2001年8月15日に、奈良・西ノ京から暗峠(くらがりとうげ)を走って来ました。西ノ京は皆さんご存じだと思いますが、暗峠は大阪と奈良を最短で結ぶ「暗越奈良街道」が生駒山を越えるところにある由緒ある峠です。この古道は「日本の道100選」にも選ばれているそうで、今は国道308号線となっていますが、国道というイメージとはほど遠く、狭いうえに急坂の道が続いており、いかにも歴史を感じさせてくれる道です。
走ったコースは次のとおりです。私のメーターで往復44.9kmでした。
家を午前7時10分に出て、平城京跡の駐車場まで自転車を車で運びました。
天気は晴れ。朝早いというのに、日差しはすでに強く、体がこんがり焼けてしまうことを覚悟しました。
午前7時38分に平城京跡を出発。最初は西大寺へ。西大寺では特別展をやっているようでしたが、そのまま通過。問題は、西大寺を出てから道に迷ったことでした。垂仁天皇陵を目指したが、見つかりません。すぐそばに尼ヶ辻の駅があるはずが、それも見つからない。地図を見直したが、住宅街の中、情けないことに、自分の位置さえも分からなくなっていました。仕方なく、犬を散歩させている人に聞いて、やっと地図のコースに戻ることができました。
十数年前はこの近くに住んでいたから、勝手が分かっていると思っていたのですが、大きな道路ができたり、宅地化が随分と進んでいたせいか、すっかり迷ってしまいました。迷ったと思ったら、すぐに人に聞くのが一番ですね。
垂仁天皇陵のまわりは畑や田んぼのある、のどかな風景が広がっていました。奈良市内にも、まだこんなところが残っていたのかとうれしく思いながら、自転車は線路沿いの畑の中を走ります。すぐに唐招提寺です(8時33分着、9.2km走行)。唐招提寺では本堂を修理中でした。
そこから薬師寺、大池と行きます。大池からは、若草山を背景にして、薬師寺の東塔と西塔が見えます。ここは若草山の山焼きのときに絶好の撮影ポイントとなる場所なのです。20年程前カメラに凝っていたころ、若草山の山焼きを撮影しに来たことを思い出しました。
大池から住宅地を走り、赤膚焼の窯元が並ぶ中を抜けます。ガイドブックの地図に従い、第2阪奈道路をいったん横切って、すぐに左の道に入ります。これが国道308号線です。
とても国道とは思えないなぁとつぶやきながら住宅地の中を下ると、田んぼの中に出ます。第2阪奈道路の高架橋をしばらく左に見ながら走り、細くなった山の中の道へと入って行って、再び第2阪奈道路をまたいで、第2阪奈道路の左側(南側)に出ます。
ここからは、また山の中に入り、坂道もだんだんきつくなってきて、やがて榁(もろ)ノ木峠に出ます(9時48分着、17.4km走行)。榁ノ木峠付近には、榁ノ木弘法大師堂がありました。
榁ノ木峠を過ぎると、一気に生駒市側に下ります。この坂道が非常な急坂で、不用意にブレーキをかけるとスリップするほどで、慎重にゆっくり降りなければなりません。この激坂には、帰りが思いやられます。
しかし、山を降りると、南生駒の町並みの向こうに生駒山が大きく見えます。そして、目指す暗峠も飛び込んできました。
まだ宅地開発が進行中の場所を経て南生駒の駅前に着きます。この付近のスーパーで昼食用のおにぎりを調達。しばらく休憩して、10時30分に出発しました(ここまで20.7km走行)。
ここで、どの道が暗峠への道なのか、わからなくなりました。たぶんここだろうと見当をつけ、向こうから来る年配の女性に聞いてみると、「当たり!」でした。それにしても、わかりにくい。第一、標識が付けられていません。
暗峠への上り口は、南生駒駅の南側の橋を渡り、すぐに出る国道163号線の信号をまっすぐ山側に進むようになっています。その信号のすぐそばには、南都銀行があります。また、「むかいやま公園」の標識がありました。
ここからは、住宅の立ち並ぶ中、緩やかな坂道となっていますが、だんだんきつい坂道になってきます。かなり急な坂道を登り切ると、一転緩やかな道に戻ります。両サイドが高い木に覆われていますので、日陰となって涼しく、気持ちよく走れます。
