それは初めての感情。
興味からの観察は執着ゆえの約束へ
過去の無知 今の邂逅 未来の知
すべて得るために必要な約束を
初夏の陽射しを眩しく弾くシルバーブルーの髪に、晴れた冬の青空のようなブルー・アイズ。ひょろりとした長身の痩躯を仰々しく折ってみせる、道化じみた仕草。
“皇族”に対する態度として考えると不敬としか言いようがなかったが、自己紹介の後で差し出された右手に、ルルーシュは見知らぬ人間を前にして無意識の内に入っていた力を抜いた。
皇族と見れば値踏みしてくる視線がない。“アリエスの離宮”の住人に向けられる、貴族特有の嫌悪も、子供に対する侮りの心すら、目の前の男からは見えなかったのだ。
そうして赤の他人から差し出される手が、酷く新鮮だった。自分のものより相当大きな大人の手を握り返した自己紹介をし、そっと放して玄関の扉を開き、二人を中へ促した。
応接室に入ると、シュナイゼルとロイドを片面のソファに勧め、自分は座らずにドアへ向かうい、徐に内側に開く。
「あ、ルルーシュ様・・・」
そこには、片手に一組のティーセットを載せたトレイを持ち、ノックしようと手を掲げたまま固まった侍女が一人。室内を見た彼女は、予想外の客人の姿に更に動揺で瞳を揺らした。
それににっこりと笑いかけたルルーシュは、手を伸ばしてトレイを受け取る。
「今日のお客様は、僕が。・・・このお茶を入れてくれたのはあなたですね・・・?」
「はい、それはもちろんですけど、あの・・・」
「・・・サンルームでナナリーが昼寝をしているんです。見に行っていただけますか?」
戸惑った様子で言い募ろうとする彼女に人差し指で沈黙を求め、次の行動を示す。努めて柔らかく浮かべた微笑に安心したのか、彼女は頷いて了承した。
「畏まりました。あの、申し訳ございません」
「いいえ、あなたは僕の我が侭につきあってくださっているだけですから。・・・ありがとう、アルマ」
「私にはもったいない言葉ですわ。・・・失礼いたします」
「ええ、頼みますね」
そっと礼をして立ち去る彼女を見送り、トレイを手にソファで待たせてしまった二人を振り返る。寛いだ笑みを浮かべる異母兄と、口元を笑ませ眼鏡の向こうの瞳を探るように細めた科学者がこちらを見ていた。
「珍しいね、彼女には知らせていなかったのかい?」
私たちの来訪を。
「ええ、伝え忘れてしまったんです。だから今日のお茶は僕が淹れたものでもよろしいですか?」
「ああ、いや――ルルーシュが淹れてくれたお茶は是非飲みたいけれど、今日はあまり時間が無いからね、誰かに頼んでくれるかい?」
「――解りました」
客人のリクエストに応えようと、ルルーシュは壁に取り付けた内線を取り、一言二言話して切る。自分のお茶は彼女に淹れてもらっているが、客人のお茶は彼女のものでなければならない理由はないのだ。
そうして新しいお茶を待つべく、ルルーシュは下座の一人がけのソファに腰掛けた。
「今はお忙しいのですか、兄上?」
「そこそこだね――来月には中華へ発つから、本国の仕事を前倒しでこなしているんだよ」
こちらの様子を伺う二人に変哲もない笑みを見せ、投げかけた問いへの返答に思わず目を瞬かせる。ルルーシュが以前から密かにシュナイゼルにしていた頼みごとにも関わることだった。
「兄上、それは・・・」
「ああ、一度帰って来次第また発つからね、ルルーシュも準備しておいで」
「はい!」
どうやら、ルルーシュの頼みごとを本気で叶えようとしているらしい異母兄に笑顔を送る。
「私はすぐに帰るけれど、ロイドを置いていくからね、存分にKMFについて聞くといい」
穏やかに言うシュナイゼルに、きょとりと目を見開いてルルーシュが異母兄を見ると、その隣から楽しげな茶々が入った。
「ちょっと人のこと物みたいに扱わないでくれなぃ〜?ま、別にいいけどさ」
「ルルーシュの話し相手に任命されただけ光栄に思っておくべきだろう?」
「はいはい、正しくその通りですよぉ〜」
「あの、ロイドさん・・・今日は母も外出しているので、貴方には退屈かもしれませんが・・・僕の話し相手をしてもらえませんか?」
話の当人に改めて訊ねてみる。シュナイゼルの言葉にもさらりと刃向かって見せるこの男は、自分の望みにも一個人としての答えで返すだろうと期待できたのだ。
