよ。








NEXT

BACK

影法師Top