We're alive
No.60

アマゾン 38

 ヘンリーは頷いた。そして梯子を捕らえようと、右腕を伸ばした。先ほどからの雨に加えて風が少し出てきたので、左右に揺れる梯子は、なかなかつかまらない。
 目で梯子を追いながら、ヘンリーは話し続ける。
「職を失った私は、彼女の店でいっしょに切り盛りする手伝いを始めたのです。私の料理の腕もまんざらではないんですよ。今年だって、私のアイデアを人気メニューに加えることができましたしね」
「うれしそうだな」
 聞いていたノーマンは、じっさい羨ましげな声だった。
「はい。充実しています。ただ、あなたを追うことだけはやめませんでした。
 私はすべてをレニーに話しました。そしてレニーは私の決意を応援してはくれましたが、そのじつ反対していました」
「なぜ?」
「がむしゃらにあなたを捜して世界中を飛び回る私を心配したのでしょう。彼女はこう言ったのです。私も恨みは消えないが、恨みだけを抱いて生きていけば、私たちの人生も呪われたものになってしまう、と」
「………」
「費用だってバカになりませんでした。なにしろ世界中が捜査範囲でしたからね。グリーンウッド時代の貯金もほとんど残っていません」
 ヘンリーはようやく梯子の先端をつかんだ。
「ハンス──いや、ヘンリー。君の奥さんはよく我々を発見することができたもんだ。君は彼女もマナウスまで連れてきていたのか?」
「とんでもない。彼女はいつもニューヨークですよ。
 私は捜索に出向いたとき、毎日一回は必ず連絡を入れることにしているのです。最後に電話したのはマナウスのホテルから、あなたに会う前日でした。
 あれから四日。おそらく察しのついた彼女が動いたのでしょう。捜索隊のヘリに乗っているのも、そんな理由からだと思います。反対はしていても、あなたに対する思いは同じですから」
「……済まない。大変な苦労をかけさせたな」
 ノーマンは胸元を押さえながら、頭を垂れた。その姿は、教会で懺悔を乞う、只のひとりの人間だった。
 ヘンリーはその背中に語りかけた。
「それも今日で終わりです。社長、どうか妻に会ってやってください」
 ようやく梯子をつかんだヘンリーは、ノーマンの前に差し出した。ノーマンは受け取ろうとしながら、
「そうさせてもらおう。そして心からのお詫びを……」
 そこまでしゃべった時、別の方角から新たなヘリコプターが爆音を響かせて現れた。
「ほう。もう一機、来てくれたぞ」
 機体を漆黒に塗り潰されたそのヘリは、二人のいる場所にまっすぐ接近すると、異常ともいえるスピードで飛び過ぎた。ヘンリーは風圧で川面に投げ出されそうになった。そのときになってようやく気がついた。水の土色が今朝より濃くなっており、水量も増えていることに。上流ではとんでもない豪雨が降っているのか。
「ら、乱暴な奴ですね。梯子を離してしまいましたよ」
 ヘンリーは軽口のつもりで言った。同意を求めるつもりでノーマンの顔を見ると、彼の顔色から血の気が失せていることに気づいた。
「どうしたんですか?」
「……奴らだ」
「奴ら?」
「“組織”の連中だ! おそらく君が発見されたとの一報をどこかで傍受したのだろう」
「まさか──こんなに早く?」
 黒いヘリは上空でUターンすると、再び高度を下げて迫ってきた。そしてヘリの下部にしつらえられたマシンガンが、二人をねらって火を噴いた。

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