渇望する思い

それを知ったのはあの出会いから

絶対的優先順位


しかし守られるのは他愛ない約束














<3>






ロイドが“運命”とやらに出会って約1ヶ月。日々空中浮遊を生身で体現しそうなほど浮かれていた友人のここ数日の様子に、ラクトは盛大にため息を吐いた。
最初の3日は内心だけで済ませていたものだが、こう長く続くといい加減うんざりしてくるものである。

暗い。

白い壁、白い床、光量たっぷりの証明に照らされて明るいはずの研究室内は、そこの住人たる男が醸し出す陰気で、薄暗く湿気ていた。
(資料や書類で埋まって)白い床の端はきのこの十や二十も茂っていそうだ。

KMFに関してなら、小躍りするほど浮かれることはあってもこんなに鬱陶しく沈み込むことはない。
失敗しても凹んでいる暇があるなら作業に励んだほうが効率的だと、そういう面ではいっそ腹立たしいほど現実的なこの男はよく理解しているからだ。

実際、実験終了間際のデータを吹っ飛ばしたときも、積み上げた作成済みの報告書に酸をぶっかけたときも、薬剤の調合ミスで実験室を爆破させたときも、この男はへらりと笑って済ませてしまったのである。
もちろん、それなりの報復をした後、事後処理の一切合財を自分を含む同室3人に約束させられたが。

そんな男が、ついこの間であったばかりの子供が10日かそこら出かけているだけで、こんなにも鬱陶しいことになっている。


「ううう・・・ルルーシュ様行っちゃったぁ〜〜」


べそべそうじうじと、黴でも生やしそうな友人の姿は、始めこそ新鮮味があって面白かったが、長く続くと蹴倒したくなってくる。
理性では放っておけばいいと解っているものの、時々負のオーラを醸し出しながら絡みにくるものだからそうもいかず、お陰で研究も思うほど進まない。


「ボクだって行きたかったのにぃ〜将来の騎士がお側を離れるなんてぇ〜・・・」


まだ騎士の名乗りすら上げてないクセに。

いい加減、水につけたワカメの如くデロデロになった研究室の共同責任者の片割れに発破をかける時期だろうか。近頃入ってきた新入りの彼女――一つ年上のセシル・クルーミーの視線に、やれやれと再び溜息をつきながら、ラクトはバインダーを片手に立ち上がった。

もう一人の責任者がいれば、こんな面倒は早々回ってこないのに。

(まったく・・・どこ行ったんだよ、ラクシャータは・・・)

丁度、ロイドがカビを生やし始めた頃から、見計らったように私用で出かけている研究室の住人に対して内心だけで愚痴を零し、ラクトは大量の書類が挟まったチタン合金製のバインダーを灰青色の頭に叩きつけた。


























ゆらーん、ゆらーんと椅子を左右に揺らしながら、ロイドは画面に映る実験結果に見向きもせず溜息を吐いた。

(ルルーシュさま・・・)

たった一月。出会ってから、その一月でロイドを更に惹きつけた皇子は今は不在だ。
毎日のように会いたいのを我慢して、三日に一度――それでも、腹黒に言わせれば多すぎるらしい――会いに行っていたというのに、もう9日も会えていない。

彼の行き先が国内であれば、きっとどんな所でもごり押しで着いていくことが出来ただろうが、

(前から計画してたのは知ってたけどさぁ〜・・・中華は遠すぎるよぉ)

国内どころか、エリアですらない中華とあれば流石に難しい。・・・それが解っていても、寧ろだからこそ自分も着いていきたかったのだが、見送りに言ったところで本人に同行を断られてしまったのだ。
曰く――






















『ロイドさんにもするべき事があるでしょう?僕もたくさん頑張ってきますから、帰ってきたとき、迎えてくれたら嬉しいです』


本当に、この方はまだ7歳なのか。
つくづく疑問に思ってしまう大人のような発言に、ロイドは同行をやんわりと断られた寂しさと不思議な痛みを覚えた。

妹姫とは離宮で別れを済ませてきたという皇子をポートまで見送るために追いかけてきた科学者は、小さな体の前に跪いて目線をあわせ、白くて華奢な手を取る。


『ボクが着いて行ったら、お邪魔ですかぁ?』


試しに食い下がってみると、間近で見る紫水晶にほんの少しの動揺が走った。その感情のゆれが嬉しくて、真後ろであからさまに眉を顰めて追い払う仕草をしている腹黒殿下を無視して一心に見つめた。


