羽根
〜BEGINNING〜

第10話
〜さよなら大好きな人。〜

「うーん。」

台所の机の上の真っ白なノートを前に、頭をかかえこんだ彼がうなっていた。

そして。

隣の部屋では彼に溺愛な兄がじっと眺めていた。

気分は草葉の陰から見守っているらしい。

そして。

他の弟達はいつからか変わってしまったその兄の図を呆れたように見ていた。

そして。

兄達は呆れを通りこして見て見ぬふりをしていた。

「うー・・・。」

そんな悩む健を見てる快彦に対して弟達は、

「怪しさ極まりないよな。」

そう言われるとある意味身も蓋もない。

「なんかさー・・快兄って変わったよなー・・・。」

「いいなー。健兄。」

「なんで?」

「なんか愛されてるって感じでさー。」

そんなのん気なかよこの言葉に兄達がっくし。

「お前なぁ、男に好かれてうれしいやつってめずらしいぞ?」

「そうやで。」

だけどかよこはきょとんとしている。

「でもなんかさー、兄弟愛ってそれはそれで素敵じゃない?」

なんて輝かせて言う妹。

「・・なんかかよこが言うと怪しく聞こえへんか。」

「俺もそう思う。」

「ちょっとどういうことよっ。」

「で、健は何やってんの?」

「なんか新しいケーキ作りたいゆうてそのデザインとか考えてるん。」

「なんだそりゃ。」

「健兄ケーキ職人になるのかな?」

3人は頭をかかえる健に目をやってみる。

「あーもーわかんないっ。いいや、やーめた。」

「・・・。」

「誰が職人になるって?」

「めっちゃやる気ないやん。」

「快兄なに見てんだよっ。」

「あ、ばれた。」

その後、快彦と健が戦っていたことは言うまでもない。

 

 

「行ってきまーすっ。」

玄関先で彼の声が聞こえるのが始まりの合図。

「健お弁当持ったー?」

「あ、ごめんごめん、ありがとね。」

そんな健に続いてやってくるのはかよこだ。

「行ってきますー。ほら准兄はやくーっ。」

そして遅れてくるのは准一。

「ちょっと待てやかよこっ。」

「行ってきまーす。」

最初に出て行くのは健。

玄関は大きいわけじゃないから、準備ができたの人は門で待ってないとあとにつかえる。

出て行く時間はみんな同じくらいの時間だから、混雑になるのは目に見えている。

最近この混雑は少ない。

元々彼らと1本遅らせている電車に乗るのは博。

授業を取るのが不規則なためあまり朝は顔を出さない快彦。

剛は、学校はあるものの、3年の冬となると授業は少ない。

そして、進学はしない彼の就職活動は朝からは始まらない。

「行ってらっしゃい。」

「昌兄もはよせな乗り遅れてまう。」

靴紐を結びながら准一が呼ぶ。

「おー。」

それはまだ眠そうな声の昌行。

「はぅぁっっ。」

「准一どうしたの?」

「靴紐切れたーっ。」

「はいはい。」

そう言って新しい紐を出す博に対して准一は絶望感に満ちていた。

「終わった・・・。今日の運勢最悪や。しかも占いさそり座最下位やし。」

「はいはいわかったわかった。」

「准にー早くーっ。」

「ほら呼んでる呼んでる。」

「行ってきます・・・。はぁー。」

まったく、准一は単純だな。

「行ってらっしゃい。」

最後の一人に投げかけた声。

「おお。」

トーストを加えたままの彼は、口と手足しか動いていなかった。

「昌兄大丈夫?」

「おおー。」

単純な兄貴はボーっとしてるのが手にとるようにわかる。

「歩きながら寝ないでよ。」

「・・・おお。」

その博の痛い言葉にしっかり目を覚ます。

「あれ、剛は?」

「剛兄は今日休みや・・・。はぁ。」

昌行の手をひっぱりながらまだ尾を引く准一が答える。

「そっか。快彦は?」

「昼からちゃうのん?」

うーん。

今日ってさぁ、月曜日のはずだよね?

