「私が……私があなたを五年間探し続けたのは、あなたの身を心配してのことではありません」 「………」 「いえ、ある意味、心配だったことは否めません。もしあなたがどこかでのたれ死んでいたり、もし誰か別の人間に殺されでもしていたら」 「別の……?」 ヘンリーの胸はさらに高鳴った。 「告白します。ハンス・マグワイヤは私の本名ではありません」 「何だって?」 ノーマンが不審気に眉をひそめる。 「本名ヘンリー・マクファーソン。この名前に聞き覚えはありませんか? ロンドンの出身で、ドイツには一度も行ったことはない」 「マクファーソン……ロンドン……悪いが記憶にない」 ヘンリーは舌打ちした。やはりノーマンにとって自分は虫ケラのような存在だったのか。 「あなたはイーストエンドの一角に自らの百貨店を建設するべく、一夜にして数多くの住居を破壊し更地にした。直後、現地を訪れたあなたと父君イアンの眼前に、一人の女性が車椅子に乗って現れた」 「車椅子の女性……」 「彼女はあなたに向かって叫んだ。『人殺し!』と」 ああっと、ノーマンが叫んだ。 「思い出したぞ。じつに美しく勇ましい女性だった!」 「彼女の後ろに、青年がいたでしょう」 「ああ、誰かいたな」 ノーマンは記憶の糸をたぐり寄せているのか、頭を反らして空を見上げていたが、 「いた! 確か二十歳前の若者だったような──」 「それが私です」 ヘンリーは言い放った。 「あれが君……本当か?」 「あなたはあの街を一夜で潰した。立ち退き反対運動の急先鋒だった母と、風邪で寝込んでいた父がいると知りながら、家もろとも破壊した。父母は死に、姉は歩けない体になった。 学校の寮にいて無事だった私は、車椅子の姉と共に復讐を誓い、再捜査を依頼するため、警視庁に日参した。ところがそんな動きが目障りだったあなたは姉を自殺に見せかけて殺害した。私の命も狙われたが、どうにか生き延びることができた。 私は国内にとどまるのは危険だと感じ、ニューヨークに逃げた。入国すると同時に名前を変え、流通業界へと身を投じた。それはあなたに少しでも近づくためだった。あなたへの復讐の第一歩だった。いつか力をつけたらイギリスへ逆上陸しようと狙っていた。ところが驚いたことにあなたの方から海を渡って近づいてきた。しかも私の会社を買収してくれたじゃありませんか。 以後はご存じの通りです。私はあなたの秘書にまで昇りつめた。あなたの右腕となった。いつでもあなたの命を奪うことができる。そう思った」 遠くで水の跳ねる音がした。濁流に洗われて、土手が崩れたのかもしれない。 「──しかし私は考えた。どんな復讐の方法があなたに対して最も効果的なのか。どうすれば私が、私と姉が、父や母が受けた苦痛と同じ、あるいはそれ以上の苦痛をあなたに与えることができるのか。流通業界で何年も過ごしたことで、物事を冷静に、計算高く考える習性がついたようです。 ──暴力的な行為によって、即座に命を奪うか? ──全財産を残らず没収してしまうか? しかし私には決断ができなかった。 前者の方法は、フランクとティムの二人が常にあなたのそばにいたから。後者の方法は、じっさいにうまくいく算段がつかなかったから。 ふんぎりがつかないまま、ぐずぐずしているうちに、あなたはフレッドに撃たれ、入院を余儀なくされた。 もう今しかない。そう思った私は、今度は自分が刺客となり、病室であなたの命を奪って本懐を遂げようと考えるに至りました。 ところが直前であなたは失踪した。この五年間、私がどんな気持ちでいたか、あなたには想像できないでしょう。私は気も狂わんばかりにあなたの行方を捜した。それは会社の意向ではなく、私個人の復讐のためです。あなたがすでに死んでいたり、他人の手で殺されたりしては、私のこれまでの苦労が水泡に帰してしまう。存在理由がなくなってしまう。判りますか?」 ヘンリーは腰に巻いたポーチのファスナーをおもむろに開いた。そして黒光りする一物を右手でつかむと、目の高さまで持ち上げた。 |
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