We're alive
No.52

アマゾン 30

 呆気にとられるヘンリーをよそに、ノーマンは続ける。
「確かに相手について何も知らないまま、懐に飛び込もうというんだから酔狂な話ではあるな。フランクとティムも当初は難色を示したが、ブラジルは彼らの出身地でもあってね。土地鑑があるという強みもあり、最終的には説得することができた」
「しかし“組織”の家族でもある彼らがなぜ」
「フランクもティムも若かった。君とは同年輩だったな。若い彼らにしてみれば“組織”に縛り付けられる不自由さに嫌気がさしていたようだ。
“組織”の最終目標はもちろんナチの復活だ。その資金稼ぎのために世界中のこれとにらんだ人物に近寄って、ビジネスを持ちかける。裏の世界を通じて強力にバックアップする代償として利益の一部を寄こせ、とね。
 第二次大戦は古い過去の話だ。ナチ復活にしろ時代錯誤も甚だしい。ニューヨークという大都会の自由な空気を吸えば、二人が“組織”に疑問を感じたとしても無理からぬことだ。
 病院で二人を説得し。私たち三名はすぐさまこの南米に渡った、というわけだ。君には手紙でも置いていきたかったが、足がつくことを恐れてね。済まなかった」
「もしや社長は、ハンスというドイツ名から、私が“組織”の新たなお目付役とでも疑ったのでは?」
「ハハハ、どうかな」

 翌日の昼どきになっても、救援隊の姿は影も形も見えなかった。事故からすでに四十五時間が経過している。そろそろ発見してくれても良さそうなものだ……。暑さにうんざりしながらも、ヘンリーは川の上から目を離さなかった。
 午前中にワニが二、三匹周囲をうろついたが、銃弾を見舞うと、そそくさと逃げていった。
 わずかな食料は底を突き、ペットボトルの水も残り少なくなった。このままでは餓死するしかない。
「この川はできたばかりだ。捜索の目が届かないでいるんだろう」
 そんなノーマンの分析も、ヘンリーをいたずらに苛立たせるだけだった。

 夕刻、垂らした網の中でぐったりとしていると、思わぬプレゼントが届いた。上流から転がるように黄色い果実が流れてきたのだ。
 それはカカオだった。黄色い皮をむくと中から白い果肉が出てきた。かじると甘味が口の中に広がった。数珠つなぎに流れてきたところから推して、船倉に詰めていた箱が荷崩れを起こしたのだろう。
「これはうまい。生き返るな」
 二人は久しぶりに、体に力がみなぎるのを感じた。

 三度目の夜が訪れた。
 ヘンリーは今夜もじっと星空を見上げている。Tシャツも膝上の短パンもあちこちが破れ、その下の皮膚も傷だらけだった。疲労が蓄積した体も重い。それでも頭の中はすっきりと冴え渡っていた。カカオの効果かもしれない。
「社長」
「うん?」
「そろそろ動くべきだと思います」
「………」
「あと二日もこの状態が続けば、私たちは干上がってしまい、動けなくなるでしょう」
「……そうだな」
「脱出するなら明日です。明朝、脱出作戦を実行しませんか?」
「作戦か。何か秘策でもあるのか?」

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