ティムが語る内容を、逐一ノーマンが翻訳した。 「……船が転覆して以来、自分はずっとあの中にいた。……ひどい骨折を負っていたので、動くことはほとんどできなかった。……銃声を耳にし、傾いた床を這って船べりに移動し、欄干越しに下流を見やると、ワニの大群に囲まれた私たちを発見した。……すぐ船室にとって返し、ライフル銃と弾をつかむと、ボートを引きづり出して飛び乗った。──そうか、お前には無茶をさせたな」 ティムはさらに手を動かした。ヘンリーが、 「いま、なんと?」 と問うと、 「──私の仕事だから、と」 ヘンリーは味わったことのない感銘を受けた。ノーマンのような男に、おのれの命を捧げようという人間がここにいる。 ヘンリーは複雑な心境に沈んでいく自分を自覚していた。もしもティムがヘンリーのノーマン捜索の理由を知れば、彼のライフルは、ワニの次にヘンリーへと向けられたことだろう。 ごほっ。ティムの口からさらに血があふれ出た。おそらくは折れた肋骨が内臓を破ったのだ。 「もういい、休め」 しかしティムは手を動かすのをやめない。まだ伝えたいことがあるようだ。 「……船の中には……ナニ? フランクもまだ生きていると! ……彼は首の骨を折っていて、少しでも動かすと命にかかわる。……他に生存者はいない。……救難信号を出そうにも、機器はすべて水に浸かってダメだったと。──そうか、よく知らせてくれた。──よく私たちを救ってくれた。無理をさせて済まなかった。礼を言うぞ」 そのとき、ティムが初めて笑顔を見せた。 それが彼の最期だった。 ティムが息絶えるのに呼応するかのように、網を支えていたクライスラー・ツリーが折れ、ボートは川に押し流されていった。残っていればこの地を脱出するのに役だったろうに、かえすがえすも残念だった。 夕刻、ティムの亡骸は川に流した。あとにはライフル銃と十分な数の銃弾が残った。 二人は二度目の夜を迎えた。 ノーマンの右股の銃創は、弾丸が貫通していたこともあり、その後はひどく流血することもなかった。ただ夕方から少し熱を出したので、ヘンリーは彼をパンナムの樹上に縛り付けて介抱した。 ワニは恐れをなしたのか、あれ以来姿を見せず、猿の鳴き声もしなかった。 陽が暮れた頃、ノーマンの熱が引いた。二人は、とりあえず救援が来るまでここにいるしかないと意見を一致させると、それまでどうやって過ごすかを検討した。その結果、一人はヘンリーがずっと過ごしていたように、パンナムの二股になった場所に腰を据える、もう一人は網を樹の股にぐるりと巻いてハンモック状に吊し、そこに陣取る。時間を決めて居場所を交代し、樹の上で寝ている間は、ハンモックにいる方がライフルを構えて見張りを勤めることになった。 二人は昼間に獲ったソーセージやミネラルウォーターで飢えをしのぐと、こぼれんばかりの星空を見上げながら、どちらからともなく相手に話しかけた。 もちろんヘンリーは、そばにいるノーマンが親と姉の仇であるという意識を捨てたわけではない。ただ、今のノーマンを撃ったところでしょうがない、そう思っていただけである。 ヘンリーはあらためて問うてみた。 「あの時なぜ、自分を撃てと言ったのですか?」 |
[前回] | ![]() |
[次回] |
[TOP] | ![]() |
[ページトップへ] |