水没したビルの谷間を進む影………

 その大きさは、ビルと比べても遜色無く、それはその大きさに見合う優雅な動きで海を進んでいく。


 海岸線の道路はUNマークの戦車によって埋め尽くされていた。

 もし戦争を体験した者が見れば、いや、例え戦争を知らぬ者でさえ、今から始まるであろう”戦争”の凄まじさは想像に難しくないだろう。

 それほどの数の戦車がそこにはあった。

 その全ての砲身が海を向き、ピクリとも動かない、まるで時が止まったかのように。


 音もなくただ時間だけが過ぎてゆく。

 

「ってーーーー!!」

 そのかけ声で止まっていた時が動き出す。

 海岸線を埋め尽くすほどの戦車、その砲身がが一斉に轟音を放つ。

 遙か海の彼方、いまや二本の足で立つ巨大な影に向けて。

 

 

 誰もいないホームの時刻表には全線不通の表示。昼間であるにも関わらずホームに停車し、動かないリニア。

『本日12時30分、関東地方を中心とした関東中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかにシェルターへ避難して下さい。

繰り返しお伝えします、速やかにシェルターに避難して下さい。………特別非常事態宣言が発令され…』

 人の気配のまるでないホームに、避難勧告がむなしく響きわたる。

 そんな中、一人歩く影。白のカッターに黒いズボン、どこかの学校の制服を着たの少年は大きな荷物を抱え、駅の出口に向かって進んでいく。







Neon Genesis Evangelion
あるいはこんな碇シンジ



第一話 少年






 閑散とした街を軽快に飛ばす、一台の青い車。

「まいったわね〜。こんな時に見失うだなんて」

 サングラスの女が運転席で独りごちる。

 その助手席には、クリップボードに留められた数枚の報告書と一枚の写真。そこには先ほど駅のホームにいた少年が証明写真のように写っている。

 報告書の氏名欄には碇シンジと書かれていた。

 

 

「……ここは何?」

 先程駅のホームを歩いていた少年は、呆然と辺りを見回していた。

 そこは集会場の様に見えた。老若男女区別せず、好きな所に座っているように見える。皆好き勝手にガヤガヤとリラックスして喋っている様だ。何故ここに居るのか、少年は思い起こした。

 

 リニアは少年の目的地であり、終点である第三新東京市に付く前に停車し、乗客は皆下ろされた。

 乗客はリニアから降りると、行列となって進んで行く。少年はその動きを奇妙に思いながらも、こみ上げてきた尿意にトイレへと走った。

 そして、トイレから出た少年を迎えたのは、無人のホームと特別非常事態宣言を告げるアナウンスであった。

 少年は駅を出た所で途方に暮れ、座り込んだ。辺りを見回しても駅前は昼間であるのにも関わらず、人っ子一人おらず静まり返り、まるで誰もいない世界に一人取り残された様な気分だった。

 静かな広い駅前広場の向こう側をジープが一台凄いスピードで走って行く。何とは無しに見ていると、ジープは急制動をかけ、大きなブレーキ音を響かせながら止まった。

「おい!そんな所で何をしている!」

 乗っていた、軍人風の男が半身を乗り出し、声を…いや怒鳴り付けた。静かな駅前に、その声が響きわたる。

「えっ!はっはい、急にリニアが止まって、電車を下ろ…」

 声をかけられるとは思っていなかった少年は、怒鳴られ勢い良く立ち上がる。

 そしておどおどしながらも理由を話す。

「避難警告が出て…えぇい。話は良い!とっとと乗れ!」

 男は少年の話を途中で遮ると、ジープの助手席を指さす。

「えっ?あの、僕は第三新…」

 少年は訳が分からず、もう一度話そうとする。

「良いから早く乗れ!」

 だが、敢(あ)え無く遮られる。男はイライラし始めたのか、怒鳴り声がさらに激しくなる。

「は、はぁ……」

 少年は訳が分からないまま、その怒鳴り声に押され、荷物を担ぎジープに向かって早歩きで歩き出した。

 車に付くと、男が無線で何かを喋っていた。何か焦っているのか、それは怒鳴り声に近い。

 少年は躊躇し、ジープの横で立ちすくんでいる。

 その様子を怒鳴りながら横目で見ていた男は、目線で早く乗れと言う。少年はそれでも躊躇しながら荷物を後ろに載せ、助手席に乗り込む。

 男は無線機を叩き付けるように、ホルダーに戻すとハンドルを握る。

「行くぞ!飛ばすからベルト付けて、しっかり掴まってろよ!」

 男はそう言い放つと、アクセルを踏み込み一気にジープを発進させる。まだ及び腰だったシンジはその加速に振られ、あわてて体勢を保ち、シートベルトを手探る。男が言った通り、少しでも気を抜くと振り落とされそうだった。

