ヘンリーは網を投げる加減がつかめず四苦八苦した。ノーマンは相変わらず半身を水に沈めたままである。話をするのに夢中で気が回らなかったが、ノーマンはヘンリーの数倍も大変な体勢で居続けているのだ。 五度目にして、ノーマンの伸ばした腕はうまく網をつかまえることができた。彼は両脚を細い幹に巻き付け、左腕だけで器用に体の方向をコントロールしていた。 網を投げては引き寄せてを繰り返していたヘンリーの腕と肩は、もうパンパンに張っていたが、それだけに、つらい体勢を強いられていたはずのノーマンが機敏な動作で網を自分の樹に結わえ付けるのに瞠目した。 ノーマンの二の腕の筋肉は大きく隆起し、その輪郭をたどって汗が滴り落ちている。ヘンリーは知らない人間を見るような印象を受けた。 ノーマンの作業が完了すると、ヘンリーは網を腕に絡みつけて、再び川の中に降りていった。するといいタイミングでいくつかのペットボトルが流れてきて、網の中へ見事に収まった。 「ははは、こんなところで漁をするとは思わなかった」 ノーマンは自嘲気味に笑った。 「漁をやった経験があるんですか?」 「ああ、アマゾンでは他にすることもないのでね」 網の中にはさまざまな物が漂着した。重量物が流れてきた場合、すぐさま網を引き上げるべく、ヘンリーは目を皿のようにして観察していたが、船の荷崩れも一段落したらしく、その後は細かい物ばかりだった。 “賞品”を手に取るには体力を要した。網を伝いながら、まるで水の中で雲悌(うんてい)でもするようにして獲物に近づくのだ。水の勢いは依然強く、流される恐怖と戦いながらの“収穫”だった。しかし苦労のかいあって、網の中にはミネラル・ウォーター以外にもソーセージや果物といった食料が含まれていて、二人を喜ばせた。 ノーマンとヘンリーは交代で収穫作業をおこない、持てるだけの物を手に入れた。一応二人の間は網によって架け橋ができたわけだが、どちらの口からも身を寄せ合おうという言葉は出なかった。じっさいヘンリーの方が大振りの樹ではあったが、二人の体重を背負うのは無理そうだった。 腹が満たされたことで気持ちに余裕が生まれた。その勢いで、互いがセミのように取り付いている樹に名前を付けることになった。 「ニューヨークの──そうだな、ビルの名前がいい」 ノーマンの主張により、ヘンリーの樹は『パンナム・ツリー』と命名された。 「パンナムビルは、二股に分かれたりしてませんよ」 ヘンリーが言うと、 「パークアヴェニューを真っ二つにしてるじゃないか」 とノーマンは反論した。 「今はメットライフビルに改名しましたが」 というヘンリーの意見は取り上げられなかった。 ノーマンの樹は、 「パンナムビルの近所だから『クライスラー・ツリー』でいいだろう」 と、樹のサイズをまったく無視した命名がなされた。 川の勢いは衰えを知らないようだ。 ヘンリーは岸辺まで泳げないものかと改めて思案したが、ノーマンに真っ向から反対された。 「甘く見てはいけない。飲み込まれてとても泳げるようなものじゃない。ピラニアだっているんだぞ。もう少し水量が減るのを待つか、救援が来るのを待つのが正解だな」 |
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