『・・・あなたといるのは、ほっとできてとても好きです。でも・・・あなたといると、きっと僕は迷ってしまうから。どうかこちらで待っていてくれませんか?』


こそり、囁かれた言葉は、まるで自分の元へ帰ってくるのだと言われているようで。
皇族の彼が、まだ爵位も継いでいない、一介の科学者の元へ――


『〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!』
『ほわぁっ!?』
『ロイド、何を・・・!?』


ロイドは感激に声を詰まらせて目の前の小さな体を抱き寄せ、シュナイゼルの制止も聞かないふりで腕の中に閉じ込めたのだ。

血塗れの歴史を綴る皇族に生きながら、尚綺麗な心を持つこの子供を、このまま連れて帰ってしまいたい。むしろ、これからシュナイゼルの手に任せることすら――

少年の肩口から、からかいと苛立ちを丹念に混ぜ合わせた目で見下ろしてくる腐れ縁の悪友を睨みつける。呆れたように溜息を吐かれようが、脅迫紛いの威圧を込めた視線を投げられようが、構ったことではない。
仕方ない、とでも言うように、お付き(騎士候補)のカノンを置いて飛空挺に入っていく男を見送りながら、本人にも悟られないよう艶やかな黒髪にキスを落し、可愛らしく戸惑っている己の運命から体を離した。

本当は、ますます行かせたくなくなっていたが、この修羅場を生きていく少年の成長を阻害すれば、彼の寿命を縮めることになりかねない。

初めて自分が執着に近い興味を持った相手なのだ、そう易々と死なせてなるものか。


『今回は大人しく留守番しときますぅ。でも、お帰りの時は一番に迎に参りますからねぇ!』


大袈裟なくらいに力を込めて言うと、きょとんとこちらを見ていた彼はいとけない仕草で何度か瞬きをし、柔らかく表情を綻ばせた。


『はい・・・ありがとう・・・・・・』


紫水晶の瞳に暖かな光をにじませて、ロイドの運命は皇族特有の傲慢さを一切感じさせない素直な礼を贈ってくれたのだ。
























渋々と、心底名残を惜しみながら、ルルーシュを飛空挺へ見送ったロイドは、その後に続こうとしたシュナイゼルの付き人、もといカノン・マルディーニを捕まえて言った。


『覚えておいてねぇ、カノンくん。ルルーシュ殿下になにかあったら、君の家ごと跡形もなくすり潰してあげるよぉ』


警告と言うより真っ向からの脅しである。にんまりと笑ませた口元とは裏腹に、細めた目の奥では紛れもなく本気を表す物騒な光が瞬いていたが、カノンは特別怯えるでもなく小さく苦笑するだけで、ロイドの腕をやんわり放させ向き合った。
主人が腹黒だと、その部下まで食えない性格になるらしい。


『ご心配なく、シュナイゼル殿下が気に掛けておられる弟君に、身の危険など及びませんよ』
『腹黒を信用できるってわけじゃないけどねぇ。・・・彼の君はなんだって中華に行きたがったんだか・・・』


たった八歳の子供には早い気もする、政治や軍略を学ぶ皇子とは違い、貴族にして科学者のロイドには、あの国にどう魅力があるのかそうそう見当が着かない。


『さあ・・・私にも解りかねますけど、確か見聞を深めるついでに探し物に行くのだとか・・・』
『探し物、ねぇ・・・』


カノンの言葉があってもやはりわからない“皇子の目的”に、ロイドは首を傾げる。
なんにしても、彼が帰ってきたら聞いてみようと心に決めて、自分より僅かに上背の低いカノンの肩を軽く叩いた。


