グリーンウッド親子の後ろに付き従っていた二人のボディガードが、すかさず親子の前に出ようとした。イアンはそれを手で制した。 いきなり声をかけられて度肝を抜かれたようだったが、イアンはすぐに微笑を浮かべると、 「これは美しいお嬢さん、ここはお嬢さんのような方が来る場所ではありませんよ」 「余計なお世話よ! ここは私達の故郷なんだから」 「──おやおや初対面の相手に掛ける言葉にしては、あまり上品ではありませんね」 そう言って近づいてきたのはノーマンだった。彼は車椅子の後ろに回るとハンドルグリップを握って、車椅子を反転させた。 「離して、汚らわしい! 父さんと母さんを殺めた手で触らないで!」 いつもは温厚な姉が、目尻を吊り上げてグリーンウッド親子に食ってかかる。ヘンリーも負けじとノーマンの手からグリップを奪い返した。 ノーマンはお手上げをするようなおどけた仕草で後退した。 「失礼、出過ぎた真似をしました。──だがご両親を殺めたとは心外ですな」 「本当のことじゃないか!」ヘンリーもようやくのことで言い返した。「父さんと母さんを返せ!」 「やれやれ、困った人たちだ」 ノーマンは肩をそびやかして父親のイアンを振り返った。 「君たち、勘違いをしているようだね」 ノーマンは微笑みを浮かべながら、話しかけた。 「勘違いだと?」 ヘンリーは一歩前に出た。 「そうだよ。この街から立ち退いていただくのに、死者なんて一人も出ていないよ」 「何だと……僕たちの父さん母さんは壊された家の下敷きになって死んだんだぞ」 「それが勘違いだと言うんだよ。運び込まれた病院に問い合わせてみたまえ。ちゃんと生きておられるから」 「そんなバカな……」 ヘンリーは呆然として姉と顔を見合わせた。 「バカなのは君たちだ。いきなり人をつかまえて人殺し呼ばわりするとはな」 「ノーマン、仕方がなかろう。これだけ大きな地区の住民が一斉に移動したんだ。情報が一つや二つ錯綜したところで不思議ではない」 訳知り顔で締めくくったイアンは、ここにはもう用はないとばかりにノーマンを車へ促すと、あっという間に街の中心へと消えていった。 ヘンリーと彼の姉は、混乱した頭のまま、病院へと向かった。姉が入院していた病室の担当ナースを見つけ、当局に問い合わせてもらうと、意外な返事が返ってきた。 「ええ、マクファーソンさん御夫婦が担ぎ込まれた時は、危篤状態でした。数時間の手術の後、なんとか持ち直されたので、数日後に他の病院へ転院されたそうですよ」 二人は再び耳を疑った。そんな話はもちろん初耳だ。 念のために転院先を聞き、夢を見ているような気持ちで行ってみたが、教えられた場所に該当する病院など存在しなかった。 消されたのだ。 立ち退き反対の急先鋒だった両親を、文字通り抹殺することは、街全体に対する見せしめだったのだ。 気づいた時は、すでに遅かった。 ヘンリーは市庁舎に乗り込んで訴えたが「君たちの方から自発的に退去したのだろう。そう聞いておる。後はマクファーソンにまかせたのだ。我々は関知しとらん」とにべもない返事が返ってきた。 ヘンリーは怒りに燃えた。それならば目撃者を集めるしかない。ヘンリーは、彼ら同様に家を失った隣人たちを探して回った。 しかしそこでもヘンリーを待っていたのは信じられない反応だった。かつての隣人たちは、 「俺たちは早くあの街を出たかったんだ。おまえの母親がよけいなことをしなけりゃ……クレーン? 鉄球? 何のことだ?」 誰もが似たような言葉をヘンリーに浴びせた。 あの日、両親の急を知らせてくれた隣家の夫人でさえ、証言することを拒否した。だがヘンリーの説得に根負けしてようやく開いた口からは想像を絶する言葉が飛び出した。 「ごめんなさいね。私たちみんなお金をたくさんもらったの。何もしゃべるな、何もなかったことにしろって」 ヘンリーは涙を飲んで引き下がるしかなかった。その夜、彼は姉の動かぬ膝に顔をうずめて泣いた。姉も弟の髪をなで、いっしょに泣く以外になすすべがなかった。 |