しばらく俺達は見つめあったままだった。
無常にも、雨は降りつづけている。
霊は雨に弱いという名神があったけど、そんなことを言ったのは誰なのか?
いや、もしかしたら彼女が降らせているかもしれないと、そんな気がしてくる。
動けない。
負けてるのは俺の方。
それは、彼女の力とかそんなんじゃなくて・・・強い霊気のせい。
一体何年その姿だったのだろう?
未熟な俺でもわかるような・・・そんな強い霊気。
「・・・知ってた?」
先に口を開いたのも彼女が先だった。
その質問に答えられなかった俺に対して彼女は続けた。
「この曲ねぇ、5番まであるんだよ。」
今までの経験上、霊というものは実にデリケートなものだった。
大切に扱わないとすぐに壊れてしまう。
まるで、ガラス細工のよう。
壊れてしまったら、2度と元の姿に戻る事はなくて・・・。
子供だったら簡単だった。
求める答えがわかるから。
彼女の答えは確かに簡単といえば簡単だった。
実に容易な質問。
『へぇー、そうなんだ。知らなかった。』
こう言えば、たいていは勝手に事情を話すだろう。
だけど、うかつに声が出せなかった。
何年もこの姿でいる彼女にとっては当然だろう。
「知ってた?」
もう1度聞く。
悲しい。
そう思った。
なんだか切ないような気分になる。
だけど、普通だった。
普通に聞こえる。
ウソはつけない。
見透かされる。
そんな気がした。
答えはNO。
「知らない。」
ずっと隠していた自分の感情。
忘れていた恋心。
いらなかったはずのもの。
だから、言われるまで忘れていた。
けど好きやった。
子供やったけど・・・。
恋なんて知らない年齢やったけど・・・。
あれが本物かわからへんねんけど・・・。
好きやった。
大嫌いだと言われたことを忘れたわけやない。
それでも好きやった。
大好きやった。
大好きやったのに・・・。
守れなかった。
気がつかなかった。
忘れていた。
いや・・・忘れたかった。
傷つきたくなかってん。
これ以上な。
大事な人失いたくなかったんや。
だから『別れ』を選んだ。
キライと言われて会わないことを誓った。
でもな・・わかって。
こんな別れは・・・1度も望んでへんよ。
なんで死んじゃったん?
もう会えへんの?
「あたしととらちゃんのラブソング。」
「・・・あめふり?」
彼女は小さく頷いた。
なんとなくわかる。
わかるよ。
子供の頃のそういう経験は俺もあったから。
「王子様に見えた。」
「と、、とらのすけがぁっ??」
大笑いしそうな悟が必死に答える。
「うん。」
「せんせぇーさよーならー!」
「ばいばーい。」
子供達はそれぞれお母さん、お父さんに連れられて帰って行く。
もちろん、その中にも虎之介はいた。
「え!来れないってどういうことですか??」
「ちぐちゃん、今日ねお母さん来れないんだって。」
突然の出来事だった。
「うちね、両親2人とも共働きで忙しかったんだ。中々迎えにも来てくれなくて、いつも1人だった。この日はお母さんが迎えに来てくれる日。久しぶりだった。だけど、来れなくなった。ずっと仕事仕事ってゆうから、嫌われてたんだよね・・・。」
「せんせぇーさよーならー。」
「ちぐちゃん気をつけてねー。もうすぐ雨ふるかもしれないからね。」
「うん!」
ちょうど公園とおりかかった時に急に大雨が振り出した。
雷も鳴ってて・・怖かった。
1人ぼっちの雨宿り。
小さな遊具。
「なにしてんのん?」
気がつくと涙が溢れてた。
虎之介だった。
なんだか、ほんとに安心したよ。
だから、涙が止まらなかった。
彼は何も言わなかった。
どうしていいかわからなかったんだよね。
だけど、彼は傘さしてくれた。
自分の小さな傘に私だけを入れて、なんとかして元気付けようとしてくれて、走り回ってた。
なんだか、うれしかった。
・・・なんでとらがそこにいたんだろう?