「・・・寝坊じゃないの?」

確か彼は月曜日と木曜日は朝からだったような・・・?

・・・。

「じゃぁ起こしてくるわ。」

「ああ、頼んだぞ。」

「ほな行ってくるわー。」

「行ってらっしゃい。」

そして、ため息が1つこぼれる。

階段を上がって行く足取りが妙に軽いのは、もう慣れてしまったからだろうか?

「快彦、朝だよー。今日学校は?」

俺ってすっかり主婦業やってるよな。

こういう時に実感する。

 

 

「健兄今日バイトー?」

「うん、5時まで。」

「じゃぁさぁ、今日行っていい?」

キラキラ目を輝かせて言ってる妹はいたって普通・・・なんだろうけど、なんか・・なんか・・怖いよ。

お前博兄に似てないか?

「別にいいけど。おごりじゃないよ。」

「なーんだ、ばれてんのか。」

のやろーっ。

仕事をなんだと思ってるんだ?

まぁ・・バイトだけど。

仕事は仕事なのー。

「あ、怒ってる?」

「別に。」

心の中の葛藤は、どうやら表情に出ていたらしい。

「あっそ。」

健兄、昌兄に似てるよねー。

なんか考えてることがクルクル表情で変わんの。

「お前今日何時に終わんのん?」

横で聞いていた准一がかよこに言葉を投げかける。

「んー?4時くらいかな。」

「あ、ホンマにぃ?」

「准兄も行くっ?」

「行くっ。」

健のバイト先はとてつもなくかわいらしい。

というよりもどう考えても女の子向けの店である。

もしくは恋人向け。

そんなところに女1人はまだしも、あろうことか男1人で行くなんてそんなアホな話があるかいな。

しかし、ここのケーキの味は絶品なことを准一は知っている。

そして、お持ち帰り以外に店に売ってる種類もいっぱいあることも知っている。

「楽しみやなぁ〜。」

なーんて、頭の上にはお花がたくさん咲いている。

准兄は誰に似たんだろう・・・?

 

 

「行ってらっしゃーいっ。」

その声3つ。

歩いて行く健・准一・かよこと違って、昌行は電車に乗るため、駅で別れるのだ。

「行ってきます。」

そんな声が1つ返ってくる。

「行ってらっしゃい。」

笑顔で返ってくる返事。

3人はその笑顔が元気の素になっていることに気付いている。

でも、振り向いた先にはもう、笑顔はなかった。

 

 

「じゃぁちゃんとカギしておいてね。行ってきます。」

「いってらあっしゃー。」

中途半端な・・・。

「・・・。」

やっと起こしたのにご飯片手に意識のない彼に気付くとむっとする。

日頃はなんとも思わないが、こっちは朝早く起きてるのにと考えるとなんだか腹ただしかった。

「ごーくーん、二度寝はダメだからね。」

なんてにっこり笑ってやったらこの弟は必ず目を覚ます事を知っている。

「・・・寝てねぇよ。」

そんな強がりが妙にかわいかったから許してやるか。

「なぁ博兄。」

眠気なまこの快彦が卵焼きを片手に聞いてくる。

「なに?」

「あんまいらいらしてるとはげるよ。」

「うるさいよっ。」

お前は何言ってもかわいくないの。

そう思いつつ家を後にした。

 

 

「じゃぁ来週ということで。」

「わかりました。」

「そうだ坂本。」

「はい?」

「お前下の兄妹に相談したのか?」

「・・・いえ・・まだです。」

「できるだけ早く言ってやったほうがいいぞ。」

「・・はい。」

わかってます。

わかってるんですけど・・ね。

 

 