ロイドは眼鏡の奥の瞳を愉快気に細め、にんまりとチシャ猫のように笑ってみせて、
「もっちろんですとも〜♪」
少し奇妙な節をつけて機嫌よく返したのだった。
どうやらこの小さな皇子様は、今度シュナイゼルと中華へ行くらしい。しかも皇子としてではなく供としてお忍びの算段を立てている。
二人の話をメイドが持ってきた新しいお茶を飲みながら聞いていたロイドは、話を終えて見送ろうと腰を上げるルルーシュを、この場に留めて帰っていくシュナイゼルの背を座ったまま見送り、せめて扉まではと席を立ったルルーシュを迎えた。
「お待たせしました。・・・退屈だったでしょう?」
「いいぇえ〜中々興味深いお話でしたよぉ〜・・・KMFのお話の前に、いくつか質問してもいいですかぁ?」
気遣わしげにこちらを見ながらもとの位置に腰掛けるルルーシュに、ふりふりと手を振り、どうにも遠慮がちな皇子様にこちらから話を持ちかけてみた。
ぱしぱし、と大きなロイヤルパープルを縁取る長い睫が上下して、シュナイゼルを相手にしていた時より余程幼い仕草に微笑ましい気分になりながら、ロイドは空になったカップをテーブルに置いた。
すかさずそれにお茶を注ぎ足し、ルルーシュはソファに腰を落ち着けた。
「・・・なんでしょう?」
小首を傾げる仕草は大変可愛らしい子供のものだが、こちらを見据える目は凪いだ海面の如き静寂を宿している。先程の悪戯っ子めいた算段をシュナイゼルと立てていた時のものではなく、もっと他の――
「政治家か、戦略家みたいですねぇ」
「――僕はまだ子供ですから、そんな立派なものじゃありません」
「表舞台に立っていないだけですよねぇ〜。そうそう、なんで中華なんです?」
自分の中で既に納得していることよりも、小さな疑問を解決したい。
少年はまだ否定したそうに瞳を揺るがせたが、それがこちらの本題を理解したらしく、すぐに揺らぎを消し去った。
(こういうのが、政治家みたいなんだけどねぇ)
自分の心根を読ませない瞳。仕草は幼く子供らしいものでも、冷静にこちらの様子を伺い、瞬きの内に平静を取り戻す。
であった瞬間に魅入られたロイヤル・パープル。その輝きの根源が、子供の仮面を剥ぎ取れば見えてくるのではないか。
シュナイゼルはこの皇子を異母弟として慈しみ、皇子としてどこか警戒している様子だった。ならば――
「・・・中華は、ブリタニアともEUとも違う体制であの大国を築いています。このままいけば、ブリタニアは中華と戦争になるでしょうし、その前に別の国の在り方を見ておきたいんです」
ゆっくりと瞳の色が濃く深く沈んでいく。思考の海に潜るように落ちるのが見える変化を、ロイドは敢えて止めずに質問を返す。
「でもぉ〜まだまだ落してない国がたっくさんありますけどぉ?」
「そうですね、でも、先日シュナイゼル兄上がエリア9を成立させましたから、ブリタニアのエリアはこれを機にアジアに広がるでしょうし、コーネリア姉上がエリア8を更地にしに往かれたのでアフリカにも侵攻が始まるでしょう。EUとの攻防をこのまま続けるにしても・・・あと10年もすればブリタニアの手が伸びる」
「じゃあ、その前に視察しておこうと?」
「・・・視察というほど、大したものじゃないですけど」
はっと気付いたようにロイドを瞳に映し、小さく苦笑して、ルルーシュはゆっくりとティーカップを傾けた。
空になってテーブルに戻されたカップに、今度はロイドがポットを取って注いでやると、「ありがとうございます」と照れたように頬を染めて礼が返ってきた。
「ロイドさんは聞き上手ですね。つい話しすぎてしまった」
「そりゃあ、ルルーシュ殿下に興味がありますからねぇ〜」
だからと言って媚はしないが、話を引き出す努力を惜しむつもりはない。・・・もっと知りたい、この皇子に踏み込みたいと、珍しく思ってしまった。
「僕に興味、ですか・・・?」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下は面白い人物だって僕の勘が告げてるんですよねぇ〜」
普通の皇族に言えば不敬極まりない発言だったが、それはKMF以外に興味のなかったロイドにとっての最高の褒め言葉で。
