「………」 ヘンリーは自分の眼に映ったものが、すぐには信用できなかった。そこに立っていたのは、フランクでもティムでもなかった。 「ハンス」 気のせいか、ヘンリーの耳に届いた声はひどく弱々しかった。 「社長」 ノーマン・グリーンウッドその人であった。 彼は細めた目でヘンリーを見つめていた。彼の髪や眉は、まるで脱色したように真っ白だった。 いきなりの登場に度肝を抜かれたヘンリーは、ノーマンに誘われるまま二階へと上がった。 「さあどうぞ」 ノーマンが招き入れたのは、船首側にある小さな個室だった。入ってみると三方の窓の開いた見晴らしのいい部屋で、中央にテーブルと二脚の椅子が置かれていた。 フランクとティムは扉のそばに立って二人を出迎えた。彼らはあくまで無表情だったが、ヘンリーがそばを通るとき、わずかに目礼を寄越した。 「そこにかけてくれ」 ノーマンは、すっかり色のはげ落ちた椅子の片方を指し示すと、自らも同じような椅子にどしんと腰を下ろした。 「二人の再会を祝して、乾杯しようじゃないか」 ノーマンはテーブルのワインボトルを手にとると、用意していた二つのグラスに赤い液体を注いだ。 「さあ、手に取りたまえ」 言われるままにグラスを持ったが、飲むどころではない。ノーマンは気にした風もなく一息にぐいっと呷ると、満足そうにウーンとうなった。 ヘンリーはグラスをテーブルに戻し、上目遣いにノーマンの顔を覗き込みながら、話しかけた。 「いつ、私にお気づきに?」 「ああ……」 ノーマンは夢から醒めたように目を開けた。グラス越しにヘンリーの顔を見つめてくる。 「君らしき男が後をつけ、そのまま船に乗り込んで来たと、ティムがね」 「やはり──」 街中で遭遇したとき、すでに気づかれていたのだ。目をやるとフランクもティムも扉の方を向き、後ろに腕を組んだ姿勢で立っていた。その姿は、二人が今も変わらずノーマンのボディガードを勤めていることを示していた。 グラスを置いたノーマンも二人の背中を眺めながら、ゆっくりとしゃべり出した。 「私は先に船に乗って、二人の戻るのを待っていた。で、乗り込んでくるなり言うじゃないか。ハンスらしき男が追いかけてきて、そのまま乗船したと」 ノーマンはうれしそうに両手をぱちんと合わせた。 「数日前にも、ベレンから二人を尾行している人間がいたとフランクは言っていた。今度はいつもの連中とは様子が違うというから、おそらく君だろうと察していたんだよ」 「いつもの連中?」 一瞬、ノーマンの顔がこわばったように見えた。しかしすぐ肩をすくめるとグラスを飲み干し、自分の手で二杯目をついだ。 「君が私を発見したのは──あれは私立探偵だったんだろうね──発見したという報を受けたのは、今回が初めてだろう?」 「ええ、そうですが」 ノーマンは、遠慮せずに飲めよと、ワインボトルの口を向けたが、手のひらを見せて辞退した。今はとても酔う気分ではないし、先が聞きたかった。 「私を捜しているのは君だけじゃないんだよ。だから私は身を潜め続ける必要があった」 意外な話にヘンリーは驚いた。自分の他にも捜索者が、追っ手がいるというのか。自分と同じぐらい、強い動機や熱意を持つ人間がこの世にいるのだろうか? あるいはいるのかもしれない。ノーマンの裏の顔を知れば、第二、第三のフレッド・モースがいて、なんの不思議もない。 |
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