ヘンリーはただ顔をそむけるしかなかった。この男は自分に撃たせたかったのか。撃たれたかったのか。 なぜ……。 うつむいて自問自答していると、ふいにノーマンがヘンリーの肩を小突いた。 「思ったとおりだ。本当にヤバい連中が帰ってきたぞ」 ノーマンの視線は、はるか岸辺の方角を望んでいた。つられるように目をやったヘンリーは全身の毛が逆立つほどの驚愕を覚えた。 川面を、いびつな形をした生き物が、静かに近づいてくる。 ワニだ! その数はゆうに十匹はいる! 「どうやら私の流した血が呼び寄せたみたいだな」 ノーマンはまるで他人事のように呟く。ヘンリーはあわててポーチから拳銃を出すと、ノーマンに言った。 「とにかく樹の上に昇ってください。私がここでくい止めます」 ところがノーマンは異を唱えた。 「その役目は私がやる。君が昇りたまえ」 言うが早いか、拳銃を取り上げると、先頭を切って近寄ってきた一匹の鼻面めがけて引き金を引いた。 銃弾は狙い違わず、先頭のワニの目を貫き、撃たれたワニは弾かれたように、水上にその姿を現した。 黒くいかつい皮膚。鋭い歯。こいつらと自分たちの間に動物園のような“檻”は存在しない。 撃たれたワニは白い腹を上にして、ぷかりと水面に浮かんだ。と見る間に周囲にいたワニたちが、われ先にと死んだワニに噛みつき始めた。 「こいつら、よっぽど腹を空かせているらしいぞ」 さらにノーマンは別のワニに銃弾を浴びせた。その狙いは的確で百発百中だった。撃たれたワニは次々に倒れ、そばのワニどもに喰われる運命となった。 それでも野生の爬虫類たちは攻撃をやめようとしない。いや最前よりもますます数が増えている。 「私はこのワニという奴が大っ嫌いでね。コイツの歯に引き裂かれるくらいなら、毒でもあおった方がマシだ」 やがて引き金が空しくカチリと鳴り、弾が尽きたことを告げた。 「まさか、他に弾は持ってないんだろうな」 「……ありません」 「じゃあ早くパンナムに昇れ! 急げ!」 ヘンリーは言われるままに駆け上った。そして、 「社長、つかまって!」 伸ばした腕がノーマンを引き上げた。 「ふーっ、ぎりぎりセーフだな」 しかし軽口を叩いている暇はない。威嚇のつもりか、ワニどもは大きな顎をこれ見よがしに開きながら、二人のいる樹に鼻面を叩きつけてきた。 「うわっ」 その衝撃は、重量オーバーの樹を振り子のように揺さぶった。二人はしがみついているのがやっとだった。 「こ、これまでかもしれんな、ハンス」 ノーマンの声は怯えた色を含んでいた。ワニの餌食になった自分の姿を想像しているのか。 ヘンリーは──まだあきらめていなかった。こんなところでは死ねない。自分はまだ死ぬわけにはいかない。 |
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