『まぁなんにしても、殿下のことだけは何があっても無事に帰国させてねぇ』


腹黒がどうなろうと構わないから。

いっそ盾にでもすればいい、と悪友に対しては薄情な本音を言葉の裏に潜め、彼の皇子の騎士志望な科学者は念を押したのだった。






































「早く帰ってこないかなぁ・・・」


はあぁ・・・盛大に溜息を吐いたロイドはガックリと机に頭を寝かせる。
いつまでたっても仕事を進めない自分にセシルが咎めるような視線を送っているのは気づいていたが、やる気が出ないものは出ないのだから仕方ない。

早く、早くあの皇子を“我が君”と呼ぶ日がこればいい。そうすれば、自分はすべてを投げ捨てて側にいられるというのに――
そんな不穏なことを考えた矢先、

メキッ


「―――ッッ!!?」


後頭部を、何かとてつもなく硬いもので強打された。


「いっっっっ・・・・〜〜〜〜〜〜!!」


あまりの衝撃に最初の音で舌の回転が止まり、反射的に全身を硬直させ息を詰め、その箇所を庇うようにおそるおそる触れると、ぽっこりと見事なたんこぶに成長した。


「・・・・・・らっく〜〜〜ん?」


じろり、負傷の元凶を呼びながら睨み据えるように後ろを振り返ると、3歳下の少年がニヤリと笑いチタン合金製のバインダーで肩を叩いている。


「異世界に飛んでた宇宙人がやっと帰ってきたか」
「君ねぇ・・・不意打ちでボクの優秀な頭を殴りつけといて言うことはそれしかないわけ〜?カチ割れたら世界の損失だよ」
「お前の頭の形が歪むことはあっても割れやしないよ。それより良かったじゃないか、多少脳細胞が減れば変人度も下がるかもしれないぞ」


酷い言い草だ。


「変人というより天才って呼んで欲しいねぇ」
「そう言って敬われたいなら仕事しろ、仕事」


言われた瞬間ロイドはくるりとラクトに背中を向けて聞かない振りをした。
なんせやる気が出ないのだから、やるつもりもまるでない。こういう時は、必要最低限のことをこなしていれば問題ない、というのがロイドの持論でもある。


「まぁ他人がどう言おうとどうでもいいけどさぁ〜」
「へぇ・・・そんなこと言っていいのか?」
「何が?」


声色を1トーンお年、半ば威圧をかけるような言葉に、内心興味を示しながら表向きは素っ気無く返す。共同研究者であろうと、一応友と言える――前に“悪”が付くのは間違いないが――間柄であろうと、自分の弱みを握られるのはいただけない。
今更な気がしなくもないが。


「俺は、お前の欲しい情報を持っている」
「・・・・・・・・・・・・」


ピクリ、声には出さずとも、肩が思わず震える。いかにも自信満々に言い切るときの、ラクトの情報の的確さを知っている。
その、どこから知ったのか見当も付かない意外性と対価の高さも。
だが、


「なに・・・・・・?」


ほんの僅か、今回ばかりはもたげた期待にまかせて先を促した。


「明後日までに、お前が溜め込んだ仕事、全部始末するな?」


床に積みあがり、所により雪崩を起こしている白い巨塔群を、明後日までに。


「・・・・・・わかった」


一応本気を出せば一日で終わるはず、と脳内でざっと予測を立てたロイドは、神妙な心地で一つ頷いた。途端返された、裏のありそうな会心の笑みに、腹の底で後悔が過ぎるが――


「お前の可愛い運命、今日中に帰ってくるぞ」

帰ってきたら一番に迎えてやるんじゃなかったか?

「―――ッッ!」


そんな些細なことは一気に吹き飛ばし、「走るなんて非効率だ」と言って憚らなかった科学者は、豪快に椅子を蹴倒して研究室を飛び出した。










































突然、派手に椅子を蹴倒して駆け出していったロイドを呆然と見送り、セシルは綺麗な笑顔でドアに視線を送るラクトに尋ねた。


「ラクト君・・・ロイドさんは?」
「ラクト」
「え?」


答えになっていない端的な名前の繰り返しに、セシルは何のことかわからず問い返す。戸惑いを隠せない彼女に対し、どこか優雅な気配さえ漂わせてこちらに体ごと向き直ったラクトは、有無を言わせぬ笑顔を浮かべた。


