D×D

第6話
ー誰にも渡さないー



しばらく俺達は見つめあったままだった。

無常にも、雨は降りつづけている。

霊は雨に弱いという名神があったけど、そんなことを言ったのは誰なのか?

いや、もしかしたら彼女が降らせているかもしれないと、そんな気がしてくる。

動けない。

負けてるのは俺の方。

それは、彼女の力とかそんなんじゃなくて・・・強い霊気のせい。

一体何年その姿だったのだろう?

未熟な俺でもわかるような・・・そんな強い霊気。

「・・・知ってた?」

先に口を開いたのも彼女が先だった。

その質問に答えられなかった俺に対して彼女は続けた。

「この曲ねぇ、5番まであるんだよ。」

今までの経験上、霊というものは実にデリケートなものだった。

大切に扱わないとすぐに壊れてしまう。

まるで、ガラス細工のよう。

壊れてしまったら、2度と元の姿に戻る事はなくて・・・。
 

 

子供だったら簡単だった。

求める答えがわかるから。

彼女の答えは確かに簡単といえば簡単だった。

実に容易な質問。

『へぇー、そうなんだ。知らなかった。』

こう言えば、たいていは勝手に事情を話すだろう。

だけど、うかつに声が出せなかった。

何年もこの姿でいる彼女にとっては当然だろう。

「知ってた?」

もう1度聞く。

悲しい。

そう思った。

なんだか切ないような気分になる。

だけど、普通だった。

普通に聞こえる。

ウソはつけない。

見透かされる。

そんな気がした。
 

 

答えはNO。
 

 

「知らない。」
 

 

ずっと隠していた自分の感情。

忘れていた恋心。

いらなかったはずのもの。

だから、言われるまで忘れていた。

けど好きやった。

子供やったけど・・・。

恋なんて知らない年齢やったけど・・・。

あれが本物かわからへんねんけど・・・。

好きやった。

大嫌いだと言われたことを忘れたわけやない。

それでも好きやった。

大好きやった。

大好きやったのに・・・。

守れなかった。

気がつかなかった。

忘れていた。

いや・・・忘れたかった。

傷つきたくなかってん。

これ以上な。

大事な人失いたくなかったんや。

だから『別れ』を選んだ。

キライと言われて会わないことを誓った。

でもな・・わかって。

こんな別れは・・・1度も望んでへんよ。

なんで死んじゃったん?

もう会えへんの?
 

 

「あたしととらちゃんのラブソング。」

「・・・あめふり?」

彼女は小さく頷いた。

なんとなくわかる。

わかるよ。

子供の頃のそういう経験は俺もあったから。

「王子様に見えた。」

「と、、とらのすけがぁっ??」

大笑いしそうな悟が必死に答える。

「うん。」
 

 

「せんせぇーさよーならー!」

「ばいばーい。」

子供達はそれぞれお母さん、お父さんに連れられて帰って行く。

もちろん、その中にも虎之介はいた。

「え!来れないってどういうことですか??」

「ちぐちゃん、今日ねお母さん来れないんだって。」

突然の出来事だった。
 

 

「うちね、両親2人とも共働きで忙しかったんだ。中々迎えにも来てくれなくて、いつも1人だった。この日はお母さんが迎えに来てくれる日。久しぶりだった。だけど、来れなくなった。ずっと仕事仕事ってゆうから、嫌われてたんだよね・・・。」
 

 

「せんせぇーさよーならー。」

「ちぐちゃん気をつけてねー。もうすぐ雨ふるかもしれないからね。」

「うん!」

ちょうど公園とおりかかった時に急に大雨が振り出した。

雷も鳴ってて・・怖かった。

1人ぼっちの雨宿り。

小さな遊具。
 

 

「なにしてんのん?」

気がつくと涙が溢れてた。

虎之介だった。

なんだか、ほんとに安心したよ。

だから、涙が止まらなかった。

彼は何も言わなかった。

どうしていいかわからなかったんだよね。

だけど、彼は傘さしてくれた。

自分の小さな傘に私だけを入れて、なんとかして元気付けようとしてくれて、走り回ってた。

なんだか、うれしかった。

 

 

・・・なんでとらがそこにいたんだろう?

