アマゾン特有のスコールは、一向に勢力の衰える気配を見せない。 ヘンリーは、またも直前で水を差されたといういらだちと、ようやくここまで追いつめたという達成感、陶酔感のないまぜになった気持ちに、一種の眩暈すら感じていた。 頭上に繁茂する枝葉の重なりも、これほど激しい雨を除けるにはたいした役に立たない。彼は腰にしっかり巻き付いた完全防水性ポーチのファスナーを開けると、折り畳んで入れてあった野球帽を取り出した。かぶると何とか目の前に落ちてくる雨滴を遮ることができた。 ポーチを閉じる前に、奥に突っ込んである小型拳銃を確認した。いつでも取り出せるようにしておかねば。 樹の上で体勢を立て直し、ほっと一息つくと、顔にかかった水気を両手で拭った。 ……ノーマンはどうしているだろう。彼のつかまっていた細く小さな樹には葉も茂っておらず、雨を避ける手だてはない。雨が早く止むことを祈るしかないはずだ。 いつしか頭痛は消え去っていた。状況が把握できたことで、持ち前の冷静さを取り戻せたからだろう。とはいえ置かれた状況は、どう控えめにみても絶望的であることに変わりはないのだが。 それでもヘンリーは、自分がこの状況をまったく嘆いていないことに気づいていた。なぜなら──。 なぜなら、ついにノーマン・グリーンウッドとの再会を果たすことができたから。ノーマンをここまで追いつめることができたから。 密林の奥深く、誰も知らない場所で濁流の中に放り出された二人。奇跡的にも命は助かったが、いつこの命綱ともいうべき樹木が折れ、川に飲み込まれないとも限らない。十分後か、一時間後か。 そうなっても自分は構わないと思う。 ただ、復讐を全うすることができるなら、もうこの命など惜しくはない。笑って大自然の力に身をゆだねてもいい。 だから雨よ。早く止んでくれ。 今日こそ決着をつけさせてくれ。 彼は再びポーチを開けて拳銃を取り出した。小型ながら黒光りする銃身に、彼は緊張と興奮が体の中から湧いてくるのを感じた。 雨に煙る水面。その向こう側、わずか五メートル先にノーマンは、いる。長年の仇のいるあたりに彼は銃口を向けた。 いつもいいところで逃げられてばかりだったが、貴公子さんよ、これで物語はジ・エンドだ。 思い返せば、ニューヨークで奴を見失って以来、ここまで距離を詰めるのに五年の年月を要した。 ヘンリーの脳裏には、ここに至るまでの道のりが、知らず知らずのうちに思い出されていた。 あの日──。 結婚式の真っ最中に暴漢の襲撃を受け、ノーマンは重傷を負った。 イギリス出身の成り上がりで血も涙もない冷血漢。新進気鋭の流通界のプリンスにして独裁的企業家。ノーマンに対しては、賞賛の声に匹敵するぐらい、その命を狙う人間も多かったことだろう。病院で身動きがとれないのを好機とばかり、奴にとどめを刺そうとする第二、第三の刺客出現の噂が当時しきりに飛び交った。こうなっては、フランクやティムがいくら有能なボディガードであったとしても、到底防ぎきれるものではない。会社は万全の警備をニューヨーク市警に要請した。警察側も式場での失態をこれ以上繰り返したくないため、望むところであった。 病院はノーマン一人のために貸し切り状態になった。入院していた患者たちは全員他の場所へと転院させられた。そのため院内はしんと静まりかえり、警官の足音ばかり目立つようになっていた。 |
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