 少年はようやく腰を落ち着けたが、どこに行くのかと思考を回す暇もなく、また事態が進んで行く。

 ジープの上空を戦闘機が通過した。悲しいかな幌(ほろ)もないジープでは全てが丸見えだった。そしてそれを追いかけるようにミサイル。

「ミ、ミサイル!?」

 なんの心構えもない少年は、その存在に驚きを隠せない。少年はジープが直線に入り安定していることを良いことに、振り返りミサイルの行き先を見る。

 その先には、遠く離れた山間から顔を出す、黒い巨人の姿があった。

 爆発は、空気を揺らし少年の身体を打った。だが爆煙の影からは、無傷の巨人の姿が見えた。

「!なっ、なんですか!?あれは?」

 少年は叫ぶように隣の男に声をかける。そうでなければ声が、風と爆発音で掻き消されるから。

 巨人はもう先程少年が居た駅の辺りにいた。そしてミサイルの爆発音とは違った、何かが潰れた様な音、間を置かず火の手を上げる爆発。

「何でも良いから頭下げて、掴まってろ!」

 男はそんな少年の叫びも押さえ込み、ただただアクセルを踏み込む。

 

 そして連れてこられたのがここだった。

「……ここは何?」

 少年は繰り返した。

「あ?シェルターだ。…それで名前は!?」

 先程のことを振り返っていた少年に、先程の男が声をかける。手にはクリップボードを持っていた。

「えっ?ぼ、僕ですか?」

 ドアを開けたところで、中を見回していた少年は後ろから声をかけられ、驚いて後ろを振り返る。

 何故ここに居るかも解らない少年は、どうやらここはシェルターらしい、と言うことしか解らず聞き返す。何故シェルターなのか?それすらも解らない。

「そうお前の名前だ!」

 男はイライラしてきたようで、手元のボードをペンでカツカツと叩く。

「僕はシンジ……碇シンジです」

 それが『子供』の名前であった。

 

 

「なにーー!シェルターで保護された、ですってー!?」

 先程戦闘機が落ちた駅前を、辛くも脱出したサングラスの女は、かかってきた連絡に嘆きの言葉を発していた。

 その愛車は、破片によって傷つき新品同様、とは言えない状態になっていた。

 

 

 広い空間を喧噪が満たす。

 あちこちのモニタが刻一刻と表示内容を変えていく。

「正体不明の物体は、本所に向かって進行中!」

 辺りの騒音にもかき消されずに響きわたる声。

「目標を映像で確認。主モニターに回します!」

 また別の所から声があがりその声と共に、凄まじく大きいモニタに先ほどの黒い巨人が映り出す。

 モニタの下の空間には、ワイヤグラフによる立体地図が浮かび上がっている。

 先ほど声があげられた所より高いところ、そこには周りの喧噪が嘘のように静かに佇む二人の男が居た。

 一人は起立ししっかりと腰を伸ばして、後ろ手に腕を組んでいる、白髪混じりの男。

 もう一人は椅子に座り机に肘を突き、顔の前で手を組みその口元を隠している、眼鏡の男。

「……15年ぶりだね」

白髪混じりの男が呟く。

「ああ、間違いない…使徒だ」

眼鏡の男確信を持った声で口にした。

 

 