しかし、それもここまで。そこから先には激坂が待っていました。「奈良側には激坂はなかったはずでは?」と思いながらも、どうにかペダルをこぎましたが、とうとう途中で休んでしまいました。それでも、ここから峠らしきものが見えます(右の写真)。あと一息です。
木陰で休憩していると、後ろからロードレーサーに乗った若い女性が登ってきました。「こんにちは。頑張ってください」と声をかけたものの、「俺もこうしちゃいられない」と思い、そそくさと再び激坂に挑戦。私は一番低いギヤを使ってましたが、その女性は私よりも2〜3枚ほど上のギヤを使っているように思えるのに、スタンディングでぐいぐい登って行きます。こちらもかなり頑張ったのですが、とうとう置いて行かれてしまいました。
「俺もまだまだだなぁ」と嘆きながら喘いでいると、途中ですれちがった中年夫婦のハイカーから「峠はもうすぐですよ。頑張って。」と声をかけられました。すると不思議なもので、急に力が湧いてきて、峠直前のさらなる激坂をクリアして、やっと暗峠に着きました(11時30分着、24.7km走行)。
ここが暗峠。峠付近は石畳の道になっているこの峠は、昔宿場としても栄えたそうです。峠付近に今も残っている石畳が、その歴史を物語っているように思えます。松尾芭蕉も生涯最後の旅で通ったようで、「菊の香にくらがり通る節句かな」の句が残っているとのこと。峠には茶屋がありました。でも今日はお盆の15日、さすがにやっていなかったような感じでした。
峠近くのお堂の横が日陰になっていたので、そこで昼食にしようとしたら、大阪側から先ほどのロードレーサーの女性が戻ってきました。てっきり大阪側に降りたものと思って聞いたら、大阪側の激坂を見て、今日は止めたとのこと。彼女は尼ヶ辻から走って来たそうで、西ノ京で道に迷って時間を無駄にしてしまったことを言っていました。私も最初道に迷ったことなどを話し、分かれました。
私も、今回は暗峠までで、大阪側には降りませんでした。大阪側は、奈良側よりもさらにはげしい激阪になっていると聞いていたので、この暑い中、とても今回は激坂を再び登る元気はありませんでした。次回の楽しみ(?)に取っておきます (^^;
さて、昼食を食べて一休みしたところで、帰路に着きました。暗峠11時45分発。出発して15分後には南生駒の駅前に着いていました。途中で写真をとったり、自動販売機のジュースを飲んだりしなければ、10分以内で降りられたものと思います。
来るときに、榁(もろ)ノ木峠の手前は相当な激坂になっていることを確認していたのですが、登るのはやはりきつかったです。それでも、ときどき前輪を浮かせながらも、また途中車が来ていったん停止を余儀なくされたにもかかわらず、一番低いギヤで何とか登り切ることができました。
垂仁天皇陵から西大寺まではちょっと遠回りして、平城京跡に着いたのが13時57分。44.9kmの走行でした。自宅には14時22分着でした。
今年の夏は例年より暑いですね。特にこの日は暑かったように思います。それだけに、坂道を登るのに普段より余計に体力を消耗したようで、自宅に帰ったときには、体がほてり、かなり疲れていました。でも、暗峠への道、楽しかったぁ。
【あとがき】暗峠付近や古道沿いには、古いお寺や石仏などがたくさんありますが、今回は見て周る余裕がありませんでした。いつか季節のいいときに、ゆっくり見て歩きたいと思います。
そうそう、生駒市のSさんからは、『暗峠からほど近い「鬼取町」というところに、有名な漫才師の自宅があるよ』とか『その近くにスリランカ人がやっている、おいしいカレー屋さんがあるよ』といった貴重な情報をいただいていたのですが、肝心の鬼取町への道を見逃してしまい、行けませんでした。これも次回のお楽しみとして取っておきます。
それから、暗峠を通る道は大阪と奈良を結ぶ最短コースであることを裏付けるように、確かに車の通行が多かったです。8月15日のお盆であればそれほど車は多くないはずだ、と踏んでいたのですが、それでも多いと感じました。普段の日曜日なら、もっと通行の車が多いのかもしれません。それにしても、国道とはいえ、すれ違いも難しい、あんな狭い道をよく通るものだと感心させられます。