当事者たちの緊張をよそに、マスコミは連日、事件の特集を派手派手しく組み、市民の関心をこれでもかと煽り立てた。 皮肉なことに、狙撃犯フレッド・モースはヒーローに祭り上げられた。警察はフレッドが現場で残した言い分を発表してはいなかったが、どの新聞や雑誌もほぼ正確に彼の犯行動機を言い当てていた。もちろん従来どおり、表だったグリーンウッド批判はない。しかしながらその分、フレッドを英雄化する方向へと皆の反応は向かった。 フレッドには亡くなった息子の他にもう一人、娘がいたらしい。ある週刊誌の記事によれば、通っていた美術学校を辞め、フレッドの店を継ぎ、一人で切り盛りしているという。これがまた市民の涙を誘い、店は連日大入り満員の活況だというのだ。 ああ、ここにも自分と同じ立場の者がいる。ヘンリーは胸を打たれた。 ノーマンのせいで父母と兄を死に追いやられた彼女の胸中はいかばかりだろう。美術の道を断念し、父親の意志を継いで、不慣れな仕事に身を投じた彼女の想いに心を馳せると、ヘンリーは涙を禁じ得なかった。 翌日彼は娘に対して、匿名で少なくない額を寄付して送った。『美術への志を忘れないでください。時間はいつの日か貴女に味方するでしょう』との一言を添えて。 ノーマンの容態は、日々快方に向かっていた。 凶弾はわずかに急所を逸れていた。治癒に時間はかかるが、傷も後遺症も残らないだろうという。ノーマンの悪運の強さに、ヘンリーは今更ながら舌を巻いた。 ──いや、そうでないと困る。まだ死んでもらっては困るのだ。奴を殺すのは自分だ。奴は自分だけの獲物なのだ。誰にも渡すものか。 ヘンリーはノーマンの病床に日参した。ノーマンの決済や指示を要する書類や計画が山積していたからだ。だが入院後、ノーマンはなぜか人が変わったように寡黙になった。 担ぎ込まれた時こそ、一時的な人事不省に陥ったが、意識を取り戻してからは言葉遣いや思考に一切の乱れはなかった。事件に対しても感想を述べるという情緒的なところは見られず、ただ事後処理にてきぱきと指示を発するだけだった。ところが──。 ある時を契機に、ノーマンに変化が起こった。 ヘンリーの記憶では、ある週刊誌を手にした時だったように思う。巻頭のグラビアページがすべてエレノアの写真で埋め尽くされたその雑誌は、“美しきヒロインの短くも儚(はかな)き生涯”と銘打って、彼女が生まれてから今日に至るまでの人生を年表形式で特集していた。 ニューヨーク社交界の華、エレノア・クイン。 誕生日パーティーで、得意げにダンスを披露する幼い日の彼女。 愛馬を亡くして涙にくれる彼女。 高校のディベート大会にて、大きく瞳を開き、相手を論破しようと意気込んでいる彼女。 そして、マスコミ向けの婚約会見ではにかむ彼女。 どの写真にもエレノアらしい愛嬌と美しさがあり、生き生きとした息吹を感じとることができた。 だが、特集記事の最大の売りは、ラストに掲載された一枚の写真だった。 真っ赤に染まった純白のウエディングドレス。 おそらく斜め上方の記者席から撮影されたと思われるその写真は、エレノアの視線をまともに捉えていた。 その見開きカラー写真には、一切のコメントが添えられていなかった。どのような形容詞も、彼女の最期を飾るには陳腐であると判断されたのだろう。 エレノアの顔は、笑っているようでもあり、怒っているようでもあった。なおかつ悲しんでいるようにも、哀れんでいるようにも見えた。 事切れる直前、まさに命の炎が消えんとする瞬間が、そこには刻まれていた。この世のものとは思えないエレノアの最期の美しさを前にしては、どのような肖像画も色褪せてしまう。 事実、この号の週刊誌は驚異的な発行部数となった。出版社には追加注文が殺到し、翌週に特別増刊号を発行することで対処したが、それもまた爆発的な売り上げを記録したことは言うまでもない。 「……社長?」 ヘンリーはメモ帳から顔を上げた。 午前中の病室。窓辺にはいつもと変わらない日差しが降り注いでいる。ヘンリーは窓際の椅子に腰掛け、上半身だけ起こしたノーマンの指示を機械的に書き付けている最中だった。ノーマンの声がふいに途切れたのである。 「どうかしましたか?」 重ねての問いかけにも返事がない。ヘンリーは不審に思い、椅子から腰を上げて、相手のそばに近寄った。 「ん? ああ済まない」 ノーマンは突然我に返ると、拡げていた週刊誌をあわてて閉じた。その様子があまりにノーマンらしくなかったので、すばやく目を走らせると、拡げられていたページが、エレノアの最期の写真であることが判った。 「ハンス。今日はこのへんで終わりにしよう」 「ご気分がすぐれませんか?」 「ああ……」 あとはもう会話にならなかった。ノーマンはどこか上の空で、ヘンリーが部屋を後にするまで、視線は窓の外に向けられたままだった。 その翌日──。 ノーマンは病院から忽然と姿を消した。 |
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