「シンジ君ね!?」

 訳も分からないまま、シェルターに連れてこられたシンジ。周りに知り合いが居るでもなく、またここに連れてきた軍人もどこかへ行ってしまった。

 これまでの経緯を考えると、どうやら外に出ることは出来そうにない。仕方がないので、先程の高ぶりのままに、部屋の隅に座り込んでいた。

「はぁ…そうですが?」

 その思考が、戦闘機やミサイルの事に行き着く時間もなく、また一つ物語が進んで行く。

「良かっ…た……ハァハァ」

 シンジの目の前にサングラスの女が居た。ここまで走ってきたようで、上半身を倒し両手を膝に置いて、呼吸を落ち着けている。

「フゥ…迎えに来たわ。碇シンジ君」

 あっという間に呼吸を落ち着けた女は、その顔に笑顔を浮かべると、右手を差し出す。

「あの……どなた…ですか?」

 手を差し出されたものの、どうして良いのか解らず、シンジは座ったままサングラスをかけた女の顔をのぞき込む。

 少しクセのある濃紫の髪を、肩の辺りまで伸ばした女。

 田舎から出てきたばかりのシンジには、この辺りの知り合いは居ない。当然目の前の女性にあった覚えはなかった。

「あれ?写真も一緒に送って無かったかしら?」

 女は笑顔を崩さずに、手を引き背筋を伸ばすと、サングラスを外し胸ポケットへしまい込む。

 シンジはそう言われて、自分が第三新東京市に向かっていた事を思い出した。確かに、手紙には写真が同封されていた。胸元を強調した格好で『ここに注目』などと書かれた、シンジには刺激の強い代物だったので、顔までしっかり憶えていなかったのだ。

「あっ、迎えに来てくれるって言う……えっと…葛城さん……でしたっけ?」

「そう、葛城ミサトよ。よろしくね」

 もう一度手を差し出す、ミサト。

「はい。よろしくお願いします」

 ようやく頼る人を見つけたシンジは、笑みを浮かべて挨拶を返す。そして、立ち上がり荷物をかついだ。シンジは恥ずかしかったのだろう、その手を取らなかった。

 ミサトはばつが悪そうに手を引き、シンジを自分の車へと先導した。

 

 

「目標は依然健在。現在も第三新東京市に向かい進行中!」

 主モニタに映る使徒は、ミサイルを次々と受けながらも何もないように歩いていく。

「だめです!航空隊の戦力では足止め出来ません!」

 それは言うまでもなく、モニタを見ている皆に解っていることであった。

 先ほど呟き合っていた二人の男の前に、三人の軍服を着た男達が並んで座っている。男達は、主モニタを睨み付けながら命令をくだす。

「総力戦だ!!厚木と入間も全部挙げろ!」

「出し惜しみは無しだ!!なんとしても目標をつぶせ!!」

 ミサイルが目の前で弾けても、体勢を崩すだけでどこにも損傷がない。

 今までの常識が通じない、そんな相手を目にしながら男達は使命を果たそうとする。

 道に並んだ、ミサイルランチャーを積んだ車両からおびただしい数のミサイルが打ち出される。ミサイルがまさしく雨霰(あめあられ)と使徒に降り注いだ。

 しかし使徒は変わらず歩を進める。そんな中、使徒に向かって大型のミサイルが飛来した。

 先程までのミサイルには見向きもしなかった使徒も、その大きさに少し気にかかる物があったのか、片手で受け止めた。使徒の腕周りが一回り太くなる。

 しばらくの間続いた力比べは、ミサイルの装甲が負けることによって終わった。ミサイルが裂け、使徒にまとわりつくように制止した。

 数瞬の間をおき、凄まじい爆発が使徒を覆う。

 だがその爆発も、使徒には大した外傷を与えていない様に見えた。

「何故だ!直撃のはずだぞ!!」

叫びながら拳を机にたたきつける軍服の男。

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果無しか………」

 他の者達もただ呆然とモニタを見、うなだれるだけだった。

「…やはりATフィールドか?」

 白髪の男が眼鏡の男に確認を取る様に問う。

「ああ…使徒に対して、通常兵器では役に立たんよ」

 眼鏡の男は、その事実をさも当然のように答える。二人はこの常識はずれな生き物に対して、まだどうにか出来る自信が有るようだ。

 そんな静けさには、目を向ける余裕もない軍人の机の上にある電話が鳴る。

 軍服の男は、受話器を取り上げた。

「はい……はい、予定通り発動します」

 その内容は、彼らが持つ最強にして最後のカードの提示であった。

 

