We're alive
No.20

ニューヨーク 10

 式は厳粛に進行し、指輪の交換の段になった。
 見つめ合うノーマンとエレノア。
 見守る招待客たちと報道陣のカメラの砲列。
 その中に混じって、ヘンリーも柱の陰から祭壇の上を見つめていた。
 周囲に漂う高揚感に比べて、彼の心は沈んでいた。
 ロンドンを着の身着のままで逃げ出してから十一年。
 彼を追うようにニューヨークへやってきたノーマン。
 虎視眈々と復讐のチャンスを狙いつづけた自分。
 ノーマンは強力な肉親をもつ美しき伴侶を得ようとしている。そのうちに子供が生まれるだろう。そうなってから復讐を遂げれば、悲しむ人間がいたずらに増えることにならないか?
 自分が不幸のどん底に突き落としたいと願っているのはノーマンだけだ。彼の妻子は関係ない。
 これまでの自分は悠長過ぎた。
 復讐するならば、今すぐにも実行しなければ。
 ヘンリーは右手の人差し指と親指を銃に見立てて、祭壇のノーマンに照準を合わせた。そして小さな声で「バン」とささやいた。

 BANG。
 純白のウエディングドレスを着飾った花嫁の体が、バネ仕掛けの人形のように反り返った。
 参列者の目には、空中にパッと薔薇の花が咲いたかに見えた。
 ノーマンは咲きこぼれた花びらを全身に浴びた。
 参列者が、それは花びらなどではなく鮮血だと気づくまでに数秒の間があった。
 花嫁は祭壇に敷かれた純白の絨毯の上に仰向けに倒れた。
 あわてて駆け寄ろうとするノーマン。
 そのとき二発目の銃声が轟いた。
 今度はノーマンの体が独楽のように回転した。そして花嫁の上に、覆い被さるように倒れた。
 聖堂の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
 花嫁と花婿は、明らかに何者かによって撃たれたのだ。
 警備にあたっていた警官たちが口々に何か叫びながら入ってきたので、騒ぎはさらに増幅した。
 ヘンリーは倒れたままのノーマンに駆け寄った。もちろんすでに二人の黒服、フランクとティムもノーマンのそばにひざまずいていた。
「エレノア、エレノア」
 背中に銃弾を受けたノーマンは、あふれ出る血を止めようとするフランクの手を振りほどき、倒れたままのエレノアに近づこうとした。
 だが花嫁がすでにこの世の人でないことは、確かめるまでもなかった。ノーマンは花嫁の白い顔を両手で持ち上げると、自分の胸の中に抱きすくめた。
 ヘンリーは振り返った。そして立ち上がるとバージンロードの上を走り出した。
 二人を撃ったのは誰だ? 想いが形になるとしたら、犯人は自分だったかもしれない。でも自分なら花嫁まで狙ったりはしない。
 聖堂の反対側では、狂乱の嵐が渦巻いていた。我がちに逃げようとする参列者たちは、日頃の品格もマナーもかなぐり捨てて入口に殺到していた。
 警官隊は階段に向かっている。犯人は西側の尖塔に逃げ込んだらしい。ヘンリーも後を追って階段を上った。
「降りてきたまえ! もはや逃げ道はない!」
 警部と思しき五十がらみの指揮官が、上方に向かって大声で呼びかけている。すると、それを待っていたように早口の男の声が返ってきた。
「撃つな、撃つな! 降りていくから撃つな!」

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