ヘンリーは久しぶりに美術館のソファに腰をおろしていた。視線は展示されている絵を通り越して、セント・パトリック教会のそびえ立つ櫓を見上げていた。 フレッド・モース。彼はヘンリーの分身だった。 彼と自分の立場が入れ替わっていてもおかしくない。 自分がやろうとしていたことを彼は先んじてやっただけなのだ。 おそらく事前に綿密な計画を立てたことだろう。ノーマンの結婚式の日をあえて選び、厳重な警戒の目をかいくぐって、武器を持ったまま侵入し、ノーマンに照準をつけて、ためらうことなく引き金を引いたのだ。 その決断力と行動力には、ただただ舌を巻くばかりだ。 だがその顛末は……側頭部を撃ち抜かれての死。 脳裏にはまだ、血の海の中に両眼を開いたまま倒れているフレッドの白い顔が焼きついていた。 結局、フレッドのいまわの際の言葉が公表されることはなく、彼は一介の狂人として闇に葬られた。 彼の銃弾はノーマンの命を奪うまでには至らなかったわけだから、フレッドの魂は痛恨の思いを抱いたまま、まだこのマンハッタンをうろついているかもしれない。 果たして、自分ならばもっとうまくできただろうか。 判らない。 ──チャンスをうかがうなどと言い訳しながら、自分が今日まで行動を起こさなかったのは、臆病だから? そうだよ、そのとおりだ。 死ぬのが怖い。フレッドのように、警官隊に囲まれた自分を想像すると、全身に悪寒が走るのをどうすることもできない。 ──ええい! つまらんことを。 彼はソファから立ち上がった。 過去を振り返ってもしかたがない。要はこれからどうするかだ。せっかくフレッドがその身を犠牲にしてノーマンに傷を負わせてくれたのだ。これをチャンスと思って、今こそ手を打つのだ。今こそ復讐の狼煙を上げるのだ。 ところが──。 三日後、ノーマンが病室から姿を消した。 重体の身で、自由に歩くこともできないはずなのに。 マスコミは警察の手抜かりを散々に非難した。 しかしあまりに見事な消え方に、警察もマスコミも首を傾げた。手を貸した者がいるのは疑いようがなかった。 ノーマンの失踪と共に、フランクとティムもその姿をくらました。 その後、ノーマンの行方は杳として知れなかった。 五年の月日が経つまでは。 |