 

 シンジを乗せた車は先程のシェルターのある町を背に、ひた走る。

 シェルターを出る時に、ミサトと軍人との間に、作戦中が…、危険が…、もう少し待て…、等の口論が有ったが、ミサトはソレを振り切りシンジを車に乗せると走りだしていた。

「あの…あれ何なんですか?」

 シンジは横のガラスにへばりつき、今来た道の方を見ている。

 窓の向こうには、黒い巨人に攻撃を仕掛ける戦闘機が見えた。この距離から見ると、まるで人に群がる蚊蜻蛉(かとんぼ)の様だ。

「あんなの見たら、もっと驚かない?」

「はぁ…そうですか?」

 落ち着いているわけではない、ただ単に現実感がないだけだ。

 ちらりとミサトを目だけで振り返ると、またガラスにへばりつくシンジ。

「あっ、飛行機が離れて行く…」

「何ですって!」

 ミサトはブレーキを踏み込むと、窓を振り返る。

「ぐぅっ!」

 急ブレーキに上体を一気に持っていかれたシンジは、シートベルトに身体をしめられた。

 そんなシンジに目もくれず、巨人の方を見ていたミサトは、はっとこれから起こることに気が付く。

「…っN2!シンジ君伏せて!」

「うっ!」

 凄まじい閃光が、見物中のシンジの目を焼く。と、同時にミサトがシンジの頭を押さえ込む。

「ぐぇ」

 衝撃波があっという間に迫り車を襲う。後輪が浮いたと思った瞬間、一気に持ち上がり木の葉の様に転がる。

 その瞬間、シンジの背筋に冷たい物が走り……そして現実がつながる。

「あぁああぁぁ!!」

 洗濯機の様に回り続ける車の中で、上下の感覚を失う頃シンジは気を失った。

 

 

「やった!!!」

 軍服の一人が勢い良く立ち上がると、辺りもはばからず歓喜の声を上げる。

 モニタには凄まじい光り、爆発に身を包まれた使徒が映っている。

 都市と呼ばれる規模の街を、一瞬にして炎の渦に巻き込んでしまうほどの爆弾、N2。それが軍人達の切り札。

「残念ながら、君たちの出番は無かったようだな」

 一人が振り返ると、後ろにいた二人に嘲るような声を掛ける。男達はN2に対して絶対の自信を持っていた。

 しかし二人は見えないように肩をすぼめるだけで、取り合おうとしていない。彼らにはその結果が分かっていたのだろうか?

「衝撃波、来ます」

 下の方から警告が発せられ、モニタから使徒の姿が消え、砂嵐に変わる。

「あの爆発だ。ケリは着いてる」

 軍人達は椅子に腰を深く落ち着け、モニタを見るとも無しにみる。


     そう、あの爆発に対してその原型を保てる物など無いのだ。

     …本来ならば。


「センサー回復します」

「爆心地にエネルギー反応!」

「なんだと!!!!」

 その報告に男達は反射的に立ち上がってしまう。

「映像回復します」

 声と共に、主モニタが砂嵐から映像に変わり、煙の先に見えたのは数十キロにも及ぶであろうクレーターと………使徒だった。

 そう、使徒はあれだけの爆発に耐えきって見せたのだ。

「我々の切り札が……」

「なんてことだ」

「化け物め!」

 世界で最大級の爆弾であるはずのN2に耐える目標。それは男達にもう打つ手がないことを自覚させるに十分な事であった。

 

 

