奇跡の犬・リクちゃん 

好きになれない

リクは 中々車椅子が好きにはなれない。以前居た老犬パピやジョアンも 晩年後足が弱り 支えて歩かせていた時のように持ち上げて歩かせると前進した。これは人間にとっては かなりの負担である。ましてリクは老犬と違い前足だけでも歩くのが早いので パピの頃より年老いた私には ついて行くのが大変である。しかし、この格好で歩くと庭の木が大きく まだ、5月だというのに真夏並みに 生い茂って見える。犬の目には こんな風に見えているのだなぁ
お散歩ハーネスでも しっかり歩けるようになったリクだが、車椅子に乗るとジッと突っ立っている。無理強いは良くないだろうし、嫌いになって欲しくない、そんな思いで つい甘くなってしまう。犬の身体には良くないのは解かっていても 甘党のリクが喜ぶお饅頭を見せ「ここまでお出で!」と、
これで 少しは歩くようになった。しかし・・・まるで動きにくくする為に 重りを付けられれてでもいるかのような歩き方である。
こんな日が 一週間ほども続いただろうか。

チャンス

我が家の猫ヤンは 家の外に出る時は 紐に繋いで人間がお供する。殆ど庭の散歩程度で、偶に早朝人が通らない道路に出る事もあるが、人影が見えると 大慌てで中へ入る。ずっとそんな生活をしていると それは彼にとって 極当たり前のことで 出たい時は勝手口のドアノブをガタガタ鳴らし、首を擡げて 紐を付けてもらうのを待っている。
ヤンが 外に出る時は リクも出たい、これは元気だった頃からの習慣であった。ヤンが出してもらいそうだと察すると 大急ぎで出ようとするようになった。元気になった証拠だと思われる。マヒした部分以外は元に戻ってきた。
車椅子の練習も 部屋の中だけだったが、そろそろ外でもやらなければと思っていた。そうだ!これを使えば歩けるかもしれない。そう思った私は急いで 車椅子を持って リクを外に出した。案の定、猫を追いかけて歩いた!やっぱり歩ける!
傍を通られた猫の方は「おまえ、それ何付けてるねん、ヘンな格好やな」とでも云いたげに 少し離れたところを怪訝な顔をして通って行った。
それでも 少し歩いて草を食べたり 匂いを嗅いだりしている。狭い所へ入ろうとして引っかかると もう動かない。「お母さん、何とかしてよ」黙っていても手を貸してくれるのが当たり前だと 思っているようだ。そんな育て方をしたのだから当たり前か。
三浦英司さん著「ありがとう チャンプー車椅子の犬と歩んだ15年ー」のチャンプは 坂道を登るのにジグザグに上る工夫をしたとあった。まだまだ これからだと思うけれど、主人は「チャンプは元々優秀な犬だったからだ」という。「リクにはリクの良いところもあるけど」と付け加えてくれたけれど、飼い主の努力も違うかな?簡単に車椅子を買い与えただけの私たちと 試行錯誤され作られた車椅子では犬に通じ方も違うかもしれない。

え〜っ!

今日も 庭で車椅子の練習。猫のヤンも出して貰ったのに リクの近くには来ないで反対の方へ行ってしまった。その所為もあるのか「ここまでお出で!」と言っても、動かない。又お菓子を見せて「おいで」。「お母さんが持って来て!」リクはそう云ってるような顔で こっちを見るだけである。
その時、「ピ〜ンポーン」呼び鈴がなった。リクは一目散に玄関まで走って行った。
「何?走れるんや〜」早いはやい、敷石のデコボコも気にせず玄関まで 車椅子で初めて走った。

