ついにここまで来た! 「私は──こうしてあなたの命を奪う──あなたは苦痛に顔を歪めて死んでいく。そのためにここまで来ました。もう迷いません。覚悟してください!」 叫ぶと同時に、銃口をノーマンに向けた。しかし右手の震えが止まらない。ヘンリーはハンモックの上で体を起こすと、クライスラーを左手で握りしめた。 ヘンリーは銃を構えたまま動かない。冷や汗がこめかみを伝って頬へと落ちる。 ノーマンも微動だにしない。 川のうねりは変わらずゴウンゴウンと工場のような音を響かせている。 鳥だろうか、遠くで動物の鳴き声がした。 ヘンリーは目の中に入った汗を、手の甲でぬぐい、すぐに銃を構えなおした。ノーマンはじっとヘンリーの顔を厳しい顔で見つめている。 ヘンリーが再び汗をぬぐった時、予想もしなかった言葉がノーマンから返ってきた。 「撃っていいぞ」 「えっ?」 ヘンリーは照準から顔を上げた。 「撃てばいいんだよ、早く」 「………」 「君の気持ちはよく判った。いや……安直に判ったなどと言ってしまっては、ここまで私を追ってきた君に対して失礼かな。ヘンリー・マクファーソン君」 言うとノーマンは、クライスラーを背に、両手を頭の高さに挙げた。 「私は確かに君の姉さんとご両親を殺めた。君には私を撃ち殺す正当な理由がある」 そうだ、その通りだ。ヘンリーは頷く。 「さあ、今こそ積年の恨みを晴らせ。撃ちたまえ!」 ヘンリーはノーマンの言葉に操られるかのように、銃を構えなおした。 引き金にかけた指までがじっとりと汗ばんでいる。銃口の先にはノーマンの胸が、的はここだと言わんばかりに拡げられている。 撃て、撃つんだ。引き金を引け。それで長きにわたる追跡もジ・エンドだ。暗いトンネルから抜け出すことができるのだ。 「………!」 密林の方からやけに動物の声がする。ああそうか。嵐が過ぎ去ってようやく動物たちも巣に戻って来れたのだな。それにしてもうるさい鳴き声だな。いったい何匹いるんだろう。いや何万匹、何億匹かな。なにせ人間の足が踏み入ったことのない場所の多いアマゾンだ。誰も知らない種の動物や昆虫、ひょっとすると怪物もどきの生き物だって棲息しているかもしれない。宇宙にまで行こうという時代に、まだ足許すらはっきりとしないなんて不思議な話だ。まあ我が祖国だって、いまだにネッシーがいるのいないのと議論されてるぐらいだからなあ…………………………………………。 キィーーーーーーッ。 突如、空気を切り裂く悲鳴が、あたりに谺した。ヘンリーはのけぞるように背後の密林に首を傾けた。音源は明らかに緑の木々の向こうから聞こえた。その一声は、極限まで緊張感を高めていたヘンリーの頭に、恐怖という冷や水を浴びせかけた。 キキキキィーーーッ。キィーーーーーーッ。 今度は川の反対側から声があがった。 奇怪な声はその数をどんどん増やし、いつしか森全体が合唱し始めた。ヘンリーにはまるでファンタジーの世界のように、森の一本一本がおぞましげな声を発し始めたように思えた。 声は鳴りやむどころかますます大きくなる。ヘンリーは銃を持ったまま、両手で耳を覆った。怪物の声はそれでも隙間をこじ開けるように忍び入ってくる。 やはりここは人間の来る場所ではないのだ。ジャングルのど真ん中に都市を築いたり、アマゾン川の支流の奥まで大きなモーター音を鳴らして分け入ったり──。 そんな無神経で無節操な行いが、眠っていた怪物を揺り起こしたのだ。怒りにかられた怪物が牙をむき、声を限りに咆吼し、自分を飲み込もうとしているのだ。 |
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