珍しいほどに真っ直ぐ告げると、ルルーシュは不快に頬を歪めるでも怒りを露にするでもなく、ただ
「ありがとうございます」
鮮やかに破顔したのだった。
バタバタとこちらに向かってくる喧しい足音に、あくまでも作業の手は止めずに小さく眉を顰める。
足音の重さからして明らかに男。淀みなくこちらに突き進んでいることから、おそらくこの研究所の関係者だろうと判るが・・・。
珍しく自分一人しかいない室内。空席は2つに、最近増えたパイプ椅子が一つ。それももうすぐ新しい椅子に変わるだろう。不在者の内、2名の女性は今日来ないと連絡が届いている。
軍内部に施設された研究室の更に奥まったところにあるこの第五世代“以降”のKMF研究室に立ち入られる人間はほんの僅か。時折稀に訪問者がいるものの、候補となりえる筆頭の男は、走るなんて効率の悪いことをするくらいなら車を出すかKMFに乗ると言い切るような変人だ。
上司からの命令だろうと皇帝からの召集だろうとその主張を覆したことのない人間が、こんな風に慌しく走るなんて、ありえ・・・
「ちょっとちょっと聞いてよラックぅうううう!!」
な、い・・・・・・?
「ロイド・・・?」
ドカンとドアとぶち抜かんばかりの勢いで開いたのは、今まさに“ありえない”判定を下した場合の飄々とした普段の外面を土砂崩れさせた友人だった。
「なんだお前、浮かれきった顔して気持ち悪い」
いつもの、研究中に成果を出したときの類の浮かれ具合とは違い、どことなく漂う桃色の空気に大いに引きながら、(一応)3つ年上の人間に対するには酷い言い草で尋ねると、全く気にした様子もなくだらしなく顔を緩めた男は口元を更に大きく崩して諸手を挙げ、くぅるりと回ってのたまった。
「ついに見つけたんだよぉ〜ボクの運命!」
運命なんつー科学者にあるまじき非科学的な概念だと、突っ込みを入れる前に、
「はぁ?」
と気の抜けた返事もどきの声が口をつく。
大体ついにってそんなもん探してたのかすら初耳だ。この現実に対してはどこを切ってもリアリストなKMFオタクが。
というかこいつの運命はKMFじゃなかったのか。
「やだなぁ、そんな夢のない人間じゃないよぉ、ボク」
ナチュラルに他人の思考を読むな。
「夢って言うより、お前は人間に興味なんか抱かないと思ってたけどな」
人間をパーツと呼んではばからない男が夢を語るなと主張するのは間違いなのか。
いや正しいはずだろう多分恐らく。
「そりゃあ今日まではねぇ」
鬱陶しくピンクのオーラを舞い躍らせているヤツは心底うれしそうに頬を染めている。ここまでくるといっそ目の毒だ。
既に相手をするのすら面倒な気分に陥ったラック・・・ラクトだったが、未だくるくると回り続ける男の前で、椅子の背もたれにふんぞり返ってつなぎを履いても長い足を組んだ。
そして自分よりも数センチ背の高い友人を首に掛かる負担を承知で見上げ、呆れ半分諦め半分で座るように促す。
こうなった一応友人は一通り話を聞かなければ元の作業に戻らせやしないのだ。
それは今までのKMF研究中のあれこれから十分に理解している。
こちらの聞く体勢ができたことを察知したのか、ロイドはふらふらさせていた体の動きをぴたりと止め、適当に椅子を引っ張り出して背もたれを前に跨ぐようにして腰掛けた。
その行儀の悪さに、こいつ本当に次期伯爵なのかと呆れるが、これも今更のことなので注意する気も起きない。
「今日腹黒に連れてかれた先で運命に会ったんだよ〜」
「それはもう聞いた。運命ってどんな運命なんだよ」
「そ・れ・が・さぁ〜」
うわぁ・・・
ギラリ、目を輝かせ、一気に話す体勢を構え、タメまで作った男を正面に見て、ついついいつものごとく聞く姿勢をみせてしまった自分を後悔した。
「もう、もうすんごい美人で可愛くて中身も綺麗で深い子でぇ〜」
気遣い上手でなんか謎っぽいところがあって頭の回転が最高に良くて・・・と何十回も可愛いだの綺麗だの美人だのという言葉を繰り返し交えながら、この偏屈にしては珍しくぶっちぎりに褒めちぎって延々と“運命”とやらについて三時間ほど語りつくされたのだった。