そう思いながらも彼女が楽しそうに話すから頷いてみる。
そして・・・なぜ彼女は俺にこんな話をするのか?
霊の考えることはわからない。。
「とらちゃんはもう忘れてるだろうなぁ。」
・・・。
「そんなことないよ。」
それが、俺の精一杯の言葉。
「忘れてるよ。そんな物覚えいい人じゃなかったもん。」
「子供ん時から変わってねぇじゃんとら。」
「そうなんだ。・・・けどね。」
「ん?」
「とらちゃんは渡さないよ。私の婚約者だもん。」
「けど・・・」
「大嫌いって言った後すごく後悔した。2度と関係が戻ることはなかったけど、ずっと好きだったよ。」
「・・・。」
「結婚するんだ。とらちゃんと。」
彼女の目が怖かった。
ヤバイと思った。
手遅れかもしれないとも考えた。
なんであの時俺は彼女を切れなかったか?
悪霊になる寸前だったのに。
ギリギリで止める事ができたらよかったのに。
だけどどこかで、これは虎之介の問題だと思ってしまっていた。
その後彼女は消えたけど、行方はわからない。
「絶対に。」
恐怖が俺の頭をよぎった。
「ただいまー。」
あ・・・れ??
とらどこ行った??
『こうえんいってきます。 とらのすけ。』
な・・なんだ?これ。
きったねぇ字。
書き置き?
とらにしてはめずらしんだけど。
しかも、なんでこんなにひらがなぞろいなんだろうか?
「とーらー。」
なんか・・似あわねぇなぁ、ブランコ姿。
傘もささずになにやってんだか。
柄じゃねぇぞ。
「とら、なにやってんだよ。早く帰ろうぜ?」
傘をさしてやる俺に向かって彼は不思議そうな顔をした。
元々大きい目をさらに大きくして俺を見つめる。
まるで、少年のように。
そして、どことなく彼はボーっとしている。
俺を見たことがないように。
「とら?」
「にいちゃんだれや?」
「えっ?」
「にいちゃんだれー?」
「と・・・ら・・・?」
「にいちゃんなにしてんの?」
「な・・にって、お前を迎えに来たんだよ。」
「にいちゃんが?ぼくな、ちぐちゃんってゆう子に迎えに来てもらうねんで?」
予想外の解答に返す言葉もなかった。
「ちぐちゃんがな、ゆっててん。みんなで遊びに行こうって。ちぐちゃんと、ちぐちゃんのおとんとおかんと、僕のおとんとおかんとねえちゃん。みんなで遊びに行くねん。」
だって、彼の家族は死んでるはずで、彼女も、彼女の家族だって亡くなってるはずじゃ・・・。
「虎之介、目覚ませよ。」
「僕起きてんでぇ?」
「そうじゃなくて!!ちゃんとわかってんのか?みんなのとこ行くってゆったらなぁ、死ぬってことなんだよ。それわかってんのか?」
「えー、なんで死ぬん?だってみんなちゃんと生きてんで?にいちゃんおかしいわぁー。それにみんな見たことないやろ?みんなええ人やねんでぇー。」
「と・・ら?」
なにかが違ってた。
彼の心が子供に戻っていること。
それがまだ両親がいたころだったこと。
彼の行き先がおかしかったこと。
激しい雨が止む事はなかった。
「とらちゃんは私だけのもの。」
聞こえた声に寒気を感じた。
霊気を感じた。
彼女だった。
悪霊になってしまった彼女だった。
完全な悪霊だった。
「あー、ちぐちゃんやぁー。」
そんな無邪気に笑う彼。
彼にはちぐちゃんに見えているのだろうか?
悪霊に変わってしまった俺の大切な人の婚約者。
少年に戻ってしまった俺の大切な人。
俺は・・・何ができるんだろう?
to be continue