「社長!」 ヘンリーにとって憎しみの権化ともいうべき男。しかし口をついて出た言葉は、呼び慣れた男の肩書きだった。 くそっ、いまさら。 そうだ、いまさら何をためらう。 思い出してもみろ。 彼のために狂わされた、自分の人生を! 彼によって命を奪われた肉親の顔を! いま、広大な自然の中、ヘンリーと男のたった二人。 ついに待ち望んだ状況が与えられたのだ。 いまこそ積年の恨みを晴らし、復讐を遂げなくてどうするというのだ。 ヘンリーは腰にまわしたポーチに手をあてた。そこにはこの地に来てから入手したある道具が、醜悪な重量感を伴って忍び隠されていた。 「社長──いや、ノーマン・グリーンウッド!」 ノーマンと呼ばれた男は、フルネームで呼ばれたことに不審を感じたらしく、濡れそぼってパリパリに乾いた眉をしかめた。 その時だった。 突然、激しい雨が二人の周囲に降り注いだ。 いつの間にか雨雲が空を覆っていたらしい。 絨毯爆撃さながらの雨足は激しく川面を打ちつける。 「ノーマン!」 頭上を覆う葉の間を貫いて、頭や両肩に雨粒が落ちてきた。目を開けていることさえ難しい状況で、それでもヘンリーは何度も男の名を呼んだ。 だが視界は見る見る悪化し、もはや目と鼻の先にあるものさえ判然としない。 ──またか! ヘンリーは舌打ちした。なぜだ。なぜいつも男を追いつめたと確信した時に、決まって邪魔が入るのだ? 彼は神を呪った。 神など信じてはいなかったが、呪わずにいられなかった。 そして天にいる肉親に祈った。 ──せめて、せめてあの男がこの雨に、この激流に押し流されたりしませんように! お願いです! 彼が転覆直前まで対峙していた男。 自分は何年ものあいだ、ひたすらあの男を追い続けてきた。そして苦労を重ねた末、ようやくこの地まで、奴を追いつめることができた。 このアマゾンの奥地まで──。 |