We're alive
No.13

ニューヨーク 3

「私もたまにここに来ることがある」
「絵がお好きですか?」
 ノーマンを前にして、ヘンリーは声が震えるのをどうすることもできなかった。
「絵がどうのというわけではない」
 いつもの黒いスーツに身を包んだノーマンは、右手であご髭をしごきながらヘンリーの横に並んだ。体格だけなら二人のシルエットはまったく同じに見えるだろう。
「今までにないものを創造しよう、時代に新たな息吹を吹き込んでやろう、そんな意気込みを包含したものであればアートであれ何であれ私は評価する。
 君もそうじゃないのかね? ハンス・マグワイア君」
「──私をご存じなんですか?」
 背中をたらりと冷や汗が流れる。
 ノーマンは髭から手を離し、自分の額を指さした。
「できる人間は武器だ。私はすべての武器のデータをここに収めている」再び絵に向き直った。「君は販売部長として大変有能らしい。これまで数度、販促の提案書を提出しているね。どれもじつにすばらしい出来映えだった。どうやら君は、時代の先を見つめる眼をもっているようだ」
「あ……ありがとうございます」
「しかしまさか、ここで会えるとは思わなかったよ。こんな私だが、ときたま美術館を巡ることもある。いい刺激になるのでな」
「そうですね」
 答えながら、ノーマンの足許を見つめる。彼との距離はわずか二メートル。いまなら躍りかかって頸を絞めることだって可能だ。
 ふと気配を感じて振り返った。プロレスラーのような体型をした男が二人、黒服にサングラスの出で立ちでこちらを睨んでいる。見るからに美術館には不釣り合いの彼らには見覚えがあった。あの日、グリーンウッド親子に詰め寄った姉と自分の前に立ちはだかろうとした男たちだ。
「ボディガードだ、気にするな。私には敵が多い。中にはバカな考えを起こす輩(やから)もいるのでな。不自由な話さ。芸術の鑑賞さえひとりではできない」ノーマンは肩をすくめた。「ところで君は、イギリスの生まれかね?」
「は……」
 一瞬迷ったが、素直には答えられなかった。
「ドイツ、ハンブルグの出です。父母はイギリス人ですが」
「そうか。訛りに懐かしい響きがあったので、そうじゃないかと思ったよ。一応はイギリス人と称してもいいわけだ。まあこれからも同胞のよしみで私をサポートしてくれたまえ」
 差し出された手を、おそるおそる握った。
「現代のアメリカはすっかり開拓者精神を忘れてしまっている。我々がもう一度吹き込んでやろうじゃないか」
「は。お手伝いさせていただきます」
 ノーマンはうれしそうに、握手したままヘンリーの腕を叩いた。
 彼が去ったあと、ヘンリーは展示室のソファに崩れるように座り込んだ。手のひらにはまだノーマンの感触が残っていた。
 あの手が彼の両親を押し潰したのだ。
 あの手が姉を橋の上から突き落としたのだ。
 彼は両手を組み、熱くなった額に当てた。
 今度は僕の手でおまえを地獄に叩き落としてやる。
 彼は誓いを新たにした。

[前回]  [次回]

[TOP]   [ページトップへ]