 進行方向の右側を下にして横転した青い車は、民家にその頭を突き刺している。

 まるでオブジェの様であった青い車が、ユラユラと動く。

「いっつつぅー」

 そこから頭を出したのは、ミサトだった。辺りを見回すと、そこは農地の様であった。しかしN2の爆風によって全てがずたずたである。

「たぁく、何考えてんのかしら、国連軍の連中はぁ」

 ミサトの愛車である青いルノーは、そのフロントを民家にぶつけたせいでひしゃげ、もう動きそうに無い。爆発していないだけで、万々歳だ。

「シンジくーん、大丈夫ー」

 愛車の無惨な姿に嘆きつつ、車の中、自分より下にいる、シンジに声をかける。

「……シンジ君?」

 シンジは座っていた姿勢のまま、車のドアに落ちて、目をつぶったまま反応はない。

「シンジ君!シンジ君!」

 返事の無い事に、最悪の事態を考えたミサトは、あわてて車の中に降りていくと、シンジの口元に耳を近づける。

 呼吸はある、またシンジの身体に外傷らしきものも見あたらない。どうやらただ気を失っているだけのようだ。

「フゥ………」

 ミサトは安堵のため息を付くと、ひび割れ真っ白のフロントガラスを叩き割ると、シンジを外へと連れ出した。

 そして、懐から携帯を取り出し、コール・ネルフ。

「あっ、リツコ?ひっ………そんなに怒鳴んないでよ。……大丈夫、シンジ君は最優先で確保しているわ。

それでねぇ、ちょっとジェットヘリ向かわせてくんない?ドジっちゃってさ、ちょっと車が動きそうにないのよ。……ええ。

あっ、そうそう、念のために救護班も送ってもらえるかしら。

……ん〜、シンジ君が気を失っちゃってさ。…ひっ!……だ、大丈夫よ、外傷は無いみたいだから。……ええ……ええ、ごめんね。じゃ、お願い」

 ミサトは携帯を懐に戻すと、振り返った。そこには気を失ったシンジが、だらんと仰向けに寝ていた。

「………大丈夫かしら…この子」

 その瞳には、憐れみと、そして微かな侮蔑(ぶべつ)が現れていることに、ミサトは気付かない…気付かない。

 

 

 主モニタに大写しになる黒い巨人、使徒。その脇腹でエラの様な物が蠢き、まるで呼吸をしている様だ。

 これまでの爆撃では全く傷を負うことの無かった使徒も、N2の爆撃は多少効いたようで所々が焼け、吹き飛び、じっと佇んでいる。胸の辺りに付いていた仮面が、内側から現れた新しい仮面に押しのけられていた。

 国連の切り札であるN2に耐えた使徒を見ても、二人の男は静寂をまとい続ける。

「予想通り、自己再生中か…」

 白髪混じりの男が呟く。

「究極の単体生物だ。そうでなければ死滅してしまう」

 眼鏡の男の声にも先ほどとの変化を見つけることは出来なかった。

 使徒を映していた主モニタの映像が、突然歪んだと思うと砂嵐に変わる。

「ほう、大した物だ。この短時間で新しい能力を会得している。凄まじい適応能力だぞ」

「おまけにこちらの状況まで理解したようだ」

 突然のアクションにも、二人には動揺を与えていない。

 数瞬の後、先程とは別のアングルからの映像が主モニタに戻ってくる。

「これでは再度進行も時間の問題か」

 白髪混じりの男は、さも当然の様に語る。

 人類の出来る最大級の攻撃に耐える化け物を見ても、毛ほども動揺しない二人。

 二人に纏っているものは、絶対的な自信そして余裕であった。

 ……その自信は一体どこから沸いていくるのだろう。

 

 

「うっ…」

 シンジが目覚める。

「気が付いたかい」

 それに気が付いた、白衣の男はシンジに声をかけた。

「んっ、……ここは?」

 シンジは目をこすり、身体を起こそうとする。が、男に止められた。

「頭を強く打っているから。もう少し寝ているといいよ」

「はぁ…」

 確かにシンジは頭に鈍痛を感じた。男の言うことに黙って従い、寝ることにした。

 やることが無いシンジは、気怠(けだる)いのを抑えて辺りを見回した。

 あまり広くない、辺りは鉄の壁、前と思う方向には椅子が並んでいた、そして不思議な浮遊感があり、まるで工事現場にでも居るような音が鳴り続けている。頭を打っているシンジには、かなり気分が悪い。

「葛城一尉!」

 男が前に座って、書類を読んでいるミサトに声をかけた。ローターの音がうるさくて、怒鳴らないと聞こえない。

 書類を読み終え自分の考えに没頭していたミサトは、声をかけられると椅子越しにシンジを振り返った。

「あっ、シンジ君、気が付いたぁ?」

 ミサトの声はこんなうるさい中でも、何故か通る。

「はぁ」

「ゆっくりしてて、今第三東京に戻ってる所だから」

「あの……ここは一体?」

 状況からおよそ見当は付いているが、考えをまとめるのが面倒なので、尋ねる。

「あっ、ジェットヘリよ。シンジ君こんなの乗るの初めてでしょ」

 上の空で考えていた予想を違(たが)わぬ答え。

「はぁ」

 シンジは頭痛を感じながらも、目を閉じた。

 