たった一回でこれだけ語られるなんて、客観的にも主観的にも(偏って)優れたこの男の観察力に驚くべきか、この真意の見えない細目で凝視し続けられたのだろう弟皇子を憐れむべきか。
いや、この場合ひたすら相槌を打ち続けた自分を褒めてやるべきだろう。
「・・・・・・で、」
ようやくどことなく腹立たしい惚気まがいの運命語りから解放され、自画自賛しながらうんうんと自分で納得し頷いていたのだが・・・ふと、肝心なことを聞いていないことに気付いた。
「あの腹黒の弟にしては素晴らしく可愛らしく素直で知識欲旺盛で有望な運命で、騎士として志願してでも一緒に居たいしあわよくば隣もゲットしたい相手だって事は、よ〜〜〜〜く解った」
友人の主観で回想とその場の感想まで突っ込んだモノローグ付きのダイジェストで語られたが、つまりはこういうことなのだろう。
3時間の内容を簡潔に要約して見せると、「え〜まだ騎士なんてぇ〜」と成人男子にされても気持ち悪いだけの照れ笑いを晒しながら、椅子に乗ってくるくると回転させる。
ガンッ
「・・・・・・・・・で、」
地に足が着いていない様の体現を、組んでいた足で乱暴に止め、睨みあげる、一々聞いてたら話が終わらない。
結局、
「お前の運命はなんて名前なんだ?」
その正体を未だ聞き出してなかった。
こら、言ってなかったっけとか惚けた顔してんな。一人で突っ走りやがって。
「お名前は〜ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。第11皇子殿下♪」
名前までキレイなんだよね〜とかデレデレ言っているが、逆に聞き覚えのある名前に嫌な予感が募る。否、予感なんかじゃない。
こいつの運命といえば、確か・・・
「今7歳の、ボクの皇子だよぉ〜」
浮かれてついには所有句まで使い出す、(否定したくても一応)友人。
どうせ無駄になると解っているが、口先だけでも忠告してやることにする。
「オマエ、それは犯罪だ」
横から突っついてやるか、後ろから蹴りつけてやるか・・・さぁて、どちらが面白いだろう?
ふわふわと綿に包まれたように優しく微睡む。すぐ近くにはどこか緊張するような気配。でも暖かくて、お日様の匂いがするブランケットを掛けられた時も、ほんの少し意識が浮上しただけで済んだ。
その人は自分にとって危ない人ではないと判っていたから。
ふと、空気が動く。扉が閉まる小さな音。ゆっくりと足音を殺して近づく大好きな気配。優しい眼差しを向けられたのがわかって、体が自然と温かさを増した。
「ナナリーを見ていてくれてありがとう・・・アルマ」
そっと自分の名前を囁く声に含む甘さと、その人の名前を呼ぶ声ににじんだ信頼の気配に、意識が埋もれるように眠りの中へ引き込まれていく。
アルマと呼ばれた彼女が、部屋から出て行くのを扉が閉まる音で知った。
しん、と静かな室内に、今はたった二人。
柔らかに日差しを取り込むサンルームの一角に置かれた、お気に入りのソファベット。その端が少しだけ沈んで、慈しむ手が優しく、時折遊ぶように伸ばした髪に触れてくる。
安らいだ静寂の時間。外で遊ぶことを好む自分だけど、この人がいるなら、こんな時間も大好きで。
いつもなら、この手に惹かれてゆっくりゆっくり起こされるのだが、不意に、くすりと愉しげな笑い声が聞こえて意識が揺り動かされた。
「――おにい、さま・・・?」
むずがるまぶたを押し上げて、一番に見れるのは、やはりどこか愉しげに笑う大好きな兄の顔で。
「おはよう、ナナリー。ごめんね、起こしてしまったかな?」
甘く溶かした眼差しで声を掛けられ、そっと手を伸ばすとやんわりと握られ引き起こされる。頬にキスをもらって、半分眠気に沈んだ体を細い兄の体に懐かせた。
「だって、おにいさまがいるのですもの。いっしょに起きていたほうが、ナナはうれしいです」
自分の思いをもどかしくなるほどたどたどしく、精一杯言葉にして、すりすりと兄のすべらかな頬に頬を寄せて、キスを返した。
「僕もナナリーといると嬉しくなるよ。誰より大事な妹だからね」
囁き返される声にくすぐったくなりながら、ふと自分が目覚めるきっかけを思い出す。
「おにいさま、なんだか楽しそう・・・」
なにかあったの?
