We're alive
No.7

ロンドン 3

 夫人は知らないという。しかし早朝なら姉さんも家にいたはずだ。
「いたぞー」
 ヘルメットの一人がヘンリーの不安に応えるように声を挙げた。それは両親の寝室があった場所だった。
 周囲の制止を振り切って、瓦礫の上に這い上がったヘンリーの目に飛び込んできたのは、既にこの世の人ではなくなった両親の遺体だった。二人の顔が無傷だったのが、わずかな救いだった。
 続いて、寝室に通じる廊下に倒れていた姉が発見された。彼女には息があった。腰から下が太い柱の下敷きになっていて救出に時間を要したが、すぐに病院へ搬送された。
 収容が後回しになった両親に後ろ髪をひかれながらも、ヘンリーは姉に付き添って病院へと向かった。

 大手術の末、姉は一命を取り留めた。
「父さんは前の晩からひどい風邪で動けなかったの。背負おうと思ったんだけど私には無理だった。困ってたら母さんが戻って来た。その時なの、壁が倒れてきたのは。母さんは私を突き飛ばした。そのお陰で助かったのよ」
 しかし、彼女は二度と歩けない体になった。

 姉を車椅子に乗せて帰ってみると、住み慣れた街はすっかり更地になっていた。
『グリーンウッド百貨店 建設予定地』
 高々と立てられた看板にはそう書かれていた。
 風通しのよくなった空間には、懐かしいじめじめ感は微塵もなかった。ただ家々のあった所に残る土台の跡がむなしく名残を止めているだけだった。
「………」
 無言でたたずむ二人。
 その後ろに黒のロールスロイスがスーッと停車した。ヘンリーが振り返ると、扉が開き、黒いスーツに身を固めた二人の男がボディガードを従えて降りてきた。
「すっかり片付いたじゃないか。おまえの水際だった手並みには毎度驚かされるばかりだなあ」
 大げさに両腕をひろげた細身の男には見覚えがあった。
 イアン・グリーンウッド。流通業界の大物だ。大仰に伸ばした髭、ギョロリとした大きな眼、こけた頬に尖った顎。白髪の下で不遜な表情を醸し出すそれら造作の集合体は、何度か寄宿舎の新聞紙上でお目にかかった。
「有効利用が我が社のモットーですからね。金も土地も人間も」
 そう応えた若者こそ誰あろう。
 ノーマン・グリーンウッド。
 イアンの息子にして流通業界の若きプリンス。その優雅な身のこなしや、衣、食、絵画など多岐にわたる分野で趣味の良さを誇る彼を人は“貴公子”と呼ぶ。
「今回も荒っぽい手を使ったんだろう?」
「いえ、蜂の巣駆除にくらべれば、たやすいことでしたよ」
 ヘンリーは、目の前にいる二人の男こそが、我が街を破壊した張本人であることを理解した。
 こいつらが! こいつらが父さんと母さんを! そして姉さんの足を!
 頭に血が昇ったヘンリーが怒鳴ろうとした瞬間、手の中にあった車椅子のハンドルグリップが消えた。 
 姉は自らの手で車輪を回し、グリーンウッド親子の前に立ちふさがった。
「人殺し!」
 彼女は身を乗り出して叫んだ。

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