「おいしーっ。」

結局彼等が来たのは5時すぎだった。

ので、当然健の仕事時間は終わってるわけで3人一緒のティータイム。

「健兄これなに?めっちゃうまいねんけど。」

「准一ラズベリー知らないの?」

「えー?なにそれ?」

フォークを口に加えながら?マーク1つ。

「いや・・別にいいよ、知らなくて。」

「ははは。」

「笑ってるけど、かよこ知ってんのか?」

「知ってるよー。知らなきゃ台所には立ちませんー。」

「あ、そっか。」

妙に納得してる准一をみると少し笑ってしまう。

「あのさー、食卓にラズベリーなんて早々現れないんですけど。そんな納得しないでくれる?」

「・・あ・・そっか。」

そんな兄達を見て笑ってしまう。

こんな日がいつまでも続くといいなと。

そんな気持ちでイチゴを口にほおりこむ。

でもそれは、夢でしかなかった。

 

 

「ただいま。」

「おかえり昌兄っ。あ、ちょっと聞いてやぁ、今日健兄のお店行ったんやけどな・・・」

階段の前にある大きな木の柱にゴロゴロしながら准一のお迎え。

「・・ああ。」

「・・・れ、なんかあったん?元気ない。」

いつもだったらどんなくだらない話でも聞いてくれる昌兄が今日はボーっとしていた。

「いや・・なんでもない。」

自分の目の前を通りすぎて行く兄の姿を見て、准一は何も言えなかった。

「なんか・・あったんかな?」

 

 