ヤンとリク

ヤンが 我が家に来た時は 母さん犬のパピと その子ジョアンが居た。ジョアンはお散歩の時 他所の猫に脅かされて以来、猫嫌いになっていたので、ヤンが嫌いだった。おまけにパピ母さんが 小さい猫を大切にするものだから 余計面白くない。
天真爛漫だったヤンは 可愛がってくれるパピに くっ付いて育った。そんな母さんが この世から居なくなり、やっとジョアンとも 仲良く暮らせるようになった頃、ジョアンもこの世を去った。それから 1年近くが過ぎ、リクが我が家の子になった。
ヤンも 10才になり 自分の世界が出来ていたので、簡単には 受け入れられなかったようで 机やベットの下に身を潜めて暮らすようになった。「先輩なんだから 堂々としていたら良いよ」私たちの気持ちは 全然通じなかった。
それでも、寒くなる頃には 2匹が寄り添って 寝るようになった。
そんな日が 続いていたのに、突然の事故で 半月の入院生活から戻ってきたリクは 以前のリクではなかった。少なからぬショックを受けたようである。
全く、傍へは寄り付かなくなってしまった。
それでも、いつの間にか リクの居る部屋に 入ってくるようにはなってきた。あれから、1ヶ月以上経ってからのことである。

四つ葉のクローバーは見つからない

2ヵ月半が過ぎ去り、リクが歩くように庭に植えたクローバーの種が 多すぎたのかこんもりと茂り随分成長した。リクは楽しみも限られるだろうけれど玩具で遊んだり 外を眺めたり以前の生活に近づきつつあるかにみえる。しかし、他の悩みも出てきた。散歩に行くと「誰か来ないか」と待っているのに 近くに来ると親しかったお友達でも、牙を剥いて吠える。我が儘にしてしまったのかと反省もするが、ひょっとして これは自分の身を守るための本能なのではないだろうか。特に大好きなトシちゃんが 尻尾を振りながらソッポを向いている。リクにとって寂しい事なのかもしれない。だけど、それ以上に変わり果てたリクを見るトシちゃんは もっと辛い思いをしているように見える。一緒に走り回った楽しかった頃を忘れてはいないのだ。今回のことで辛いのは リクだけではない。一番ショックを受けたのは 繊細なトシちゃんだったかも知れない。
いつものように 導尿した後 洗浄しようとしたカテーテルに水が通らないので よく見ると何かが詰まっている。病院で調べてもらうと 尿道結石になりかけの石だという、散歩でのマーキングが出来ないので こういうことが起こるらしい。又ある時、カテーテルが入らないので如何したのかと思って ふと見ると 根元辺りに2,5センチ程のコブのようなものがある。慌てて病院へ電話したが時間外で留守電になっていた。長い一晩を過ごし やっと連絡が付いた「男の子だから 導尿で 刺激され大切なところが膨らんだだけだから心配ない」との返事だった。こんな機能もなくなっていると思っていたのに 驚いた。知らぬが仏というけれど、知らないと心配ばかりしてしまう。
四つ葉のクローバーは 何時になったら見つかるのだろう。

仲間

東京へ行ってしまった娘のペット モモとアイアイを1週間ばかり預かることになった。6月13日新幹線に乗って 2匹は我が家に里帰り。丁度1年前テキサスから帰国し、検疫所から帰ってきた日と 同じ6月13日である。1年経って モモは3才、アイアイは2才になった。モモはひとり 玩具で遊び、だいぶ落ち着いてきた。アイアイは相変わらず甘えたで ジッとしていない。
半年振りの再会であるが 3匹は大喜び!リクはこのところ あまり食欲もなく、ちょっと退屈そうだったので 嬉しかったのかもしれない。今までのように一緒に遊び難いけれど 家の中を後足を引きずりながら走り回った。こんなに動き回って良いのかと思うほど・・・
その後 3匹で仲良く眠ってしまった。
翌日、車椅子を見たモモとアイアイは ちょっと不思議そうに見ただけで気にもしていないようだった。走り回る2匹と一緒に庭を動き回った。お昼はお散歩ハーネスで歩かせたら 狭い所にまで入り 至福の時を過ごせたかに見える。モモ、アイと一緒に行動し 眠り こんな生活が良いのか?
夕方 何時もは抱っこして公園まで行く。今日は初めて車椅子で出かけた。一生懸命歩いた。帰りは流石に疲れて動かなくなってしまった。いつものように抱っこして帰ると 家の近くでモモたちと同じくらいの大きさのフーちゃんと出会った。リクのお気に入りのワンちゃんでもあろ。慌てて近くまで行って モモ・アイと4匹で暫く遊び帰宅。

