We're alive
No.28

アマゾン 6

 翌朝すぐにニューヨークを出立すると、一路南米へと飛んだ。必要なビザは連絡を待つ数日の間に取得していた。
 ブラジル最大の都市サン・パウロで乗り換える。ヘンリーが驚いたことに、マナウスには空港まであるという。
 サン・パウロからたった三時間半のフライト。
 空から眺める南米大陸の中心部は、平らな森林よりも意外に山が多いという印象を受けた。そして残り四分の一あたりで、徐々に標高が下がってくると、熱帯雨林や数多くの川の支流が見え始めた。まさにこれこそイメージ通りのアマゾンである。
 ヘンリーはふと疑問に思った。何故ノーマンは身を隠す場所としてこんなジャングルの中を選んだのだろうか。聞くところでは、アマゾンにはまだ人跡未踏の地が多いという。息を潜めるには、地図のない場所が一番ということなのだろうか。しかし、その条件だけなら他にもっとよい場所がいくらでもあっただろうに、よりによって赤道直下なんて。自分と同じく緯度の高いイギリス出身のノーマンが、あえて常夏の国を選ぶ理由が判らない。

 飛行機は高度を下げ始めた。窓から眼下を見やると、幅の広い川があった。ははあ、これがアマゾン川だな。強烈な日差しに照らされた川面は二種類の色に塗り分けられている。昨夜資料で読んだ“ソリモンエスの奇観”だ。アマゾン川の本流であるネグロ川と支流ソリモインス川の二つが合流する地点で、互いの水が、成分や比重の違いによって混じり合わず、流速や色が異なるまま一本の中に二本の流れが共存する。
 マナウスは、この合流点から十キロ上流にあるはずだが……。
 見えた! 周囲をジャングルに囲まれたそこには林立するビル群があった。耳で聞くのと実際に目で見る風景とは段違いである。これは本物の都市である。まさかこんなジャングルの中にあるとは──。彼にはこっちの方が、合流する川以上の奇観に見えた。
 降り立ったのはエドゥアルド・ゴメス国際空港。時に三月三日、正午にさしかかろうとしていた。さすがは赤道直下。気温も湿度も並々ならぬ高さだ。
「雨期の真っ最中です。特に今年は異常とも思えるくらい、よく降ります」
 空港に出迎えた探偵は、彼を車に乗せるとそう言った。
「先に写真をお見せしましょう」
 運転しながら探偵の差し出したそれは、あらかじめ写りの悪いFAXで受け取ったのと同じものだった。船中で隠し撮りしたのだろう、二人組が写っており、最後の数枚には、店の前で周囲に目を配っている男の姿が生写真ならではの克明さで写っていた。
「……どうです? お捜しのターゲットですか?」
 ヘンリーは胸の動機が高鳴るのを抑えながら答えた。
「間違いありません」

 車を桟橋のそばに止めると、探偵は問題の大衆食堂までヘンリーを案内し、ついでに昼食をとった。
「大きなレストランだったら、近寄って会話を盗み聞きすることもできたのですが」
 よほど警戒していることの証拠であろう。口の利けるノーマンが店に入らなかったことも頷ける。
「さっき空港で確認したら、ベレンとこのマナウスの間にも飛行機が飛んでいますよね。フランクとティムは何故わざわざ五日もかかる船便を使ったのでしょうか?」
 ヘンリーの問いに、探偵は至極もっともな疑問だと頷くと、
「おそらく、飛行機の方がチェックが厳しい分、身元がバレる恐れがあるからじゃないでしょうか」
 なるほど一理ある。
 食事を終え、ヘンリーと探偵は立ち上がった。
「宿の方は、港の近くがよろしいということで、アナ・カシヤ・パレス・ホテルに部屋をとっておきました。三つ星で英語も通じます」
「ありがとう」
「ところで、マグワイアさん。本当に我々の仕事はここまででよろしいのですか?」
「ええ。これ以上お願いすると、私の貯金が底をついてしまうでね」
「またまた、ご冗談を」
 ヘンリーは探偵に別れを告げると、ホテルにチェックインした。三つ星ホテルにもかかわらず、さほど高級感は漂っていない。シンプルで小ぎれいと評すべきか。
 荷物を部屋に置くとすぐ外線で電話をかけた。ひとまずマナウスに到着したことだけをニューヨークに伝える。
 上着を脱いでポロシャツと膝までの短パンに着替え、外に出た。陽はまだまだ高く暑い。すぐに汗が噴き出してくる。暑い国は苦手だ。できれば長居したくない。
 ヘンリーは表通りを横に折れ、細い路地に入っていった。そのまま裏通りに出ると、殊更いかがわしげな場所を選びながら、歩を進めた。

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