「えっ?」

それはみんなが寝静まった後だった。

台所で小さな話声が聞こえた。

そして、それは博の驚きの声。

「いつ行くの?」

「来週かな。」

「・・急な話だね。」

「ほんとはな、ずっと前から言われてたんだ。」

静かに話し出す昌行に、博はただうなづくだけだった。

「最初は弟達のために、金かせぐためだけの仕事だって思ってた。」

「うん。」

「今の世の中景気悪いし、いつリストラされたってわかんない。だけど、それされちゃ困るし、ただがむしゃらに走って来た。」

「うん。」

「でもさ、最近やっと楽しくなってきたんだ、今やってる仕事に。」

「結論・・出てるんだ。」

「ああ。」

「そっか。」

「試してみたくなったんだ、自分の力ってやつ。」

「うまくいかないかもしれないよ?」

「ああ。」

「違う土地で、違う社員がいる。友達って呼べる人なんてできないかもしれない。それでも行くの?」

「・・行く。」

「・・・そっか。」

「へっくしっ・・・。」

「え?」

2人の振り向いた先には5つの影があった。

そして、そこには元凶の剛がはたかれる図があった。

それを見てると思わず笑ってしまう。

「何やってんの?」

「え・・いや・・ははは。」

「聞いてたのか?」

「ごめんなさい。」

「眠ったんじゃなかったのか?」

誰もが答えようとして答えられなかった。

ただ、それを提案した准一が口を開いた。

「なんか・・今日昌兄帰ってきた時、悩んでたから。たぶん。博兄には話すんやろうな?って。だから・・・」

「昌兄も人が悪いよな。」

後ろからつけたしたのは快彦だった。

「いつになったら俺達も大人として認めてくれんの?」

「ばーか。」

そう言って髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやる。

「俺達さ・・止めないから。」

次に言ったのは剛だった。

「いつまでもガキじゃねーんだからさ。」

「まだ仕事も決まってないだろ?」

「・・・そうだけど。でも、俺だって、独り立ちくらいしてるよ。」

「朝起きれないくせに。」

後ろから博の声が飛ぶ。

「ちぇっ。」

そんな剛に笑ってしまう。

「行ってきてよ。昌兄。」

それは、いつの間にか強い眼差しを持った健だった。

「俺達、大丈夫だからさ。」

「そうやで。昌兄居なくたって、全然平気やもん。」

後ろから付け足したのは准一。

気づかなかった。

弟達がこんなに強くなっていたことに。

「それはそれで寂しいこと言ってくれるよな。」

「・・・。」

だけど、かよこは何も言わなかった。

「・・・かよこは?」

暖かい博の言葉に、涙がこぼれた。

「・・やだよ・・そんなの・・・。」

「かよこっ。」

快彦から声が飛んだ。

「そんなの・・やだよ。」

末っ子はいつまでたっても末っ子だった。

寂しいのは誰もが同じだった。

だけど、それを口に出せずにいた。

いや、出しちゃいけなかった。

強い意思で博に相談していたことも見ていた。

けど、納得できなかった。

ずっと一緒にいたかったのに。

簡単なことなのに。

それができないのが、寂しかった。

「私は・・やだかんね。」

そう言って上に上がってしまった。

誰もがどうすることもできなかった。

「俺・・行ってくるわ。」

買ってでたのは剛。

「俺が行く。」

遮ったのは昌行。

「俺の問題だ。俺が行く。」

それは、普段見ない昌行の目だった。

そんな一瞬のあと、いつもの柔らかい目に戻ってた。

「今日は遅いから、早く寝な。」

「あ・・うん。」

ぎこちないが反応を示したのは健だった。

「剛、お前は俺のとこで寝ればいい。」

「・・・わかったよ。」

 

 

コンコン。

「入るぞ。」

返事はなかった。

からっ。

夜中だからか、ドアを開ける音が響く。

「もう寝たのか?」

布団には、明らかに人が入っている光景が見えていた。

「起きてる。」

涙声のかよこの声。

少し笑って昌行は中へ入っていった。

「ホントに行っちゃうの?」

「・・・ああ。」

「私、お兄ちゃん達みたいに聞き分けよくないよ。だって、一緒だって・・・ずっと一緒だって思ってたから。」

「うん。」

「お兄ちゃん達がいたら、お父さんだってお母さんだっていらないって、そう思ってたのに。」

「うん。」

「・・なんで・・・?やだよ・・そんなの。」

「ごめんな。」

昌行は説得なんてしようという気はなかった。

酒を飲むと説教をはじめてしまうような性格は、普段出ることはなかった。

人はいづれ一人になるものだ。とか、

ずっと一緒になんていれるわけないだろ。とか、

思ってることはいくらでもあった。

だけど、それを口にすることはなかった。

ただ黙って、妹の言い分を聞いていた。

「なんで謝るのよー。」

「え?」

そう言うとゆっくりと眠っていた体を起こしてきた。

そして、約束の印なのか小指を出してきた。

「お兄ちゃん、私達のこと好き?」

「ああ、世界中で、誰よりもな。」

そう言うとくすっと笑った。

「だめだよ、一番は未来の私のお義姉さんなんだから。」

「何言ってんだよ?」

「絶対、がんばってよね。」

「ああ。」

「私もさ、がんばるから。」

「うん。」

「いっぱいいっぱい勉強して、昌兄びっくりさせてやるんだ。」

「楽しみにしてる。」

「でも、約束してね。」

「ん?」

「ちゃんと、帰って来てね。」

「・・・。」

「居なく・・ならないでね。」

誰かがいなくなるのはいやだから。

「・・ああ。」

「とりあえず、1年間って言ったよね?」

「がんばり次第でまた変わってくるけどな。」

「1年後、どっちが成長してるか・・勝負だよ?」

「そりゃお前に決まってるだろ?成長期なんだから。」

嫌味のように言ってやる。

「そういう意味じゃなくて・・」

「わかってるよ。」

そう言って差し出された小指に自分の小指をひっかけた。

「負けないから。」

「うん。」

「ゆーびきりげんまん。」

・・・絶対だよ。

 

 

そして、別れの時が来た。

 

つづく。

あのー・・昌行さんどこへ行くのかしら・・(爆)アメリカ?北海道?沖縄?謎なんですけど(笑)ご想像におまかせします。なんだかやっと書きたいシーンが書けるわ。ってかそれは次なんだけど(爆)しかし、長かったわ。ここまでくるのに。ほんとはすんなりみんなに納得してもらって・・のはずやってんけど、それじゃおもしろくないなって。で、一番だだこねで書きやすかったのが末っ子・・と(笑)最初のこう意味のないあたりは「平和な日々」っていうのを表したかっただけですんで。ほら、健ちゃんのケーキ話とか、朝の出来事とか。別に何も意味はないです。しかし、これでよかったんでしょうか?終わり方として。次で最後な勢いですが、一体どうなることやら。