散歩の画像を娘に送り 様子を知らせた。「リクが元気だったら嬉しい」と返信が来た。これで安心して ニューヨークへ出発出来るかな?1週間 無事に過ごさねば。預かったアイはアメリカで買ったときからヘルニアがあるといわれていたらしい。リクの二の前には出来ない。この時アイを同じように見ていたアメリカ人は買うのを止めたようだけど 娘たちは「行く所がないと可哀想だ」と敢えて この子を迎え入れた。日本人的な考えか?
リクにとって 毎日が楽しく 障害のあることを忘れて過ごす日々が続いた。モモはアイとじゃれ合うのと 同じようにリクに接してくれる。道を通る犬や人に吠える2匹が移動するのと一緒になって 後足を引きずりながら走り回った。朝、昼と庭で遊ぶ2匹と一緒に車椅子を付けて走り 草を食み 匂いを嗅ぎまわる。時には私が後足を持ち歩かせる、この時が一番元気良く 動き回る。お蔭で 腰痛と腕のだるさに悩まされる事になる。リクの足になってやると決めた以上 頑張るしかない。
この2匹が来て 一番の収穫は家から車椅子で散歩に出られるようになったことだろう。買った車椅子を 少々改良し 後足を縛り付けるようになっていたのを真っ直ぐ下ろすようにネットを付けていた。この所 使用頻度が高くお散歩の帰り このネットが破れてしまった。しっかり踏み締めている。

最近 朝は食欲がなくお昼頃になってやっと食べていたのが みんな一緒に朝から食べるようになったのも 良かった事かもしれない。人(犬)の食べているのが気になり みんなが自分以外の食器のを欲しがるし 食べる速度が違うので管理が必要だ。朝晩 賑やかな事。人間だって一人寂しく食べるより大勢で食べる方が食欲も増す。同じだなぁ。一緒に暮らせると良いけれど、現実は厳しい。あと3日でモモたちは東京へ帰ってしまう。  

性格の違い

リクは 老夫婦に育てられた所為で 甘えん坊になった。私たちも以前は今ほど構わなかったし 犬や猫だけで留守番させることも気にならなかったのに 子育ての頃より孫には甘くなるのと同じで ついつい手を貸してしまう。娘から見ると 一生懸命歩いているのだから そのままにすれば良いのに抱っこして!ってことになる。判かっちゃいるけど止められない。つい、不憫に思うのは間違っているのか?
モモは テキサスに居た小さい頃 娘が日本とアメリカを行ったり来たりで 一人ぼっちで玩具で遊ぶことが多かった。犬も三つ子の魂か 今も遊んでは眠り、自由奔放に行動している。
アイアイは お姉ちゃんといつも一緒でママ(私の娘)とも暮らしてきた。環境によって夫々性格が違う。アイは甘え上手で ここで暮らした9日間 ジイちゃんの膝を独り占めして馴染んでいた。モモは機嫌よく過ごしているように見えたが 娘が帰ってくると ガラッと雰囲気が違った。緊張した毎日を過ごしていたようである。 
2匹が東京へ帰って行った日 何時ものように夕方散歩に出たが 家の前から歩こうとしなかった。何時までも突っ立っているばかり。その内お友達が通ってくれて 遊べた事を喜びとした、これで満足なら良いのか?夕食は食べたが翌日の朝は 一人では食欲はなし。みんなにつられての散歩であり、食欲であったらしい。思ったとおりだ。

