「秘書となったからには、私のプライベートも把握してもらわないとならん。じつは三ヶ月後、私は結婚する」 「本当ですか?」 ノーマンは苦笑した。 「おかしいか? 私が家庭を持つというのが」 「いえ」 「おかしい……というより“イメージに合わん”とでも言いたげだな。フフフ」 ノーマンは含み笑いをかみ殺しながら、ヘンリーの前に一葉の写真を放ってよこした。 そこには見目麗しい女性のバストショットが写っていた。 「美しい方ですね。どこで知り合われたんですか?」 ノーマンは今度は、ハハハと声を出して笑った。 「君が女性に興味のない朴念仁という噂は本当なんだな。その女性を知らないニューヨーカーはモグリだよ」 今度はForbes誌の先月号が出てきた。開かれたページでは一人の男が特集紹介されていた。 「うちの一番の取引銀行の頭取さんじゃないですか」 「彼じゃないよ。右下の家族写真だ」 問題の女性は、彼の横に立っていた。 「彼の自慢の一人娘。彼女がフィアンセというわけさ」 ヘンリーは鼻白んだ。まるきり政略結婚じゃないか。 「別に君にデートの手配を頼もうというのではない。ただ私たちの交際はまだ極秘だから、君にも知っておいてもらわねばならんことも多いのだ。よろしく頼むぞ」 秘書室は社長室の隣にあり、ヘンリーは常時ノーマンに張り付いて、彼が行くところどこにでも同行した。 同行する人間は他にもいた。二人のボディガードである。いかつい体を黒いスーツに包んだ二人は、イギリス時代からずっとノーマンに付き従っている。巨体の持ち主はフランク、頭二つ小さい方はティムと呼ばれている。 二人とも無口で、ヘンリーは何度か声をかけてみたのだが、ひと言の返事も返ってこなかった。 「どちらも生まれつき口が利けないんだ。だからこそ選んだとも言える。君も知っているように俺には敵が多い。まだイギリスの駆け出しの頃、彼らに何度命を救われたことか。二人とも俺のためには躊躇なく体を張る。信頼できる数少ない部下だ」 ノーマンはそう言った。 仕事内容が劇的に変わったため、ヘンリーは新たに覚えることが増えた。つきあう人間も様変わりし、日々仕事に忙殺された。 グリーンウッドグループの中枢に入ることはできた。ここまではいい。しかし知れば知るほどその揺るぎない仕組み、鉄壁の体制に圧倒されるばかりだった。どこをどう攻めれば突き崩せるのか。 ヘンリーは改めて、グリーンウッド帝国の怪物のような強大さに目が眩む思いがした。 そうこうしているうち、またたくまに三ヶ月が経過し、ノーマンの結婚式の日がやってきた。 会場のセント・パトリック教会は朝から一目見ようとする人の波でごった返し、大聖堂の中も荘厳な雰囲気の内に、熱気がむんむんと充満していた。 新郎はイギリスの“貴公子”であり、流通業界をリードするニューヒーロー、ノーマン・グリーンウッド。そして新婦は米国でも有数の銀行頭取にして大富豪ジョン・クインの一人娘エレノア・クイン。 まだ二十三歳という若いエレノアに、以前ヘンリーは訊ねたことがある。あなたにとってノーマンはどんな人間に映っているのか。 「優しい人よ。ときどき底の知れない眼をすることがあるけど」 ──あなたはあの男の真の姿を知らなくていいのか? ──本当に彼でいいのか? |