「ラクトって呼べって言ったろう?セシル」


足音を潜め距離を詰めてくる彼に、じわりと焦るものを感じる。一つ年下だが、このラボでは先輩に当たる彼のことを、らっくんと呼ぶロイドに倣って君付けで呼んでいるのは最初からのことなのに。

それを、最近ではこんな風に要求してくるようになった。

これくらいのことはすぐに聞いてやれば良いと思っていても、どうにも大人しく従おうと思えないのだ。
素直に聞いてはいけないと、本能が警告する。


「なぁ・・・セシル」


気付けば、間近にラクトの顔が迫っていた。

息がかかるほど近くに、派手ではないが整った美貌があり、驚いて目線をあげた途端、漆黒に近い不思議な色彩の瞳に合う。


「ラクト・・・くん?」


声は、震えていなかったろうか。発音は。
覗き込めば強引にも深みに引き込もうとする瞳の色彩。光の彼方にある、優しくも残酷な、母なる胎内にも似た深淵。
僅少な足場で踏み外すのを怯えた子供のように、セシルは強い力を持った瞳の前に体を強張らせた。

どれほど時間が経ったろうか。少なくとも、セシルが思わず詰めた息を苦しく思うくらいの時間が過ぎて、ふと目の前の少年から締め付けられるような威圧感が緩んだ。


「・・・・・・俺は、一応先輩でさ、別に年齢だの階級だのの上下なんか気にしちゃいないけど、たった一つの年の差で年下扱いなんかされたくなかったからさ」


論理的には矛盾していることをどこか照れたように言って笑う表情は年相応で、先程まで圧倒されていたのが嘘のように可愛らしく見えた。


「・・・少しずつ直していくから・・・それでいい?」


ついつい、絆されて頷き、精一杯の譲歩を告げると、ぱあっと弾けるように破顔したラクトが勢いよく抱きついてきた。


「っ!?」
「いい、いい!今はそれで十分だ!」


ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕は見かけによらず力強い。しかしまだ少年期の肩は細くて頼りなく見え――そっと、その背に腕を回そうとした、その時


「ちょっとぉ〜、研究室で堂々とセクハラしてんじゃないわよぉ〜?」


飄々と愉しげに割り込む、聞きなれた声が。


「なんだよ、ささやかなスキンシップだろう」


耳元で、ラクトが変声途中の少しかすれた低音で言い返すのを聞きながら、セシルは酷く混乱してしまった。


「あんたがやってると、どうにもそう見えないわぁ」


おかしい、帰ってくるのは明日のはずじゃ。いや寧ろ今自分は一体なにを――


「純粋な好意表現だろ・・・っと、」


ぐるぐる自問自答して、まずは離れないと、と考えに至ったとき、タイミングを計ったかのように、ふわりと体に触れていた熱が呆気なく離れた。
途端、顔の寸前をキラリと蛍光灯に反射する何かが、風を切って通り過ぎる。


「お前、優秀な共同研究者を殺す気か?ラクシャータ」


鋭くラクトの頚椎を狙ったのは、先程ロイドの後頭部を強打していたものと同じ、チタン合金製のバインダーだった。
わざわざバインダーに何故こんな無駄に強固なものをと不思議に思っていた解答は、もしかしなくともこういうことに備えた結果なのかもしれない。
しかし、その平面でなく側面、それも止め具が付いたより物騒なほうを下にしているのは、いささかやりすぎではあるまいか。
あれで延髄でも切られたら、間違いなくあの世いきだ。


「無駄に反射神経と五感の鋭いあんたなら余裕で避けられるでしょぉ」
「そりゃあ、死ぬつもりはないからな」


そういえばプリンはぁ?
餌の在り処を聞いてすっ飛んでった。

なんて奇妙な会話を聞きながら、なんとか現実に帰還したセシルは、いつの間にか近くまで来ていた褐色の女性に声をかけた。

ロイドの行き先を聞いて、彼女が盛大に顔を顰めたことには、気付けなかった。


「ら、ラクシャータさん?」
「ん〜なに〜セシル?」


あ、あたしはラクシャータでいいからねぇ。

どこか意味深な笑みを添えて、一応禁煙を掲げている――彼女がいる限り守られた試しはない――研究室で、堂々と瀟洒なキセルを取り出したラクシャータに、色々と動揺しすぎてざわついた心拍数を漸く落ち着かせたセシルは、肩の力を抜いて微笑んだ。


