パーンッ。 どこか遠くで射撃の音がした。 「あれは──救援隊ですか?」 「いや……違う、あそこ」 揺れる視界の中でノーマンが指さしたのは、座礁した船の方角だった。 パーンッ。 また音がした。今度はずっと近い。 「何だあれは……ボートだ、こっちに来る!」 それは予想もしなかった“助け船”の出現だった。二人はただ接近してくる白いボードを見つめるだけだった。 「船に備え付けのボートだ。……あれはティムじゃないか!」 そう。ボートの上から銃でワニどもを蹴散らしている小柄な男は、間違いなくティムだった。 「生きていたのか!」 二人は揃って歓喜の声をあげた。 ボートは速度をゆるめることなく迫ってくる。手漕ぎ式の小型ボートだ。ティムはオールを握ることなく、ひたすらライフル銃を撃っている。狙いは見事なもので、三匹、五匹とワニが倒れていく。 「ティム!」 ボートはスピードを落とさないまま、パンナムの脇をすり抜けようとしたが、そこには張ったままの網があった。ボートは網に絡め取られるように急停止した。 「ティム、大丈夫か!」 二人は体をひねって網を見やったが、その時にはティムはもう体勢を立て直していた。さすが長年ノーマンのボディガードで鳴らしただけのことはある。 彼は横倒しになったボートの縁に片膝を乗せると、二人の方を振り向きもせず、ライフルでワニを撃ち続けた。その姿はあたかもプロのスナイパーのようで、表情一つ変えず、ただ機械的に撃ち続ける。 いつしかノーマンもヘンリーも、声をかけることを忘れて、ティムの射撃の技に見入っていた。 やがて生き残ったワニどもは、かなわないと知ったのか、ほうほうの体で逃げていき、川は平和を取り戻した。 「ティム、よくやってくれた!」 ノーマンが手を振った。 ティムもようやく頭を下げてそれに答えた。……とそのまま前のめりに倒れてしまった。 「どうした?」 あわててノーマンが水の上に降りる。続いてヘンリーも。 そばに寄った二人は愕然とした。ティムは口から血を吐いていた。ノーマンが抱きかかえるようにティムの体を起こすと、 「おい私だ、何があったんだ?」 ティムは口のまわりを真っ赤に染めながらも、満足そうな表情を浮かべた。そして両手をノーマンの目の前にあげると、手のひらを動かし始めた。 「──手話? ティムは手話ができたんですか?」 ヘンリーが驚きの声を上げると、ノーマンは平然と、 「ああ、ずっと前からね。周囲に他の人間がいないとき、我々はいつも手話で意志の疎通を行っていた。秘密にしていたのは防犯上の理由からだ。手話は遠くからでも会話の内容を読みとることができるからね」 ティムは瀕死の重傷を負っている。なのに彼は無謀にもノーマンたちのピンチを救おうとした。いま彼はヘンリーがいるにもかかわらず、秘められた会話手段で何ごとかをノーマンに伝えようとしている。自分が助からないことを知っているのだ。 |
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