ノーマンは──。 「ううう……ヘタクソ!」 彼は苦痛に顔を歪めていた。ヘンリーの銃弾が貫いたのはノーマンの胸板ではなく右の太股だった。流れ出した血はズボンをしたたり、そのまま水面に流れ落ちている。 撃った。撃ってしまった。 ヘンリーは何度も何度も口の中で繰り返し呟いた。 今日という日をどれだけ夢見たことか。 しかし、ヘンリーの心にはいっこうに喜びも達成感も湧いてこなかった。その代わりに感じたのは……。 苦痛。まるで自分が撃たれたような痛み。 そんなバカな。 「おい……ハンス……もう一度撃て……今度はちゃんと心臓を……」 ノーマンの体がグラリと傾いた。そして川の中に頭からザブンと落ちた。 「ノーマン!」 ヘンリーは叫びながら、転げ落ちるようにパンナムから飛び降りた。そしてノーマンの行方を追って、水の中に飛び込んだ。 ノーマンは流されてはいなかった。網に片足が引っかかっていた。 ヘンリーは素早く銃をポーチに仕舞うと、両手の指を網にかけ、ノーマンのところへと近づいていった。 ノーマンは半ば気を失っていた。頬を叩いても要領を得た反応は返ってこない。ヘンリーはひとまず彼の体を水から引き上げた。 流速が落ちたとはいえ、足の届かない川の中である。さんざん苦労してハンモックの上に座らせたときには、ヘンリーも頭の先までずぶ濡れになっていた。 「社長、しっかりしてください!」 耳元で怒鳴ると、ノーマンの目がうっすらと開いた。 「……やあ、ハンス。いや、ヘンリーだったか……自分で撃っておきながら、しっかりはないだろう」 「いえ、しっかりしてもらわないと困るんです」 ヘンリーは自分自身もハンモックの上に並んで腰掛けた。 「──しゃべらないでください。いま止血しますから」 そう言って、漂流物に混じっていたタオルを拾い上げると、ノーマンの太股に巻き付けた。 「ここから脱出するまでは、一人より二人の方がいいことに気づいたんです。社長にはまだしばらく生きていてもらいますよ」 ヘンリーはタオルを縛りながらそう言ったが、自分でも自分が判らなくなっていた。ノーマンは何も応えず、されるがままだった。 体力が回復するまで、ヘンリーはノーマンを抱きかかえるような格好でハンモックの上に腰掛けていた。重みでクライスラーがたわみ、二人の尻が水に浸かってしまう。あまり気持ちのいいものではない。 どこか近くでドボンと水の撥ねる音がした。土砂崩れはまだ収まっていないのだろうか。 ヘンリーはたわわに葉の茂るパンナムを見上げた。とりあえずあそこに引き上げて休ませるしかなさそうだ。 しかしその前に……。 ヘンリーは苦しそうに肩で息をしているノーマンのポケットをまさぐった。何か棒状のものが入っている。引っ張り出してみると──入っていたのは一本のソーセージだった。 「社長、私を騙したんですか?」 「……ふんぎりのつかない君にしびれが切れてね」 ノーマンは汗だくの顔でにやりと笑った。 |
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