We're alive
No.32

アマゾン 10

 ノーマンは話を続けた。
「君が今日ここに来てくれたことを、私は感謝すると共に、詫びずにはいられない。突然、姿を消して申し訳なかった」
 いきなり謝罪の言葉を聞き、ヘンリーは戸惑った。他人に対して頭を垂れるなど、ノーマンを知る者にとって、およそ想像もできない行為であった。
 ヘンリーはかねてより抱いていた疑問を、目の前の男にぶつけた。
「社長、教えてください。あの日どうやって病院から抜け出すことができたのですか? どうして私にひと言の相談もなく身を隠されたのですか?」
「──当然の質問だろうな。世界の中心地であれだけ鎬を削っていた男が、ぷつんと消息を絶ったのだから。当時のマスコミは訳も判らず、憶測でいろんなことを書いていたが、ほとんどがデタラメだった」
 ノーマンは持っていたグラスをテーブルにことんと置くと、組んだ膝の上に両手を乗せた。
「君にはすべてを話そう。そのためにここへ呼んだのだからね」
「お願いします」
 ヘンリーの喉がごくりと鳴った。
 ノーマンは遠い目をしながら説明を始めた。
「病院からこっそり抜け出したのは、当時のマスコミが書いたとおりだよ。重傷で身動きできない私の命をここぞとばかりに狙う凶悪犯から身を守るためだ。もっと安全な場所に人知れず移ろうとな。
 じっさい病院を爆破するという電話がかかってきたり、本気か冗談か、飛行機で突っ込んでやるという手紙が新聞社に届いたりしたらしい。
 警備側は、私を安全な場所へ移送する計画を立てた。無論、極秘裡にね。しかし私は当局の裏をかいて、移送日の前日に病院を抜け出した」
「えっ」
「ふふふ、驚いたかい? 最近の凶悪犯は警察の上を行くからね。FBIが立案した計画も私から見ればきわめて杜撰(ずさん)なものだった。だから独自に動いたんだ」
「一体どうやったんですか?」
 ノーマンは含み笑いをかみ殺すように上体を前に倒した。
「厳重な警戒をかいくぐって侵入することに比べれば、抜け出すことなんて、はるかに簡単だ。もっとも、二人の協力がなければできなかったことだけどね」
 ノーマンはフランクとティムの背中をかえりみた。
「……二人の協力だけですか?」
「何?」
 ノーマンの眉間に皺が寄った。構わずヘンリーは畳みかけた。
「彼らの助力だけで抜け出せたとは思えないんですが」
 するとノーマンは肩を揺らして笑い出した。
「ハハハ。さすが私の見込んだ男だ。よく気づいたね」
「当たりですか?」
「ああ、大当たりだよ。──確かに、私の失踪を助けた“組織”は存在する」
 ノーマンは初めて彼をサポートする影の存在を口にした。しかもヘンリーが日頃から呼んでいたのと同じ符丁、“組織”という言葉で。
 ノーマンは船の進行方向に目をやった。つられてヘンリーも眺める。
 いま船はどのあたりを航行しているのだろう。幾つもの支流を通過して、かなり奥地に分け入ったはずだ。それでも船は前に進むことを止めない。ノーマンらが下船する様子もない。
 部屋の外をぐるりと巡る廊下を、大きなだみ声をあげて船員たちが歩いていく。どうやら酔っぱらっているらしい。そのうちの一人は他の二人に両肩を支えられ、引きずられている。手に持っている瓶は先ほど船長が振る舞ったワインのようだ。船員がこんな調子で大丈夫なのだろうか。
「ところが──」
 ノーマンの声にヘンリーは再び視線を相手の顔に戻す。ノーマンは外の風景を見つめたままである。いや、その目の先にあるのは五年前の自分の姿か。
「私は、その“組織”さえ裏切ったんだ」

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