月影・海光・怪音

執筆
任那伽耶
分類
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幸江が昼間見せたあの様子から、どのような食事風景になるのかと少しハラハラしていたのだが、不思議と始終なごやかな雰囲気のまま、夕食は進んだ。

正直言って、まだ動揺は収まらない。テーブルの向こうにいる雫が気になってしまい、豪華だった食事の味はほとんど覚えていない。

ただ。

黙々と食事に手をつける雫の様子だけが、瞳から離れなかった。

部屋に戻ると、私はソファに深く身体を沈め天井を見上げる。

いったいどういうことなのか。

あれは夢だと思っていた。

所詮夢だと。

確かにあの夢は過去の記憶の断片なのではないかと、そう思ったことは幾度もある。しかしそんなことはないだろうという常識的な認識がそれを否定した。だからこそ何度も何度も、繰り返し同じ夢を見るという不思議な出来事も、偶然だと受け流すことが出来たのだ。

だのに。

彼女は――いや、夢の中の彼女と瓜二つな少女が、そこにいた。

そのことが私の土台を揺るがしている。

夢ではなかったのか?

それとも、ただの偶然なのか――?

アレが現実にあったことだとすれば雫や眞籠家の人々が何か反応しても良さそうなものだ。――雫がいくら変わった子であるにしても。

しかし、だからといって偶然だと言い切ってしまうにはあまり彼女は似すぎている。それこそまるで同一人物のように。

様々な仮説を立ててみるがどれも最終的に行き詰まってしまう。

何故いつも夢に見るのか。

何故夢の中の少女と眞籠雫はあれほどまでに似ているのか。

状況を説明するにはあまりにも情報が少なすぎるのだ。

「……今の段階では何を考えても堂々めぐり、か」

独り言を呟くと、冗長とした思考のループを振り払うように頭を振り部屋の外に出る。

考え込んでいるうちにいつの間にやら時刻はすでに深夜。ただでさえ人気の少ない屋敷は、まるで人っこ一人いないかのように静まり返っていた。

窓から射しこむ月の光が涼しげに廊下を蒼く照らし出している。

私はゆっくりと外の景色を見ながら歩いた。

蒼い光。

澄んだ水を思い出させる、透明な光。

外のそよ風を受けてゆらゆらと光は波打っていた。

あぁとても綺麗な景色だ、と、そう思う。あの時には及ばないものの、それは透き通った美しさを持っている。それに触発されたのか、私の〝最初〟の記憶が鮮明に再生され始めた。

青く静かな空間を、私は漂っている。

ゆらゆらと淡い光の中を流れていく。

冷たく、透き通っていて酷く綺麗だ。

このままこうしていられたら、どれだけ幸せだろうか――。

そんなことを考えたりする。

身体が半転する。

暗い海の底が見えた。

みんな、そこに流れていく。

私もあの闇の中に行くのだろうか。

ゆらり、ゆらり、と。

水底にこびりついた海草が手招きしている。

身体が、また半転した。

私はキラキラと輝く天を仰ぐ。

――光の中には天使がいた。

翼もなければ光り輝く衣もまとってはいない。

だがそれが天使であるのが私には分かる。

不意に、涙がこぼれた。

涙は、水に紛れて遠くへ流されていく。

だが冷たいこの空間の中で、涙の伝った跡だけが熱をもっていた。

私は光の中に手を伸ばす。

天使は微笑むと、

私の手を、優しくつかんだ。

「――竹宮先生?」

声に振り向くと、そこには美千代が立っていた。

「どうかなされたんですか? こんな遅くに」

「いえ、少し寝つけなかったもので外の空気を、と。どうもすみません」

少し考えそう言うと美千代はいえいえ、と手を振る。

「謝らなくても結構です、屋敷の戸締りを確認しに来ただけですから。それよりも、寝つけないようでしたら何かお持ちいたしますけど、どうなされます?」

「あ、いえ。大丈夫です」

美千代の親切を丁重に断る。

「それでは気分転換も出来ましたし僕はそろそろ部屋に戻りま……」

そう言って自分の部屋に向かおうとした瞬間。

どこからかドタン、と大きな物音が聞こえた。ちょうどタンスか何かをひっくり返したような感じだ。

続いてもう一度、物音。

そして再び屋敷は静けさを取り戻した。

遠くから響く蛙の鳴き声がどこか空々しい。

「な、なんでしょうか今のは」

怯えたように美千代が言った。

「どうやらこの真下のようでしたけれど。……行ってみますか」

二人して頷くと、階下に向かう。

細く長い階段を下りたところで左右に目をやる。とりあえず廊下とホールのほうは特に異常ないようだ。

「特に、変わった様子はありませんね」

「ということは部屋の中のどこかなんでしょうか?」

二人して頷くと、一つずつ部屋を確認していく。

洗濯場――洗面所――美千代の部屋――先代の部屋――物置と三つの空き部屋。食堂――台所――二つの遊技場――応接間。

どの部屋を覗いてもそれらしき異常はどこにも見られなかった。

しばらく調べまわって、私は溜息をつく。

「おかしいですね。確かに物音がしたと思ったんですが」

「でも、気のせいにしてはとってもはっきりと聞こえたんですけどねー。おっかしいなぁ」

美千代はしきりに首をひねっている。

「うぅむ、とりあえず異常は見当たりませんし僕はそろそろ戻ります。美千代さんもお早めに」

私が言うと、そうですねぇ、とまだ少し不安そうな顔をしながらも美千代は頷いて、すごすごと自分の部屋に戻った。

私はそれを見送ると、自分の部屋に戻るため階段に向かった。

背後に何か釈然としない違和感を背に受けながら。

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化石が見る夢

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