「……レニーか?」 「よかった、無事で!」 ヘンリーはまさかという面持ちで、頭上をホバリングしているヘリを見上げた。 扉を開けて、乗り出すように両手を広げているのは、まさしく彼の知る女性の姿だった。 「ヘンリー!」 ノーマンが樹の上から呼びかけた。 「あれは君の知り合いか?」 「ええ、妻なんです」 「なんと……」 ヘリは開いた扉から縄梯子を垂らし始めた。二人を吊り上げようという寸法らしい。 ノーマンは陣取っていた樹の股を降りると、幹を伝って水面まで降りてきた。樹上にいると茂った葉が邪魔して梯子をつかめないからだ。 「ハハハ、朴念仁と言われた君に妻がいたとはな。まあ五年も経つのだからあり得ない話じゃないか」 巨大ワニが消え、救援が来たことで緊張が解けたらしく、ノーマンは軽い調子で話しかけてきた。それに対して、ヘンリーは真顔になって、 「彼女の名は、レニー・マクファーソン。しかし結婚前の名前は──レニー・モース」 「モース? どこかで聞いたような気が……」 「あるはずですよ。父親はあのフレッド・モースです」 ノーマンは目を剥いた。 「あの……って、エレノアと私を狙撃した──」 「そうです。犯人の娘です」 ノーマンは、無言でヘリを見上げた。 ヘンリーは無理に明るい声で説明した。 「事件の前、レニーは全寮制の美術学校に在籍する画学生でした。それがあなたの差し金で兄と母親を亡くし、最後には父親までも。以後、彼女は学校を自主退学して、フレッドの残したレストランを一人で守ってきました。守るとひと口で言っても、その苦労は並大抵ではなかったようですが。 私はそんなレニーが哀れでなりませんでした。だからこっそり義援金を送ったり、ときどき様子を見に店を訪れるようになったのです。 何度目かに話す機会があって、私はレニーを美術館に誘いました。……思えば私にとって、あれが生まれて初めてのデートでした。そして──まだ昨年のことですよ、私たちが結婚したのは」 「そうだったのか」 ノーマンは濡れた白髪を手ぐしでかき上げた。 「店は繁盛してるのかい?」 「ええ、おかげさまで……と言っては皮肉になりますね。彼女のがんばりが実って、今じゃ大々繁盛、貧乏暇なしといったところですよ」 ヘンリーは照れながら応えると、目の高さまで降りてきた梯子をつかむべく、体を乗り出した。 「貧乏って……私の会社があるじゃないか。君が私のあとを継いで、社長に納まったものと思っていたんだがね」 「なにをおっしゃるやら、社長」 「私はもう社長ではない。会社を捨てたのだからな」 「いいえ、まだ社長です。ただし資産はありませんが」 「………?」 「あなたあってのグリーンウッドですよ。あなたのいなくなったグリーンウッドを誰が支えられるとお思いですか? 結局、会社は解体され、おのおの部門ごとに身売りされました。ただし名前だけは残っています。資産整理のための事務所一つっきりの会社として」 「なるほど納得したよ。我が父が亡くなったことだけは、ティムが新聞の切れ端を持ってきてくれたので知ることができたが、それ以外はまったく外界の接触を断っていたので、会社のその後についてはまったく知らなかった。ニュースもほとんど耳にしないからね」 ノーマンはもの柔らかな口調でそう言った。 |
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