We're alive
No.16

ニューヨーク 6

 彼は腰を上げた。このまま飲み続けても悪酔いするだけだろう。それなら早く帰って眠る方がいい。
 外に出ると、雪はかなり激しくなっていた。今夜は積もりそうだ。
 足を自宅のあるアパートメントの方に向けると、前を歩いていくアランの姿が目に入った。右に左にとふらふら揺れて、あぶなっかしいことこの上ない。
 そのとき一ブロック先の角を、猛スピードで突っ込んできた車があった。四、五人の若者が乗っており、大きなボリュームで音楽を鳴らしている。
 車は速度をゆるめずに近づいてくる。こんな雪の日、道路の状況は劣悪なのにお構いなしだ。
 眉をひそめて見ていると、前方を歩いていたアランの足がもつれ、道路の方へと倒れかかった。間の悪いことに暴走車の後輪がスリップして、アランに接近した。
 一瞬だった。
 ドンという音と共に、アランの体が宙を舞った。
 車はゴミバケツをいくつも跳ね飛ばすと、道路の端にようやく停まった。
 ヘンリーはまばたきもせずに立ちすくんでいた。
 車はすぐに発進した。そして猛加速すると、横道に消えていった。
 あたりは静かになった。ヘンリーは凍り付いたように歩道にへばりついた足を前に出し、小走りでアランに近づいた。
「うう……」
 ビルにもたれたまま目を閉じているアランの鼻腔から血がしたたり落ちていた。頭を打ったのかもしれない。早く救急車を呼ばないと。
 呼ばないと──。
 左右に目を走らせる。他に人影はなかった。
 ヘンリーはアランの背後にまわり、自分の腕を相手の腋の下に通すと、その重い体を後ろへと引きずった。そのままビルの隙間のせまい路地に引き入れると、壁に静かにもたせかけた。
 アランは荒い息を吐いていたが、意識はないようだ。
 ヘンリーはアランを置いたまま通りに出た。心臓の鼓動がこれ以上ないほど速く打ち震えていた。
 振り返ると、アランの全身はビルの影に隠れて見えない。
 ヘンリーは歩き出した。決して走ってはいけない。
 ──だって雪道の上を走ると滑るじゃないか。
 ──僕まで転んだら、ベネットさんに救急車を呼ぶことができなくなる。
 少し行ったところに公衆電話があった。彼はそのまま素通りした。
 ──この電話はきっと壊れてる。壊れてるはずだ。
 さらに歩を進めると大きな通りに出た。どうやらミッドタウンウエストの東の端まで歩いてきたようだ。人通りもある。彼は屈むと両膝に手をついて呼吸を整えた。いつの間にか競歩並みのスピードで歩いていたのだ。
 彼のすぐ目の前をNYPDと書かれた車が通りすぎた。ニューヨーク市警察だ。
 ──知らせなければ。知らせなければ。
 彼はパトカーを見送った。
 雪はしんしんと降り続ける。彼は自宅のあるグリニッチ・ビレッジ目指してゆっくりと歩き始めた。いつの間にか彼は鼻歌を歌い始めた。
 鼻歌は、自宅に着くまで途切れることはなかった。

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