敏感と鈍感

定期的に通う検診日に「顔色も良いし 体重も増えて元気そうだから、悪い所が広がる心配は もうないでしょう」と言ってもらった。大分前にも そんな風に言ってもらったような気がしていたが 未だ心配はあったのだ。それにしても顔色って判るような判らないような事だけど 体重が増えるのは良いのかな?1ヶ月に一度程度 病院へは行けば良い。ホッとした。
それから何日も経たないうちに リハビリをした後 左右の後足が違うことに気が付いた。左足がだらっとしている。最近 立たせるとまぁまぁ立つ事が出来るようになってきているのに 今日は右足だけで立ち、左を浮かせている。如何したんだろう。昨日勝手口から外を眺めていると ハナちゃんがお散歩していた、大急ぎで反対側の部屋まで後足を引きずって走って行った。この時足を痛めたのか、リハビリの時 無理をさせてしまったのか?
病院へ又 電話した。担当の先生は今日明日お休みだとか 明後日まで待たせて大丈夫ですか?応対に出て下さった先生は左右同じには良くなってこないものだけど 見ないと判らないと、そりゃあ そうでしょうね。主人に話すと 行こう!ということになった。左足は蹴る力も弱く反応が鈍い、右足は敏感に反応する。極端に違う。色々検査もして下さったが こんなものだという。序でにレントゲンを撮ったとき 剃刀で剃った背中に2ミリほどのブツッとしたものがあるので 聞いてみた。「オデキでしょう」とのこと。大きくなったり数が増えるようなら薬が必要だが 様子をみましょう、とのこと。次々心配したらキリがない。だけど、手遅れにはしたくない。

近所の友達

梅雨明け間近と思われるが 早々に蝉も鳴きだした。あれから4ヶ月。暑くなるにつれ リクの食欲がなく、朝は殆ど好きなものしか食べない。こんな時「お宅の子は 食べますか」と聞ける犬友が有難い。「うちもあまり食べません」と聞けば 安心する。
朝、猫が庭に出る時、車椅子で庭に出しておくと 機嫌よく庭で遊んでいる。夕方 今までは公園へ連れて行って 誰かが来るのを待っていたが 家の前へ出すだけに変えた。好きなハナちゃんやフーちゃんが通ると駆け寄り
 鼻を突合せ リクなりに精一杯 尻尾を振っている。気が向けば 一番近くに住むダックスのラッキーちゃんの所まで歩いて行き 門扉から覗いてくれるのを楽しんだりしている。
道端に佇んでいると 「如何したんですか?」「交通事故ですか?」「可哀そうに!」色んな人が通る。通り過ぎて 態々戻ってくる人も居る。「一生懸命頑張ってるのね。この子を見てると教えられることがありますね」仕事帰りの その人は暫く リクと遊んで行って下さる。
以前から リクの一番仲良しだったトシちゃんのママが「車椅子のびすこ」の本を貸して下さった。リクの車椅子と同じみたい。初めはやはり動かなかったみたいだけど 2匹での散歩が出来、フットサポートに乗せないで犬用の靴を履かせているとか、うちはネットを付けて足を降ろした状態で歩かせている。完全マヒでないから この方が良いのも同じだ。このびすこちゃんと違うところは 私達夫婦は甘いということか?すぐ手を貸す。先回りして出来る事まで勝手に手伝う、リクのために良くないのは判っているが・・・
 
リクの生活 

リクの生活用品も 徐々に増えてきた。ティッシュペーパー、綿花、綿棒、足を引き摺って歩くので その為のサポーター、傷薬、尿を抜くカテーテル、テルモシリンジ、消毒綿、暑い時私が子供のとき 祖母がしてくれたように扇ぎながら寝かす為の団扇 机の下にはペットシート、ヌレティッシュ、キッチンペーパー、外へ出る時用のペット用殺虫・忌避スプレー等々、 そして、おしっこの量やうんち、食事、薬など記録しているノート、必要に応じて増えてきた。
用具と同じように 生活そのものにもリズムが出来てきたように思う。何しろ若い時と違い 娘には しなくて良い心配ばかりすると叱られるけれど取り越し苦労が多い。安心していると トンでもない事が起こりそうな気がする。困ったものだ。
                                                      〈つづく〉










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