愉しげな笑い声。心を浮き立たせるような気配は自分も今まで感じたことのないものだ。
「・・・素敵な出会いをしたんだよ。これから愉しくなる予感がするような」
とてもキレイな、柔らかな笑顔。見ているだけで幸せになれる・・・
「ナナもお会いできますか?」
アリエス(この家)からあまり出ることもなく、他人との接触を好まない兄が進んで関係を保とうとする人間に、会ってみたいと思う。
他人を思って浮かぶその顔に、見知らぬ他人へのもやもやとした感情を募らせながら。
「そうだね、今度はナナリーのお昼寝の時間以外に来てもらうことにしようか」
「・・・おにいさまは、このごろいっしょにお昼ねしてくれませんね・・・」
擽るように髪に触れてくる兄の手が気持ちよくて目を細め、繋いだままの手を抱きしめる。
このごろ、余り外で遊んでくれなくなった。お昼寝に誘っても、すぐそばにいるだけで隣で眠ってくれることはなくなった。いつだって一緒にいたのに、少しだけ離れていることが多くなった。
「僕は体力がないからね・・・その分、勉強するべきことがたくさんあるんだよ」
「だから・・・中華にもいくのですか?」
たった3つしか違わない兄が、政治のためのシュナイゼルの表敬訪問に付いて、中華に行くことになっている。それも、この人のすべき“勉強”のうちなのか?
「それもあるよ。僕はあまり体を動かさないから、お昼寝の必要もないんだよ。・・・ナナリーは母様に似て運動が得意だからね、たくさん外で遊んだらたくさん休まないと」
「なら・・・なら、ナナもお勉強します、おにいさまと・・・」
じっと座って本を読んでいることも机に向かっていることも好きではないけれど、この人と一緒にいられるならきっと、我慢することができる。
「そうだね、ナナリーにも学ばなければならないことがあるよ」
するりと白い手が心地よく頬を撫でて背中に回り、緩くなだめるように叩かれた。
「でも、それはナナリーの得手を活かしたものだ。今のうちしかできないことだよ。天気のいい日の風の匂いを覚えること、アリエスや近くの丘を駆け回って地形や風の動きを探ること、花の形や種類や香りを知ること・・・」
「・・・おにい、さま・・・・・・?」
歌うように重ねる兄の言葉は、何気なく発されていてもその奥にもっと意味が隠されているようにも思える。
「覚えておいで、ナナリー。僕はいつだって、君を何よりも愛していることを。どんな時も君の最善を考えて行動していることを」
「でも・・・おにいさまがいないと、さびしいです」
細く筋の浮いた首に頬を摺り寄せると、背中を叩いていた手は抱きしめる手に変わった。華奢な腕全体でナナリーの小さな体を心地よく包んでいる。
「僕は君のそばから離れたりしないよ。でも・・・そうだね、時々なら・・・一緒にお昼寝しようか。一緒に丘に登って、花飾りも作ってあげる」
「ときどき、夜もいっしょにねてくれますか?」
「・・・ん〜〜、僕はもう母様と寝るような年じゃないからなぁ」
状況が許せば、それも叶えてあげよう。
くすくすと照れくさそうに笑う兄はどこか嬉しそうで。耳を擽る声に嬉しくなり――
「だから・・・一緒にがんばろう?」
「はい」
ナナリーは握っていた指に自分の指をそっと絡めた。
この人と、一緒なら。