「おかえりなさい」
「ん〜・・・ありがと」
「それで、バカンスはどうだったんだ?」
「そこそこ快適だったわよぉ〜。でもぉ、水が合わなくて浄水するのに苦労したわぁ」


ひょいっと肩を竦め休暇中のささやかな苦労話をするラクシャータと、その間のロイドの奇行を面白おかしく語るラクト。

その間に挟まれる形で聞いていたセシルは、若干の引っ掛かりを感じていたが、不意にラクトに話を振られて会話に加わり、自分の中で浮かんだ違和感を取り敢えずは無かったことにした。

今は、追及する必要のないものなのだ、と。

































外界の太陽の眩しさに目を眇めながら、ルルーシュはゆったりと一人でポートを歩いていた。
いくら皇族用の特別ポートとはいえ、たった7歳の子供が一人で歩くような場所ではないが、ルルーシュは供も出迎えも一切断り、外へ出る道を迷いなく進んでいく。

外を出て暫く行けば市街地に着く。近くには公共機関も通っており、自力でアリエスに着こうと思えば可能だ。
一歩外へ出れば無防備な小さな子供と同じ・・・だからこそ、安全だとも思える。
多少時間がかかって遅くなったとしても、元々今日中の期間を連絡していないのだから、構いはしない。

王宮に戻る前に、街にでも寄っていこうか・・・格好は多少目立つかもしれないが、シュナイゼルに「外交には見た目も大事なんだよ」と言って仕立てられた派手なジャケットさえ脱いでしまえば問題はない。
フロアの窓から遠くに見える王宮と、その近くに広がる市街地、そして良く晴れた初夏の青空を眺め、頭の中で計画を立てていく。
どこに行き、何を見て、どんな店に入り、何を買って、どのような手段で移動して・・・。

王宮に辿り着くまでの道のりを大まかに考えていたのだが、ふと出入り口に視線を向けた途端、ルルーシュはたった今立てたばかりの計画を心の中から全て打ち消した。

そうせざるを得なくなったとも言う。


「・・・ジェレミア、なぜここにいる?」


予想していなかったわけではないが、期待外れの出迎えに、ルルーシュは諦め半分で嘆息した。
オレンジとブルーグレイの色彩を持つ青年は、こちらの心情に気付いていない様子で、堅苦しい格好と表情に相応しい直立不動の体勢で口を開く。


「はっ、マリアンヌ様からルルーシュ様を出迎えるよう承りましてございます!」
「出立前に、僕は出迎えは必要ないと伝えたはずだけど?」
「しかし・・・ルルーシュ様お一人でアリエスに戻られるのは、あまりに危険かと・・・」
「王宮内ならともかく、外で僕を狙う危険なんて知れたものだよ。あそこを一歩でも出た僕は、力を持たないただの子供でしかないのだから」
「しかし・・・っ」
「それとも、僕の“お願い”は聞けないのかな。確かに君らKMF乗りが母上を崇拝しているのは十分知っているけど」
「まさか!ルルーシュ様は我らが忠義を捧げるべき皇族の・・・」


ジェレミア?


「っ・・・・・・あなたは、私の忠義を捧げるべき、お方です」


意地悪い問いかけの返答を呼び名一つで訂正させた子供は、大きな体を縮めてしまったいささか情けない大人に溜め息を一つ送って、一時的な従者と歩き出そうと、した。


「有言は実行しなきゃ、まるで意味がないよねぇ〜」


なんて言いながら、ひょいっと軽く子供を持ち上げた不審者・・・ならぬ、科学者の所為で、不発に終わったが。

――なぜ?いつから?どこまで聞かれた?