 

 軍服の男達が、下の段に降りた二人を見下ろしている。

「今から本作戦の指揮権は君に移った」

「お手並みを見せて貰おう」

 それは彼らの敗北宣言。

「了解です」

 眼鏡の男が答える。敬語を使ってはいるが、その言葉に敬はない。

「碇君、我々の所有する兵器では目標に対し、有効な手段がないことを認めよう」

 事実。

 それは覆らない事だった。

「だが、君なら出来るのかね?」

 最新の設備…武装を際限なく使える彼らが負けたのだ、それはあって然るべき質問である。

 しかしその口調は皮肉でしかなかった。

 体面など気にしていられる状況では無いはずなのに……。

「…そのためのネルフです」

 碇と呼ばれた眼鏡の男。

 その名は碇ゲンドウ。特務機関ネルフ総司令、それが彼の肩書きであった。

 ゲンドウは皮肉を平然と受け止める。

「期待しているよ」

 彼らは『ネルフ』に負けたのだ。

 そして軍服の男達が座っていた机ごと、一番上の段が沈んでいく。

     負け犬は退散する

「…国連軍もお手上げか。どうするつもりだ?」

 やり取りを後ろから黙ってみていた、白髪混じりの男が聞く。副司令冬月コウゾウ。

「初号機を使う」

 ゲンドウは振り返りもせず答える。

「なに?初号機をか?………パイロットが居ないぞ」

「問題ない。もうすぐ予備が届く」

 ゲンドウは余裕の表情で振り向くとそう言った。

     今、『ネルフ』が動き出す

 

 

「所でお父さんからIDカード貰ってる?」

 ネルフ本部があるジオフロントへの、大型直通エレベータ。ガラス張りでは有るが、今見えるのは暗い壁と、定期的に見えるオレンジ色のライトだけ、まるで地下鉄を縦にした様である。

 そこには、シンジとミサトだけが乗っていた。

「あっ、はい」

 シンジはヘリを降りる頃には、回復し荷物も自分で持っている。鞄をあさると、父親から送られた封筒を取り出し、逆さにして振ると中から硬いカードが出てきた。

 そしてカードをミサトに差し出すシンジ。

「オッケー。あっ、良いのよ、自分で持ってて」

 ミサトはカードを確かめると、シンジの手を押し返した。カードの確認と同時に、渡すはずの物は今も横転したままの愛車の中に置き去りである。

「はぁ……………所でこのカードって一体何なんですか?」

 シンジはカードをしげしげと眺めながら聞いた。

「ああっ、これ?これは本部に入るときに使う、認識カードよ。大切な物だから無くしちゃダメよ」

「あっ、そうなんですか…解りました」

 そう言われ、シンジはカードを財布の中にしまい込んだ。手紙はまた鞄の中である。

「それにしても、ヘリコプターなんてつかえるんですね」

 話題につまり、つい先程の事を言う。ミサイルや爆発、気を失ったことを避けて…。

「ええっ、そりゃ天下のネルフ総司令のご子息のためだからね」

 ソレが解っているのか、話に乗るミサト。

 その答えは、シンジの父親感をさらに訳の分からない物にした。

「へぇ……父さんって、そんなに偉い人だったんですね」

「……それだけじゃ無いんだけどね…」

 小さく呟くミサト。エレベーターの動作音に紛れて、シンジには届かなかった。

「?ぃっ!凄い、ジオフロントだ!!」

 ミサトが何か言ったのかと、振り向き尋ねようとした瞬間、ガラスの向こうに世界が広がる。そちらに魅入ったシンジは、ミサトが何か言ったのか、忘れてしまった。

「そう、これがあたし達の秘密基地ネルフ本部。世界再建の要、人類の砦となる所よ」

 ガラスの向こうには、巨大な地下空間が現れていた。






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