We're alive
No.64

エピローグ 2

 レニーにだけは、アマゾンであったことをすべて話した。もちろんノーマンと交わした会話も。
「彼は、君に心からのお詫びを述べたいと言ったよ」
 そう言うと、レニーは黙って頷いただけだった。
 あの日ノーマンは、ヘンリー発見の報を傍受されたために、黒ヘリの刺客が飛んできたのだと言った。だとすると“組織”はヘンリーがノーマンを追っていることをあらかじめ知っていたのだ。知っていてヘンリーを泳がせながら監視していた。その点で彼は“組織”の片棒を担いでいたわけか。
 連絡を受けてブラジルに急行したときも尾行されたろうし、マナウスの港から船に駆け込み乗船したところまでは把握していたろう。この時、“組織”がノーマンの同乗までは確認していなかったと推測される。でなければ、支流に入ったどこかで船ごと攻撃されたはずだ。ただフランクかティムの姿は目撃された。だからきっと先回りして彼らの下船する場所を確認したら、急襲し一網打尽にするつもりだった……。これらはあくまでヘンリーの推測である。
 じっさい、ヘンリーが発見されたと知るや、あたふたと駆けつけた黒いヘリコプター。捜索隊の無線を盗聴しながら、付近を飛んでいたのに違いない。いつでもノーマンを仕留められるよう万全の体制を敷いて。
 結果、ヘリは落とされたがノーマンも死んだ。“組織”にとって、めでたしめでたしである。ヘンリーもお役御免で、監視も解かれたことだろう。なにしろノーマン捜しに血道を上げていたヘンリーが、流れ着いた屍体を彼であると認めたのだ。これ以上の証拠はあるまい。“組織”にとって秘密を知るノーマンやフランク、ティムが死ねばそれでいいのである。
 ヘンリーは三人の遺骨をそのまま埋葬することはせず、散骨という手段をとった。万が一、“組織”が埋めた墓をあばき、DNA鑑定などという手を使ったりしたら、非常にマズいからである。
 フランクとティムの遺体は、正真正銘の本人たちだったが、ノーマンについてはまったくの別人だった。ヘンリーはあえてその屍体をノーマンであると断言した。
 彼の最期を思い出せば、生きている可能性などあり得ない。誰にも気づかれないまま、密林の川べりで朽ち果てたか、はたまた、ワニの餌になってしまったか。
 それでも──とヘンリーは夢想する。それでも彼が生きていたとしたら、それはそれでいいのだ、と。
 ようやく彼はすべてから自由になったのだし。

 またたくまに八年が過ぎた。
 四十二歳になったヘンリーは、レニーとの間に二人の子宝を得、相変わらず仕事に精を出す毎日だった。
 店名である『フレッドの店』も変わらない。場所も同じく駅の裏通りだ。しかしグランド・セントラル駅の大改修に合わせて、初めて店を拡張した。フロア面積は三倍になり、店員やコックも増えた。今や堂々たる風格のレストランである。にもかかわらず、客層にたいした変化はなかった。理由はヘンリーの意固地さにある。グランド・セントラル駅が雨漏りを直し、コンコースの天井画の汚れもきれいに拭き取ったというのに、『フレッドの店』はいつまで経ってもあか抜けない。ヘンリーが、低所得者層の常連客が入りにくい店にはしたくないとゴネるからだ。あくまで“大衆食堂”が彼のモットーなのである。ただ最近はニューヨーカーの嗜好にも変化が起こっているようで、不似合いな若者の姿もちらほら見かけるようになった。彼らにも“メアリーのシチュー”は評判なのだそうである。

 ある日、ヘンリーはイギリスから手紙を受け取った。差出人はイギリス警視庁である。中の手紙を読んで、ヘンリーは仰天した。二体の白骨が先日、ロンドン郊外の山中から発見されたが、ヘンリーの両親ではないかというのだ。それでもしヘンリーに渡英してもらえたらDNA鑑定が可能なのだが、と書かれている。
 ヘンリーは半信半疑だった。レニーに相談すると、
「行ってみましょうよ。あなたは一度も国に帰っていないんだし、お姉さんのお墓参りだってできるじゃない。それに私もあなたの生まれた国を見てみたいわ」
 即決だった。

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