そう思いながらも彼女が楽しそうに話すから頷いてみる。

そして・・・なぜ彼女は俺にこんな話をするのか?

霊の考えることはわからない。。

「とらちゃんはもう忘れてるだろうなぁ。」

・・・。

「そんなことないよ。」

それが、俺の精一杯の言葉。

「忘れてるよ。そんな物覚えいい人じゃなかったもん。」

「子供ん時から変わってねぇじゃんとら。」

「そうなんだ。・・・けどね。」

「ん?」

「とらちゃんは渡さないよ。私の婚約者だもん。」

「けど・・・」

「大嫌いって言った後すごく後悔した。2度と関係が戻ることはなかったけど、ずっと好きだったよ。」

「・・・。」

「結婚するんだ。とらちゃんと。」

彼女の目が怖かった。

ヤバイと思った。

手遅れかもしれないとも考えた。

なんであの時俺は彼女を切れなかったか?

悪霊になる寸前だったのに。

ギリギリで止める事ができたらよかったのに。

だけどどこかで、これは虎之介の問題だと思ってしまっていた。

その後彼女は消えたけど、行方はわからない。
 

 

「絶対に。」
 

 

恐怖が俺の頭をよぎった。
 

 

「ただいまー。」

あ・・・れ??

とらどこ行った??

『こうえんいってきます。 とらのすけ。』

な・・なんだ?これ。

きったねぇ字。

書き置き?

とらにしてはめずらしんだけど。

しかも、なんでこんなにひらがなぞろいなんだろうか?
 

 

「とーらー。」

なんか・・似あわねぇなぁ、ブランコ姿。

傘もささずになにやってんだか。

柄じゃねぇぞ。

「とら、なにやってんだよ。早く帰ろうぜ?」

傘をさしてやる俺に向かって彼は不思議そうな顔をした。

元々大きい目をさらに大きくして俺を見つめる。

まるで、少年のように。

そして、どことなく彼はボーっとしている。

俺を見たことがないように。

「とら?」

「にいちゃんだれや?」

「えっ?」

「にいちゃんだれー?」

「と・・・ら・・・?」

「にいちゃんなにしてんの?」

「な・・にって、お前を迎えに来たんだよ。」

「にいちゃんが?ぼくな、ちぐちゃんってゆう子に迎えに来てもらうねんで?」

予想外の解答に返す言葉もなかった。

「ちぐちゃんがな、ゆっててん。みんなで遊びに行こうって。ちぐちゃんと、ちぐちゃんのおとんとおかんと、僕のおとんとおかんとねえちゃん。みんなで遊びに行くねん。」

だって、彼の家族は死んでるはずで、彼女も、彼女の家族だって亡くなってるはずじゃ・・・。

「虎之介、目覚ませよ。」

「僕起きてんでぇ?」

「そうじゃなくて!!ちゃんとわかってんのか?みんなのとこ行くってゆったらなぁ、死ぬってことなんだよ。それわかってんのか?」

「えー、なんで死ぬん?だってみんなちゃんと生きてんで?にいちゃんおかしいわぁー。それにみんな見たことないやろ?みんなええ人やねんでぇー。」

「と・・ら?」

なにかが違ってた。

彼の心が子供に戻っていること。

それがまだ両親がいたころだったこと。

彼の行き先がおかしかったこと。

激しい雨が止む事はなかった。
 

 

「とらちゃんは私だけのもの。」
 

 

聞こえた声に寒気を感じた。

霊気を感じた。

彼女だった。

悪霊になってしまった彼女だった。

完全な悪霊だった。

「あー、ちぐちゃんやぁー。」

そんな無邪気に笑う彼。

彼にはちぐちゃんに見えているのだろうか?

悪霊に変わってしまった俺の大切な人の婚約者。

少年に戻ってしまった俺の大切な人。

俺は・・・何ができるんだろう?

to be continue