ノーマン探し──あくまでもうわべはフランクとティム探しだが──に世界中を飛び回ったこの五年間、図らずもさまざまな街を訪問した。子供の頃から地図を覚えるのは得意だったから、一、二日も巡れば、どこにどんな種類の人間が集まるのか手に取るように判った。とはいえ大抵の場合、到着後すぐ探偵に引きずられるように現場に赴き、相手に気づかれぬよう面通しを行うわけで、それで違うと判定できれば即刻退去する。そんなことの繰り返しである。 しかし、ごくたまに本人かそうでないか、すぐに判断できない場合がある。そんなときは現地に何泊かして、当人をあらゆる方向から調査し、最後の手段として接触を図ることもある。もし本物のフランクかティムであればノーマンは近くにいる。もう二度と復讐の機会を逃したくない。次に本人を前にすることがあれば、間髪入れず命を奪う。これしかない。したがって探偵がいては邪魔なのである。 いざというときのため、拳銃を現地調達する癖がついた。飛行機に持ち込むわけにいかないので、到着した先で探して購入するのである。当然、非合法だ。しぜん裏社会にも詳しくなる。初めての町でも、どこに行けば入手できるのか鼻が利くようになる。 いっぱしの都市評論家。 ──自慢にもならない。ヘンリーは苦笑すると、目に付いた一軒の店に入っていった。 そしていつものように拳銃を手に入れた。 マナウスに到着して三日後。 この日もヘンリーは朝から街をぐるぐると歩いていた。 ポロシャツに膝までの短パンというラフな服装。目深にかぶった野球帽は、鋭い視線を隠してくれた。腰に巻いたポーチの中には、財布やハンカチなどに混じって小型拳銃が入っている。 この日、ヘンリーの眼はついにフランクの姿を捉えた。久しぶりに見たフランクは以前にも増して逞しく陽に焼けており、探偵の写真と同じく白いTシャツに紺のジーンズというラフないでたちで大きな体を包み、スーパーマーケットに入っていった。 ヘンリーは追いついて、フランクの肩を叩いてみたい衝動に駆られた。しかし今もノーマンにかしずいてい可能性のある彼のこと、ヘンリーがここにいる理由を知れば、復讐を妨害される。そうなれば厄介だ。場合によってはフランクに銃口を向けざるを得ないだろう。できればそんな事態は避けたいものだ。 スーパーの門口を出たフランクは悠々とストリートを歩いていく。どうやら向かう先は港の桟橋らしい。船に乗るつもりか。ヘンリーは距離を一定に保ちながら、フランクの背中を追った。ごく自然な歩調で。 ──ハッ。 十歩ほど歩いたとき、ヘンリーは背中に視線を感じた。とっさに道路脇の露店が拡げていた屋台のフルーツに手を伸ばし、 「クアント・クスタ?(いくら?)」 と、店の女主人に覚えたてのポルトガル語で尋ねていた。言われた額の小銭を渡していると、背後を一人の男が通り過ぎていった。 ──ティム。 まさに間一髪だった。懐かしいフランクの顔を見て、不覚にも気を緩めてしまったが、彼らが二人一組で動くことは判っていたことじゃないか。 ティムはあたりに油断なく目を配りながら、ゆっくりフランクの後をついていく。 ヘンリーは背中を伝う脂汗を意識しながら、つとめてさりげなく二人の方に体を向けた。先をゆくフランクがショーウインドウの前で足を止めた。その横をするするとスリ足のティムが通り過ぎた。やがて先ほどと同じぐらいの距離があくと、フランクはウインドウの前を離れ、今度はティムを追うように歩き始めた。 なるほど彼らはそうやって、相手が尾行されていないかどうか、互いに気を配っていたのだ。なんという周到さだろう。彼らは五年もそうしてきたのだろうか。日々の逃亡生活が彼らの体にそんな癖を身につけさせたのだろうか。 ヘンリーは感動すら覚えた。 ──それならば自分は彼らの上を行かねばならない。彼らの予想を上回る行動に出なければ、勝ち目はないということだ。 ヘンリーは名前の知らないフルーツを囓(かじ)りながら、尾行を再開した。 探偵が目撃した時の話では、二人は港の近くでノーマンらしき人物と落ち合ったという。ならば、すぐそばにいるのか、ノーマンが。 港に到着した。二人は立ち止まることなく、そのまま桟橋に停泊している船の一つに乗り込んだ。三階建ての、このあたりではよく見るタイプの客船である。 ノーマンもあの船に乗っているのか? 汽笛が鳴った。出発の合図だ。 ヘンリーは他の駆け込み乗船客の中に混じって、一緒に乗り込んだ。船はゆっくりと陸地を離れると、船首をネグロ川上流に向け、ゆっくりと遡航し始めた。 ギラギラと照りつける太陽の光に温められた空気の中を、うなるような汽笛が港に別れを告げていた。まるで再びそこへ戻ってくることがないという運命を知っていたように。 |
[前回] | ![]() |
[次回] |
[TOP] | ![]() |
[ページトップへ] |