不測の事態に硬直してぐるぐると考え込んでしまったルルーシュは、男の片腕に腰掛けるように抱き上げられ、改めてその正体を視認する。


「貴様、ロイ・・・!」
「ロイドさん!」


漸く自失から戻って、何よりもまず破顔したルルーシュは、ジェレミアの怒声を遮って科学者の首に抱きついた。途端、後方から「ルルーシュ様!?」と声が上がるが、まるで無視して会話を始めた。


「お久しぶりです〜ルルーシュ殿下。お元気そうでなによりですよぉ」
「ロイドさんもお元気そうですね」
「たった今元気になったんですよぉ、い・ま!9日間もお会いできなかったんですからぁ」
「どこか体の具合でも?」
「いいえぇ〜ちょっと心が荒んでただけですぅ」


でもまだまだルルーシュ様が足りないので、もうちょっとこのままでいて下さいねぇ。
言いながら、ロイドはルルーシュの抱えていないほうの手で小さな体を囲うようにして背中に回す。両手で支えられて生まれた安定感に、不意打ちの浮遊感で強張っていた体の力を少しだけ抜く。


「それは構いませんけど・・・腕が疲れませんか?」
「まさかぁ!ず〜〜〜っっっとこのままで居たい位ですよぉ!」


普段だって、毎日お会いしたいのをガマンしてるんですから!
力の入った主張に戸惑いながら頷いて、ルルーシュは首に回していた手を白衣の肩にかける。
出会って一ヶ月も経っていない男が何故ここまで自分を思ってくれているのか、全く身に覚えはない。だが、出立前の自分との約束を守ってくれようとしたことや、自分を抱き上げる腕に微塵も悪意が含まれていないことくらいは、わかる。
理由はわからなくても、何の打算もなく向けられる好意は酷く心地よかった。


「そういうわけでぇ〜ちょっっっっっとアリエスに戻るのが遅くなっても構いませんかぁ?」

帰る前に、寄り道しましょ?

「それは、もちろん・・・」
「ルルーシュ様ッ!そんな科学者に御身を――ッ!」


ルルーシュを抱えたまますたすたとポートを出ようとするロイドの行く手を、すっかり存在を忘れられていたジェレミアが必死な様子で遮るが、言葉の続きはすいと振り返ったルルーシュの視線で喉の奥に沈んだ。

見る者を圧倒する、硬質な紫水晶。
微笑みの形に緩められた瞳は、しかし酷薄な光を宿している。
ゆるり、静寂を促すよう口元に立てられた指先は、ジェレミアの口を完全に噤ませるには十分で、


「ジェレミア卿、」


呼び声は甘く、氷菓子のような冷ややかさで囁かれた。
彼の言葉、仕草の一つ一つが、感覚を溶かして、思考だけでなく動作すらも制する。


「あなたの忠義は誰の元にあるのですか。それは公平を以って分け隔てなく尽くされるものではないのですか?」
「――っ、もちろんですとも、ルルーシュ様!」
「でも、僕の言葉に背いてこの場に来ていますよね。曲がりなりにも、僕も“皇族”の一人なのだけど、僕のお願いは聞けないほど軽いものだと見られたようだ」
「そ、そんなことは、決して・・・!」
「約束って言うのはぁ〜守るためにあるんであって、片方の都合で勝手に撤回していいものじゃないよねぇ」
「・・・・・・ッッ」
「ジェレミア卿、何も難しいことはないんです。ただ、僕には違う迎えが来たとアリエスに報告してくれればいい。そして、ナナリーには伝言を」

すぐに帰るから、お土産を楽しみにしていてくれ、と。

「・・・・・・わかりました」


己が持つ“忠義”を揺るがしながらも出された妥協案に、ジェレミアは渋々といった体で頷き返し、その身に叩き込まれていると一目でわかる臣下の礼を取る。

内心の不本意と科学者への不審を丸出しにしたその表情に、ルルーシュはすいと目を眇めたが、僅かに湧いた感情を露にする前に、彼の背後にいたロイドがへらりと軽快な調子で子供が纏った重圧を押し流した。


「じゃぁねぇ〜ジェレミア卿♪そういうことでよろしく〜」


なんて笑いながら、直立のまま体を震わせる男の横を通り過ぎたのだ。
勿論、腕の中に小さな皇子を抱いたまま。















ひとこと>

そしてこのあとかなりの不審者なロイドさんと一緒にナナリーへのプレゼント買ったりプレゼントしたり貰ったりします.。つまりおでぇと編があるのですが、詳細についてはまたいつか――


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